< 日本職業棒球 : 我徬徨台北的夜世界 ~My Twinkle Story with Taiwanese girls~

我徬徨台北的夜世界 ~My Twinkle Story with Taiwanese girls~

私は台北で駐在生活を4年間送りました。昼間は世界の平和と日本の経済発展を目指して全力でお仕事。夜になると地表にちょこんと顔出して、五木の街あたりを彷徨っています。そこで私は数多くの天使達と悪魔に出逢いました。そんな私の夜の彷徨いを台湾社会の複雑な仕組みなども紹介しながら書き綴っていきます。ほとんどの日本人が深くかかわることが難しいと思われる台北の夜世界の様子とエピソードの紹介が中心です。これは心優しい台妹たちを愛し、そこで出逢った人達とのかかわりや心のつながりをとても大切にしながら、これからも彷徨い続けていく私の軌跡です。

日本職業棒球

有夢別放棄~夢をあきらめないで(我的意思)

時間はもう6時半過ぎ。快晴の中、やってきたはずなのに気がつけばもうナイターになっていました。

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「ねえ、第2試合は何時から?お腹減っちゃったから、何か買ってくるね」

「20分後の6時50分頃から始まるっていうアナウンスがあったから、すぐだよ」

「ちょっと様子見てくる」

そう言って彼女はスタンドから売店のある通路の方へ行きました。しかし、ものの10分もしないうちに帰ってきてしまいました。

「ちょっと大変、すごい人でさあ、山手線みたいなんだよ。ご飯買うどころじゃなくて、球場の外にもいっぱい人がいて、入れろ入れろって怒鳴り合ってる、ちょっと怖いよ。とりあえずトイレだけ、男女兼用で汚いけど速攻で行ってきた」

確かにこの日の川崎球場は異様な興奮に包まれていました。

 今はなくなってしまった川崎球場。ライトスタンドが狭い独特の球場でした。右打ちが得意な落合選手がロッテ時代によくライトにホームランを放っていた印象があります。
川崎球場

パ・リーグはずっと西武ライオンズが強くて他の球団は身売りの噂やフランチャイズの移転の噂が毎年のように出ている状況で、事実、この10月19日には何度も巨人と日本シリーズで名勝負を繰り広げた阪急ブレーブスオリエンタル・リース(当時はまだ、あまり聞いたことがない企業でした。今は押しも押されぬ大企業のオリックス)に球団移譲するという事態となりました。

Braves & Bluewave

関西の老舗球団、南海ホークスもこの日の翌日にロッテとこの川崎球場で福岡ダイエーホークスへ変わる最終ゲームを行う予定になっていました。

ホークス変遷

事実上1988年はパ・リーグにとっては大激震が走った年でバブル経済の終焉を予感させる関西の電鉄企業によるプロ野球事業の撤退が現実化していました。新しくオーナーになった企業もリース業や流通業といった時代の経済状況を映す形になっていて、21世紀に入り、インターネット時代に入るとソフトバンク楽天DeNAといった情報産業や媒体企業へオーナーも変化していきました。

 今の若い方々にはまずわからないでしょう。クラッシックシリーズで復刻版ユニホームを身に着けた選手が登場して各球団の歴史を知るという感じでしょうか。
南海・阪急女子

 時折、クラッシクイベントでBs GirlsがBravesやBluewaveのかつてのユニホームで姿を現します。クリックすると拡大しますので現代的なオールドスタイル?を御覧ください。
Braves Girls BS

mig

 Bs GirlsのBluewave Ver。ブレーブス➜ブルーウェイブ➜バファローズと変遷していきました。


1年前にはNYで株が大暴落し、その後も世界経済の不調が始まり出していて、僕も赴任していたNYから帰国、バブルが弾けかけ始める不安定な時代の足音が聞こえ始めてきていました。

 今は全て無くなってしまいました。南海ホークスの本拠地・大阪球場阪急ブレーブスの本拠地・西宮球場、そして近鉄バファローズの本拠地だった藤井寺球場と日生球場。僕は全て行ったことがあるだけに郷愁の思いがあります。西宮球場はすごく当時にしては近代的でさすがブルジョア阪急という感じでした。それに対して大阪球場は難波のど真ん中でいかにもミナミという雰囲気でした。
大阪と西宮、藤井寺と日生

 「野球場へゆこう」 今は姿を消した球場とNPBの歴史を。各球団のチアが彩りを添えます。


そんな状況下の中、パ・リーグのお荷物と言われ、唯一日本一になったことがない近鉄には弱き者が必死になって揺るぎない強者を倒すような構図があり、「判官贔屓」的な色彩も強くあったような気がします。ミナミよりもさらに南の河内のイメージで、スマートというよりヤンチャ、管理野球ではなく自由奔放、そんなイメージでした。広岡監督、森監督ときっちりした野球で黄金時代を作った西武に自由人の仰木監督が率いる我の強い職人軍団が挑むといった感じもありましたね。

 近鉄を応援している女の子自体が少なかったし、野球ファンそのものが女性の少ない時代でした。そんな中で近鉄を知っていて贔屓にしている子は南大阪のヤンキー系とかアクセサリーギラギラとか、そんなイメージが少なからずありました。
近鉄ギャルママ

