台湾は西暦の跨年(年をまたぐ年末年始のこと)よりも旧暦による旧正月の方がはるかに重要です。従って聖誕節が終了して西暦の新年が明けた頃から、本格的な年末になります。この年は2月の第一週が旧正月の新年でしたから、1月中旬からほうぼうで「尾牙」が始まります。これが、また、台湾の一大イベントです。
当然、私の会社や関連企業でも1月中旬から旧正月の新年まで、この尾牙が延々と続きます。台湾人は飲むのが大好きで、「乾杯」のかけ声とともに一気のみするのが慣例ですから、まあ楽しいのですが、疲労はピークという感じでしょうか。
酒店もこの尾牙で使われることが多く、また、尾牙の2次会でも大勢の客が訪れますから、実は時期的には良い時期ではありません。どちらかというと酒をガンガン飲みまくるという感じになります。それにつきあわされる小姐も大変で、毎日連続しますから、女の子たちも胃腸が勝負で、できれば上班したくないというのが正直なところです。しかし、正職の子は旧正月前まで基本的に契約している曜日はすべて禁休となり、特に客が殺到する金曜日は全員が禁休となります。酒店の子たちはこの1月を何とかしのぐことが極めて重要であり、これが終わると旧正月の休みに高雄や台南など南部や台東や花蓮など東部の故郷に戻る子が多いのです。
私はこの尾牙が初めての体験だったこともあり、1月に入ると毎日、賞品の準備やイベントの出し物の練習で忙しくて、なかなか酒店にいく時間がありませんでした。1月31日の木曜日に時間がたまたま空いたこともあって、蓉兒と悦悦に逢いたいなと思い、幹部の震洲に連絡して農安街にある制服酒店を訪ねました。寶貝に逢ってから蔡依林の歌も2~3曲YOU TUBEで練習して歌えるようになったこともあり、12月の終わりと1月初めに彼女たちと会って楽しくすごしていたのですが、1月の初旬に行ってから尾牙の連続で酒店に行く余裕が本当になかったのです。
この日、また、蓉兒は上枱しているだろうから預點(予約指名のこと)し、悦悦を始めに包廂に呼ぼうと考えていました。 幹部の震洲にその旨をいつものように伝えると彼は「好的」と言って包廂の外に行きましたが、なかなか戻ってきません。しばらくすると震洲が戻ってきて一言、「她已經下檔的」と言いました。私は「下檔」の意味がわかりませんでした。すると彼が英語で「retirement」と言ったのです。すぐに状況を理解しました。彼女はいつの間にか、消え入るように酒店を去っていました。
最初の女性幹部に小姐には電話番号を聞いてもいけないし、教えてもいけないと言われていました。もし、小さな紙切れなどに書いて小姐に渡しても控枱の時に行政にバックの中をチェックされ、客が渡した電話番号などの紙などが見つかると捨てられてしまうのです。また、小姐はあまり自分の電話番号を教えたがりません。台湾は比較的個人情報の認識が甘く、すぐに女の子たちも教えてくれることが多いのですが、実は小姐が客に電話番号を包廂内で教えることは酒店を経営している公司の規定で禁止されています。包廂の小窓から時々、行政に中の様子は見られているのですが、見つかると扣錢(罰金、給料から引かれるお金という意味)なのです。
従って、震洲に教えてもらった簡訊をやりとりする方法も当時も私はもっぱら幹部の震洲とのやりとりが主でした。女の子たちと電話番号のやりとりをしてトラブルになったら大変という思いもあって、蓉兒に電話番号を聞いておらず、彼女も自ら教えてくれえなかったので直接連絡をとることができませんでした。当然、彼女の担当の經紀人は連絡先を知っているのですが、客に電話番号を教えるような規定違反を自らするわけがありません。
しばらくしたら仲の良かった悦悦が包廂にやってきました。彼女に蓉兒のことを訊ねたのですが、彼女自身も蓉兒がやめた理由も知りませんでした。私は大きなショックを受けました。たった一人ここにやってきて手とり足とりいろいろなことを教えてくれ、寶貝とも出逢っていろいろと台湾の歌やダンスを憶えて彼女たちと少し台湾そのものの楽しさを味わい始めた途端、彼女は消えてしまったのですから。
そして、悦悦もポツリと言いました。
「我討厭酒店的工作。很多的台湾客人不照顧我們。其實我的心累累了」
(私は酒店の仕事がもう厭だ。とてもたくさんの台湾人の客は私たちのことなど何とも思っていない。実は私の心はクタクタなんだよ)
私は言葉が出ませんでした。私たちは金を払って酒店で彼女たちを相手に確かに仕事のストレスをとってもらい、そして楽しい時間をもらっている。それは客として当然のことかもしれない。しかし、彼女たちのこの仕事は想像以上にきつく、まっすぐな気持ちをもっている子ほど疲れてしまうんだろうなと強く感じました。
「下檔」というのはやはり酒店独特の言葉で「ステージから降りる」というような意味合いです。「檔」にはランクとか高低を意味する階級のような意味もありますが、酒店に勤めることを「上檔」、つまりステージに上がって表舞台に立つというような意味で使われます。
彼女たちは酒店という派手で華麗に一見、見える偽りの舞台に立って役者のように本当の自分をごまかしながら演じていたのかもしれません。蓉兒は勤め始めて約半年、静かに自らその偽りの舞台から降りることを選んだのです。
私は心から寂しくなって、大切な宝物を失った子どものような心境になりました。その宝物はイミテーションの宝石であったかもしれません。しかし、私にとってはそれはこの薄暗い灯りの包廂の中では紛れもなく本物の宝石のように見えていました。
そして蓉兒が去った1週間後、悦悦も旧正月の跨年を前にやはり静かに下檔していきました。
この後、私は酒店に何も知らずに飛び込んで上檔し、そして下檔していく子たちにたくさん出逢い、酒店というステージに立っている時の偽りの姿とステージを降りた時の舞台裏の真実の姿を通して、彼女たちの多くの物語をたくさん見ることになっていきます。
画像はある制服酒店の大廳(ホール)の跨年イベントでフラフラしているカブリモノ人形です。聖誕節から跨年にかけてはイベントが盛りだくさんで1月の1~2週はあまりありませんが、1月3週ぐらいから尾牙や尾牙後の2次会利用者が多くて混み合います。女の子達も疲れていて行くのには良い時期ではありませんね。
なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、絶対に撮影は禁止ですので、ご注意ください。これらの写真は酒店のスタッフや幹部が撮影し、私に提供してくれている特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。