そうこうするうちに第二試合の開始が迫ってきました。スタンドはもう、立ち見まで出る超満員でただでさえ、キャパのない川崎球場でチケット販売や入場門の警備も適当な雰囲気でしたから、この日の対応ははっきり言ってまったくできていませんでした。とにかく混乱。指定席側でもカオスでしたから、外野席や内野自由席(応援席)はもっとだったと思います。とにかく主催者側もこんなに客が入ることはかつてなかったのでしょうから。

「でもさあ、選手、大丈夫なの?高校野球より過酷じゃない?」

「うん、でも最後の力を振り絞って闘うと思うよ」

「ロッテ、負けてくれないかなあ、みんな平和に終わるじゃん、ロッテ勝っても何もないし」

「いやいやロッテもプロだから、意地もあると思うよ。本拠地でビジターチームに胴上げされるのは屈辱だもんね。特に最下位だから、本当にダメ軍団とか思われるのはやっぱり嫌でしょう?」

「そうだよね、一応、プロだし」

「特に落合っていう三冠王を三度とった選手がセ・リーグの中日にトレードで移って、その中日がセ・リーグでもう優勝を決めてるんだよ」

「ねえ、三冠王って何?」

「打率と本塁打と打点のすべてでリーグのトップをとることさ」

 
ロッテ時代に最年少三冠王、そして三度の三冠王に輝き、1987年に牛島投手らと1対4の大型トレードで中日に移った落合選手。よく実際のプレーを見ましたが、彼のロッテ時代、ガラガラの西宮球場で外野の屋根を超える特大のホームランを見て本当にすごいと思った記憶があります。1988年は中日の若き星野仙一監督が就任2年目でセ・リーグを制覇しており、日本シリーズの相手は西武か近鉄かという状況でした。
落合

「へえ、落合ってすごかったんだ」

「うん、その後を継いだ4番バッターが高沢という選手で、今は打率がパ・リーグでトップなんだよ。でも不調でさ、このところ打ててない。、第1試合もノーヒット」

「そうか、ここで連敗して優勝されたらロッテも落合さんだけのチームって思われちゃうよね。落合さんが行った中日が優勝してるし。高沢さんも落合さんの代わりは務まらなかったって思われてダメ出しされちゃうよね、ファンから」

「うん、だからロッテの選手もプロとしてのプライドがあるから、一生懸命やって拍手もらえる高校野球とはちょっと違うかもね。やっぱりプロは結果出さなきゃいけないから」

「第2試合、目が離せないね」

「近鉄は連戦で体もボロボロだし、驚異的な精神力で9月に勝ってきたから、この試合は気持ちと気持ちの勝負になると思うよ。どちらも負けられない」

「えーっ、もう試合が始まるよ、間隔なさ過ぎ、何これ?過酷すぎるよねえ」

記憶ではアナウンスの試合開始予定時間よりも早く始まったように思います。6時43分プレーボール。
ロッテの先発は首都大学リーグの日体大で活躍した若い園川投手。一方の近鉄もルーキーの高柳投手。どちらも生きのいいピッチャーを起用していました。

「ああ、ホームランだあ、何やってるの、高柳!」

ロッテの外国人選手に先制ホームランを浴びた高柳投手についさっきまでは名前も知らなかったはずの彼女が声を荒げています。にわか近鉄ファンそのものですが、この日の近鉄は人の心を動かすものがありました。しかし、近鉄は好投を続ける園川投手をまったく打つことが出来ません。試合は投手戦で膠着状態のまま中盤を過ぎました。依然、点数は1-0でロッテのリード。

「ダメだあ、近鉄。全然打てないよ。もっと応援いるかな?私もちょっと気合い入れる」

「今日は第1試合の小川投手といい、すごくロッテのピッチャーがいいよ。でも高柳投手も踏ん張ってるから1点勝負だね、これは」

※ロッテの小川投手はこの年のオールスターで五者連続三振を記録、投球回数よりも三振数が多いという記録を当時作るなどの素晴らしい好投手でしたが、2004年、プロ野球界出身者初の強盗殺人事件を起こしたことでも知られています。この10.19のゲームは後にいろいろな人間ドラマが交錯することになったことでも「伝説」の一戦でした。

そうこうしているうちに試合が動き始めだしました。海を渡ってやってきた助っ人オグリビー選手がタイムリー!やっと好投していた園川投手から1点を取り、近鉄が追いつきました。そして同点のまま、回はラッキーセブンの7回へ。このあたりからテレビ朝日は当時の編成部長さんの大英断で連続ドラマの開始を遅らせ、続いてこの日のOAの中止を決断したと言います。

 第2試合は6分頃から。TV朝日の編成部長の大英断の舞台裏。僕は現場で見ていたのでTVのことはまったく知らなかったのですが、後日知ったところによるとスポーツ中継では日本TV史上かつてない異例の番組変更とCMなし放送に。今の社会状況では考えられません。熱くLIVEを伝えようとしたTVマン、ニュースステーションの久米宏さんなどの心意気が伝わってきます。


「近鉄、打たないかなあ」

「園川投手がいいからね、連打は難しいかも・・・・」

「がんばれー、近鉄!絶対に負けないでー」

応援席は声を枯らさんばかりの大声援。狭い川崎球場では地響きのようになって球場全体を揺るがさんばかりでした。彼女もそれに合わせて声援を送っています。

そしてその時、ベテランで金村選手の代役・吹石選手がレフトスタンドにホームラン!さらに若い真喜志選手も続けと言わんばかりにライトへ連続ホームラン!ついに近鉄は3-1とリードをします。

 この時にホームランを放った地味ながら、いぶし銀の働きをした吹石選手の娘さんがモデル・タレントの吹石一恵さん(福山雅治さんのご夫人)。1999年巨人OBとのメモリアルゲームの始球式にお父さんへの思いのある、かつての近鉄バファローズのユニホームで登場しました。この時のキャッチャーはお父さんの吹石徳一さん。
吹石一恵

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「やったあああああ、出たじゃん、ホームラン」

彼女も飛び上がって喜んでいます。思わず僕も彼女と抱き合ってしまいました。横に座っていた方ともハイタッチ。スタンドはもう優勝が決まったとばかりの大興奮に包まれていました。

吹石一恵と吹石選手

 同点から生まれた金村選手の代役で出場したベテラン・吹石選手の起死回生の勝ち越しホームラン。今季第2号という脇役のホームランでした。見ていた僕らも飛び上がって喜んだのを憶えています。続く、若い真喜志選手も連続ホームランでこのときはもう勝ったと思っていました。
吹石ホームラン1
吹石選手のホームラン

「これで近鉄、優勝だよね!?優勝するよね!?」

「うん、大きく優勝に近づいたよね、僕もプロ野球の優勝シーンを見たことないんだよ」

しかし、この試合はそんなに甘いものではありませんでした。ロッテのプロとしての誇りが近鉄をこの後、苦しめていきます。そして7回裏。

「えー、ホームラン打たれちゃったよ、これで3-2かあ?、また危なくなってきたよ」

「うん、高柳投手も若いから、プレッシャーかな?」

彼女が心配そうにマウンドを見つめています。もう、トイレや食事どころではありません。続くバッターにも打たれて近鉄はリリーフの切り札・吉井投手を送り出しました。状況はツーアウトながらも三塁にランナーが・・・・。

「どうか、打たれませんように・・・・・・」

彼女が手を合わせて第1試合同様、祈り始めました。しかし、その思いは届かず、西村選手が鮮やかなタイムリーヒットを放ち、ついに試合は再び3-3の振り出しに戻ってしまいました。

「ねえ、二試合目も引き分けじゃあ、だめなんでしょ?延長はあるの?」

「近鉄はとにかく勝たなきゃいけないんだよ、勝たなきゃ・・・・・・」

「延長はあるけど、時間制限があるんだよ、4時間。時間が過ぎたら新しい回には入れないんだ」

「そっか、でも近鉄はミラクルあるからね、きっと」

彼女の思いが通じたのか、8回についにブライアント選手がライトに勝ち越しホームラン!本当に稀に見るシーソーゲームで手に汗握る展開となりました。

「この後はさっきの若いエースだよ、何だっけ、そう阿波野」

「うん、それしかないかな。でも疲れてるし、気力で上回れるといいけど。とにかく祈ろう」

8回からは第1試合に続いて仰木監督は阿波野投手をリリーフに送りました。虎の子の1点を守るために。異例の一日二登板でした。スタンドから耳をつんざくばかりの「阿波野コール」の大声援が飛び交う中、阿波野選手はマウンドに向かいました。ロッテのバッターは四番の高沢選手。

阿波野2試合目

阿波野投手は得意のスクリューボールで空振りをとり、高沢選手をツーストライクと追い込みました。

「高沢さん、不調だから大丈夫だよね」

「でも、首位打者だからなあ、さっきも久しぶりにしぶとくヒット打ったし、甘く来たら打たれるよ」

その予感通り、高沢選手は甘く入った阿波野投手の決め球・スクリューボールをライナーでレフトスタンドへ運び、再び試合は4-4の同点に。スタンドは悲鳴、そして僕と彼女はもう、呆然・・・・・。

高沢選手ホームラン

 高沢選手のまさかの同点ホームラン。スタンドの誰しもが悲鳴の後、沈黙しました。打たれた阿波野投手は元より近鉄の野手も本当にがっかりしていて、僕らも言葉を失いました。何か高沢選手がダイヤモンドを一周する時間が長くて、スローモーションを見ているような感じだったのを憶えています。
高沢選手
高沢選手のホームラン

「なんで、なんで、ここで打つのよ!不調なんでしょ!」

「うーん、さすがだよね、やはりここで打てるのは本物のリーディング・ヒッターの証拠、すごい」

そして、試合は9回へ。ロッテは次々とエース級を繰り出し、ベテランアンダースローの仁科投手をマウンドへ。ノーヒットノーランもう一歩(9回2死まで)という記録を二度もつ先発完投型のピッチャーなのにリリーフに送る有藤監督の勝利にかける執念の采配でした。

しかし、逆境の中、名手・大石選手が二塁打を放ち、再び近鉄は勝ち越しのチャンス。ここで登場した去年の首位打者・新井選手が三塁ライン際へ鋭い打球を放ちました。しかし、これをいつもはショートの守備の名手・水上選手が何とサードでファインプレー。チャンスは潰えてしまいました。このプレーは三塁側の内野指定席に座っていた僕たちの目の前で起きました。一塁審判のアウトという手が上がった瞬間、彼女が手で顔を覆いました。もう、スタンドは騒然、悲鳴という状況でした。

ファインプレー
水上選手

「セーフじゃん、セーフじゃん・・・・」

「どうして取るの?どうして取るの?完全にヒットと思ったのに・・・・・・・」

「すごい、すごいよ。ロッテの選手。高沢選手にしても今の水上選手にしても・・・・」

もう、言葉が出ない時が流れていきます。大歓声と溜息が交錯して、気持ちが大きく揺れる。こんな一球一球にしびれるような試合は初めて見ました。どちらもプロとしての誇りをかけて全力で手を抜くことがない姿でした。近鉄の奇跡を信じたい、しかし、奇跡はやはり奇跡なのか?そんなに簡単に日常的に奇跡を起こしてはいけないと立ちはだかるロッテの選手たちの強い気持ちも素晴らしいものがありました。

そして回は9回裏に進み、ヒットと送りバントのエラーでノーアウト一塁二塁の大ピンチに。一打出ればロッテのサヨナラというシーンとなりました、僕らのまわりの近鉄ファンは皆、悲鳴に近い大声援、そして手を合わせて祈るばかり。誰もが心配そうにエースの阿波野投手を見つめています。

その時、牽制球で二塁ランナーがアウト!

「やったああ、アウトだあ!」

「あれ、でも、あれ?ロッテの監督?出てきたよ、どうして?」

「うん、守備妨害があったんじゃないかと抗議するんじゃないかな」

「全然、大丈夫じゃん、あんなの。おかしいよ」

球場はさらに異様な雰囲気になってきました。「有藤、引っ込めー」「時間伸ばしするな!」といった怒声が次々とグランドに向けてとんでいます。スタンドは再び怖くなるような雰囲気に覆われました。

抗議

「ねえ、延長はどうなるの?」

「4時間を超えると新しいイニングに入れないから、これはある意味、時間伸ばしの戦術かもね。だってプロだから、いろんなことやるよ」

この時、決して人前で大声などを出したことがない彼女がすくっと立ち上がり、周りの怒声と一緒に怒鳴り始めました。

「監督、早く帰ってー。早く!早く!」

僕もこんな彼女は初めて見ました。一生懸命、奇跡を信じてプレーする近鉄の選手たちに残された時間はあとわずか。彼女もやはり奇跡を信じたいのでしょう。そして、それが人間なのかもしれません。

抗議は終わったものの、ロッテのチャンスは続き、ツーアウト満塁。

祈り

「もう、だめだよ、これ・・・・・・」

「阿波野、がんばって・・・・・・」

彼女の祈りは極限に達していました。最初はまったく見るつもりもなかったパ・リーグの試合。でも、今はすっかりそこで繰り広げられるドラマに入り込んでいました。普段は「お腹すいたー」「喉乾いたー」などとひっきりなしに言う彼女がすべての気持ちをグランドだけに集中させていました。バッターはやはり甲子園で活躍した好打者・愛甲選手。

「ああああああ!!!!打たれた、ヒットだ!」

目の前のレフト前に飛んだ打球を見て、観客、そして僕と彼女も悲鳴のような大声を上げました。もう、座ってなんかいられません。僕らはずっと立ち上がりっぱなしでした。

「いや、捕るよ、捕るよ・・・・・」

必死に前進してきた淡口選手が何と好捕!あと30cm前に落ちてたら終わっていました。まだ、近鉄に運は残っているのかも?この時の僕らはまだ、わずかながら近鉄の奇跡を信じていました。

そして、延長の10回に入り、前の打席でホームランのブライアント選手が打席に。

「お願い、ホームラン打って!見るからに力ありそうなんだし・・・・・」

もう、理屈も何もありません。ただ、信じる気持ちだけという時間が流れていきます。

ブライアント選手が打ったゴロでアウトと思った瞬間、悪送球で一塁がセーフ。一気にスタンドが沸き立ちます。まだ、やれる、まだいける・・・・僕らも信じていました。次のバッターはオグリビー選手、ベテランの羽田選手と好打順が続きます。

しかし、結果は無情でした。

オグリビー選手が三振、そして羽田選手のダブルプレーで10回の攻撃を終了。時は10時40分。もう時間規定のために新しい回に入ることは事実上できません。少しでも早くプレーするためにピッチャーもウォーミングアップなしで投球に入りましたが、残り、3分ぐらいでロッテの攻撃が終わることは不可能、そんなことはみんなわかっていました。時計の針が10時43分をさし、周りからはすすり泣く声がたくさん、聞こえました・・・・・・。僕も不覚ながら涙がこぼれました。

こうしてもう少しで手が届いた近鉄の優勝はあと半歩届かず、潰えてしまいました。

近鉄引き分けの瞬間

「もう、延長ないんだよね・・・・・・」

「うん、うん」

「優勝はないんだよね、近鉄・・・・・」

僕らは言葉がありませんでした。言葉がないというよりも僕は泣けてきてうまく話せませんでした。奇跡を信じていた僕らにはこのゲームの残酷な現実が待っていました。

「ねえ、このあと、どうして守るの?もう、終わったのに・・・・」

「優勝はなくなったけど、試合はまだ成立してるから近鉄の選手は守備をしなきゃいけないんだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

彼女の目からも大きな涙が落ちました。今日の昼までまったく知らないチームの知らない選手の試合なのに。人目をはばからず、彼女は泣き出しました。

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 10回裏、時計の針は10時43分を周り、規定の4時間を過ぎたため新たなイニングに入ることはできませんでした。しかし、近鉄ナインには無情にも最後の守備がありました。
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10回裏、近鉄の選手は最後の守備に・・・・・・。
その姿を彼女は大粒の涙を流しながらじっと無言で見つめていました。そしてロッテの最後のバッターが三振に終わり、ゲーム終了。7時間33分に及んだ白熱の好ゲームは午後11時近くになり、終了しました。

近鉄の選手たちが仰木監督、中西コーチをはじめ、全員出てきて僕たちがいる三塁側のスタンドに向かって挨拶を始めました。こらえてはいるだろうけど泣いているような選手もたくさんいました。その時、彼女が多くの観客とともにネット際に向かって駆け出していきました。僕も彼女の後を追い、近鉄ベンチの上あたりへ。

10月19日

きっと優勝のために用意したであろう色とりどりの紙テープが優勝しなかったにもかかわらず近鉄の選手たちの上に鮮やかに舞い出しました。そして多くの近鉄ファンとともに彼女も大声を上げました。

「かっこいいよ、すごくかっこいいよ、ありがとう、ありがとう。すごくがんばったよ・・・・・」

そんなようなことを彼女は言ったと思います。はっきりと一語一句は覚えてないのですが。彼女の涙は止まりませんでした。そして、まわりの多くの人もほとんどが泣いていました、数え切れないほどの大の大人が。

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人の真摯な姿、そしてあきらめない姿勢。頑張っても頑張っても人生にはもう一歩届かないことがあること。そして簡単には目標や夢を達成させない、ロッテの選手たちのプロとしての誇り。いろいろなものが凝縮された、そして学ぶことが多い試合でした。

結局、この年、勝数では西武を上回りながらも負け数は近鉄が多く、引き分けの差で西武の4年連続優勝が決まりました。ゲーム差なし、勝率の差はわずか0.0014。一歩どころか本当にタッチの差でした。



川崎駅までは結構、距離があって歩くと15分ぐらい。僕らは元気なく、そして何とも不思議な感覚に包まれながら他の多くの観客の方と帰路につきました。ただ憶えているのは、皆、元気はなかったけど満足そうな、そんな表情をされていたことかな。あまりにも壮絶な試合だったことへの脱力感もありました。

トボトボと川崎球場を出てしんみり涙を浮かべて歩く彼女に僕は声をかけました。

「もう、終電間際になっちゃったね、ごめん、ご飯食べてないよな」

「ううん、もういい。ありがとうね、今日は」

「本当にもう、お腹いっぱいだからいい。だって、心が満たされたから・・・・・」

「うん、僕も心が真っ白になったような感じだよ」

「とても感動したよ。こんなこと、関係ない人の試合見てあるんだな、なんて。何か不思議な気分」

「近鉄、優勝できなかったけど何か最後はジーンときたな。胴上げよりいいもの見た気がする」

「うん、今日の試合のこと、私は忘れないよ。がんばったってがんばったって夢がかなわないことなんて結構あるじゃない?でもね、大切なことは夢がかなわなくたって、腐らずに最後まできちんとやり通すことなんじゃないかなって」

「実はね、今日一番、感動したのは延長で優勝がなくなった後の近鉄の選手たちの守りなんだ・・・。恥ずかしいけど涙が止まらなかったよ。だって、意味のない守備なんだから」

「でもね、私はわかったんだ。意味がないと思っていたのは私たちだけで近鉄の選手たちは勝てなかったけど負けたくないという気持ちで辛い気持ちをこらえて必死でやってたと思う、プロとして。ロッテの選手も立派だったよ、決して手を抜かなかったよね」

「でもそれは両チームとも次につながると信じているからなんじゃないかな?最下位でも、優勝を逃しても、うまくいかなくても、腐らずに夢をあきらめないこと、そして、それを追い続けて辛い時も耐えていくことがいつかきっと夢をかなえることになるような気がする・・・・・・」



乾いた空に続く坂道 後姿が小さくなる 晴空萬里 綿延坡路 背影漸遠漸小
優しい言葉 探せないまま 冷えたその手を振り続けた 溫柔話語 找不出 風冰的手 揮著 揮著 

いつかは 皆旅立つ それぞれの道を歩いていく 時候到時 你我 總得起程 各走各自的人生路
あなたの夢をあきらめないで 熱く生きる瞳が好きだわ 有夢的你 別放棄 我所愛過的熱情靈動眼眸
負けないように 悔やまぬように あなたらしく輝いてね 別認輸 不做後悔的事 做你自己發光放熱

苦しいことにつまづく時も きっと上手に越えて行ける 不管什麼心酸事 還是低潮時 我一定都能安然度過 
心配なんて ずっとしないで 似てる誰かを愛せるから 不要一直為我擔心 我會找個像某某的人來愛的

切なく残る痛みは 繰り返すたびに薄れていく 留在心中淒切的痛 總會隨著反複回顧淡忘
あなたの夢をあきらめないで 熱く生きる瞳が好きだわ 有夢的你 別放棄 我所愛過的熱情靈動眼眸
あなたが選ぶ全てのものを 遠くにいて信じている 你所選擇的一切 遠方的我都會信持

あなたの夢をあきらめないで 遠くにいて信じている 有夢的你 別放棄 遠方的我都會信持

彼女は涙声でボソボソと帰り道ずっと話し続けました。もう30年ほど前のことだけど、僕はこのときの帰り道の会話を忘れることはありません。

「でもね、こんなにトイレ我慢したの、人生で初めてだよ(笑) とりあえずきれいなトイレ行きたい!」

川崎駅に近づいた頃、やっと彼女の顔にいつもの笑顔が戻りました。彼女もきっとこの日のことはいつまでも忘れていないと別れた今も僕は思っています。それほど素晴らしい人間ドラマでした。

僕は野球が好きで感動するのは当たり前だけど、特に野球を見るわけでもない子が心を動かされたこの試合こそが後にも先にも最も心に残る試合であったことに間違いはありません。

回想 - 仰木彬が「ニュースステーション」に出演していた頃

次の動画はこの試合を知らない若い世代の方にもぜひ、見てもらいたいし、感じてもらいたいと思っています。古い映像ですが、この10月19日を巡る多くの人の思いが詰まっています。仰木監督や鈴木選手、阿部アナウンサーなど、すでにお亡くなりなった方々の当時の映像も多く、胸がしめつけられます。

 久米宏さんをキャスターとしてプロ野球やサッカーなどへの愛情が感じられたニュース番組、ニュースステーション。今は亡き名アナウンサー阿部さんの語りも素晴らしい。1988年の10月19日のこの一戦を人間ドラマとしてとらえ、必死にがんばる両チームの選手の表情を追った素晴らしいドキュメンタリーです。UPされた方も当時のビデオテープから起こしてデジタル化してされているのですが、上の方に入るノイズや当時のCMも懐かしいです。最後の阿部アナウンサーの語りと久米浩さんの「TVがもっと素晴らしいのは人間を映したときです」「画面にしっかり生きている人間が現れた時のTVの魅力というのは筆舌に尽くしがたいものがあります」という言葉がいいですよね。人のむきだしの生き様を伝えたとき、そこに僕たちは心を動かされ、そして自分を映し出す鏡となっていきます。
 

近鉄バファローズは翌年の1989年10月12日、ほぼ一年後になる因縁めいたダブルヘッダーで宿敵・西武をブライアント選手の奇跡的な4打数連続ホームランで逆転勝利。試練のダブルヘッダーを連勝で飾り、悲願の9年ぶりのリーグ優勝を達成します。

近鉄優勝

 何かが乗り移ったような1989年10月12日、西武戦でのブライアント選手の大活躍。4年連続優勝中の西武を打ち砕いたのは前年にもう一歩のところで優勝を逃した猛牛軍団でした。88年と89年の近鉄と西武のデッドヒートは記憶にいつまでも残る劇的な展開で優勝が決まっていきました。
ブライアントの連続ホームラン



この時代の近鉄は監督が仰木彬さん、打撃コーチが中西太さん、投手コーチが権藤博さん(後に横浜ベイスターズを1998年に38年ぶりの優勝に導く名伯楽)でした。1987年最下位に終わっていた近鉄バファローズを再生させ、常勝・西武と激しい優勝争いを繰り広げるまでになったのは、チーム首脳陣の存在が大きかったと思います。

故人・仰木彬監督はこの後、オリックスでも監督を務められ、再び中西コーチと組んでイチロー選手などの才能を見出して低迷していたオリックスも日本一へと導いていきます。変則的な投げ方を認めてMLBでのパイオニアとなった野茂英雄投手、オリックスでは長谷川投手や田口選手などMLBで活躍する選手を育て、常にワールドワイドな視点もあった名監督でした。

 選手の個性を伸ばす能力が一流でした。イチロー選手も仰木監督と出会わなかったらどうなっていたことでしょうか。巨人V9戦士の前土井監督は「振り子打法」が気に入らず、二軍で燻っていました。
仰木監督とイチロー

数々の記録と伝説を残した名投手・江夏豊さんは「名監督は数多くいても、名コーチは少ない」というのが持論ですが、「投げる方の名コーチは権藤博さん、打つ方の名コーチは中西さん」と語っています。中日の二軍でくすぶっていたブライアント選手の長打力に目をつけた中西コーチの「良さを伸ばす」指導はブライアント選手を三度のホームラン王に導きました。

 「僕の恩人は中西さん」僕たちに鮮烈な記憶を残したブライアント選手の言葉から全てがわかります。三振してもいいからホームランをたくさん打て、当てれば飛ぶという方針で励ましたと言います。
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 1998年に弱小球団と言われた横浜ベイスターズを38年ぶりの優勝に権藤博監督は導きました。
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さて、近鉄はその後、1997年には大阪ドームが完成し、本拠地を移転、大阪を保護地域として「大阪近鉄バファローズ」とチーム名も変えてユニホームやロゴもリニューアルしました。

 最後の近鉄ユニホーム。大阪のロゴをビジター用に入れて地域密着を強く打ち出したのですが・・・。
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パ・リーグ発足以来、近鉄パールズで加盟、唯一無二のオーナー会社が変わらなかった近鉄ですが、21世紀に入ると1リーグ化問題や選手の年俸の高騰、長引く不況により、毎年のように身売りの噂が流れるようになってきました。大阪ドームは近鉄沿線でもなく、さらに賃貸料金が高いなどの問題も恒常化していました。

そして2004年を最後に55年の歴史を刻んだ近鉄はオリックス・ブルーウェイブに吸収合併される形となり、プロ野球界から姿を消していきました。2007年まではユニホームのロゴに近鉄と入っていましたが、株式の保有をやめて近鉄はプロ野球事業から完全に撤退し、現在はバファローズというチーム名に名残りがあるだけ。阪急ブレーブスに至っては完全に歴史上のチームとなってしまいました。

 2005年の合併直後、オリックス・バファローズが着用していたユニホームの肩口には「がんばろうKOBE」というオリックスの震災時のキャッチフレーズと近鉄のロゴの両方がつけられていました。
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 今やパ・リーグの関西球団は1球団のみ。阪急南海近鉄と3球団あった20世紀の面影はありません。生まれ変わったオリックス・バファローズは野球よりバファローズポンタとBs Girlsで人気上昇中ですが、金子千尋投手などのNPBを代表する選手もいますし、本業でも頑張ってほしいものです。
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 あの10.19の第2試合と同じようにハッピーエンドではなかった近鉄バファローズ。しかし、時代の波に翻弄されながらも最後まで腐らず、爽やかにプロらしく最終ゲームを双方のチームとも闘ってくれました。もう、10年以上の月日が流れましたが、素晴らしいプロの男たちがいたことはいつまでも胸に刻まれています。


近鉄球団の歴史は日本の経済を映す鏡でもあったように思います。時代の波にさらされやすいパ・リーグですが、その中でも特に波乱万丈だった球団だったと思います。

故・西本幸雄監督時代に挑んだ広島東洋カープとの日本シリーズでは「江夏の21球」でノーアウト満塁のチャンスを逃して敗北、さらに1988.10.19の川崎球場の悲劇、1989.10.12のブライアントの4連発と歓喜、そして後述する2001年の北川選手の劇的なホームラン。阪急と近鉄で監督を務めた西本監督、近鉄とオリックスで監督を務めた仰木監督、阪急➜オリックスと近鉄の合併は実は遠い昔から決まっていた運命だったのかもしれません。二人の名将をしても10度挑んだ日本一はイチロー選手を要したオリックスの2回目の優勝時のみ。阪神淡路大震災の復興を旗印に「がんばろうKOBE」のキャッチフレーズで臨んだ2年目の1996年、たった1度しか手が届きませんでした。

 1995年に起きた阪神淡路大震災。復興に向けてがんばる神戸の象徴として2年間連続優勝をオリックスは果たし、1996年、仰木監督の夢でもあった日本一をイチローという名選手を育て成し遂げました。
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  オリ姫ことBs Girlsによる”Dream & Power"。当時の近鉄にはなかったお洒落さと可愛さ。チームカラーは今はすっかり変わってしまいました。ただ、12球団のチアの中でダントツの美女軍団でセクシー&ギャル系、茶髪や金髪の子も多く、清潔感重視の他球団とは明らかに違う路線(笑)。伝統は少し生きてるかな?「がんばれーオネエチャン!」というナニワオヤジの声が聞こえてきそう・・・・・。
 


近鉄消滅前の2001年、代打・北川選手が「代打逆転満塁サヨナラホームラン」という奇跡を後に合併することになるオリックス相手に大阪ドームで起こして優勝決定。いつも因縁がからみ、劇的過ぎる近鉄バファローズの伝統は生きていました。そして、これが「近鉄」としての最後のリーグ優勝となりました。しかし、日本シリーズではまたも破れ、結局、老舗球団の中で、唯一日本一にはなれませんでした。

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 球団消滅前の最後の優勝。いてまえ打線のニックネーム通り、打ちまくるチームで優勝を手にしました。しかし、この年も日本シリーズでは勝てず、ついに一度も日本一にならないまま、近鉄バファローズはオリックスと合併してオリックス・バファローズとなり、今に至っています。


 記録には残らなくても記憶に残るチームだった大阪近鉄バファローズ。今はオリックスと合併してチームカラーが変わってしまいましたが、パ・リーグ唯一の関西球団としての誇りをもって闘ってもらいたいですね。大阪コテコテギャルや神戸お洒落っ子もカープ女子やタカガールに負けずにね!
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 がんばれ!大阪、がんばれ関西!東京や地方だけではなく、関西の底力を見せてやってや!
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人生には苦しい時もあるし、波に乗っている時もあります。でも大切なことはあきらめないこと。
頑張っても努力を重ねてもあと一歩、いや、あと半歩届かないこともあります。

でも、そこで運がなかったとかあきらめたらきっとおしまい。

いつかは夢がかなうと信じていく気持ちを僕は忘れないようにしています。簡単に起きる奇跡やすぐにかなう夢なんて、そうそうあるもんじゃないことはこの1988年10月19日のゲームが教えてくれました。

 明るく元気に!うまくいかなくても次があると信じていくことかな。
近鉄バファローズ

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別認輸~負けないで(我的意思)

今日から10月。

ジャイアンツが球団創立以来のCS進出を逃し、セ・リーグとパ・リーグ双方のCS進出チームが確定しました。かつてAクラスの常連だったジャイアンツやドラゴンズはBクラスに沈み、NPB、特にセ・リーグの状況はここ数年で大きく変わってきています。

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Taka Girl

MLBも悲願の初優勝を目指すアストロズや初のWS進出に闘志を燃やすナショナルズ、最もWCから遠ざかっているインディアンズ、連覇を目指すカブス、名門のレッドソックスとドジャーズが地区優勝決定シリーズに進出、あとはワイルドカードのチーム決定を待つばかりとなりとなりました。とても興味深いポストシリーズになりそうです。

 MLBで未だWorld Championになっていない球団は8球団。AstorsやNationalsは初の制覇がなるでしょうか?
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今の若い人たちは知らないと思いますが、僕が今まで見た多くのプロ野球のゲームで最も心を動かされた試合があります。今でもあの日のことは忘れられません、それほど素晴らしい試合でした。それはまだ、携帯電話もインターネットもなかった時代。バブルが弾けかけ、昭和がもう終わろうとしていた年でした。

あの水曜日の午後、僕はたまたま代休で昼頃に当時、つきあってた子と立川のWILLにいました。

 当時は駅ビルはLUMINEではなく、WILLでした。今は立川もすっかり変貌しました。
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「ねえ、今日はどこ行く?映画でも見よっか」

「それよりもさあ、今日はプロ野球のパ・リーグで面白い試合があるから見に行こうよ」

「えー、パ・リーグ? 選手の名前もわかんないし。どこの試合?」

「川崎球場であるロッテと近鉄の試合。今日の2試合に近鉄が勝つと優勝するんだよ」

「ロッテ?近鉄? 何それ。パ・リーグなら西武は知ってるけどさ、清原とかいて」

「近鉄ってね、唯一日本一になっていないプロ野球チームで、前の日本シリーズも広島の江夏っていう投手にギリギリのところで抑えられて負けてて、不運なチームだから応援したくって。江夏の21球って知らない?」

「そんなの知ってるわけないじゃん、プロ野球とかそんなに興味ないし。お父さんは巨人好きだけど」

当時のパ・リーグはこんなものでした。西武がとても強くて1強時代。人気選手も多くてそれまで3年連続で優勝していましたし、在京球団で東京ドームで試合をしていた日本ハムはまだ知られていましたが、ロッテや近鉄、南海や阪急といった球団は人気も高くはなく、一部の野球好きなファンに支えられているという状況でした。

パ・リーグ

 今はクラッシクイベントなどで当時のユニホームが登場する近鉄・阪急・南海の関西3電鉄プロ野球チーム。かつてはパ・リーグの半分を関西の球団が占めていました。1988年(昭和63年)を最後に阪急がオリックス(当時はオリエンタル・リース)、南海がダイエーに身売り、そして最後の砦だった近鉄も2004年にオリックスに吸収合併という形で消滅し、オリックス・バファローズとなりました。
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「今日はウィークデーだし、試合はダブルヘッダーで午後から始まるから、優勝がかかる試合とは言え、空いてると思うよ。球場も川崎だし」

「本当に優勝するの? プロ野球の優勝決定とか見たことがないしなあ、天気もいいし、じゃあ行くか!」

立川から川崎には首都圏に住んでいる人にもあまり知られていないJR南武線という電車があり、これに乗って僕と彼女はとことこと行くことにしました。

 当時のJR南武線。今のような車輌ではなく、真っ黄色の車輌でローカル路線の雰囲気がありました。
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川崎駅に到着して歩いて川崎球場に到着。行かれた方は知っているかもですが、川崎球場に行くまでには結構、風紀上よろしくない地域を通ることもあり、彼女は歩いている途中も「いかにも場末」「パ・リーグは本当にマイナー」という言葉の連発でした。

 テレビでは見られない川崎劇場のキャッチフレーズもあった当時の川崎球場。昭和の雰囲気が満点で今の時代では考えられないような場末感が何とも言えませんでした。
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 今はすっかり生まれ変わり富士通スタジアム川崎となりました。アメフトの試合など多目的スタジアムとして使われており、かつての面影はまったくありません。
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球場に2時過ぎに到着、しかし、球場に着いてびっくり。いつも楽勝で入れる川崎に50~100人ぐらいの人がすでに並んでいました。

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「えええええ、パ・リーグなのに並ぶの?やっぱり、やめようよ」

「まあ、せっかく来たんだしさあ、川崎球場で並ぶなんていうことは普通ないから。いい経験と思ってさあ」

「でも、これだけ人が並ぶということは面白い試合なのかもね。まあ、いいや、今日はつきあってあげるよ!」

文句ブリブリの彼女を何とか、おだてて僕らは切符を買う列に並びました。安い自由席や外野席の方はどうやらもっと人が多いような感じで、僕らはまだ切符が売っていた当時2000円ぐらいだったかな?内野指定席(近鉄ベンチの上のあたり)の3塁側に入りました。いつもの川崎球場よりすごく客入りが良くて試合開始1時間前ぐらいなのにすでに4~5割ぐらいが埋まっているかなという感じでした。

「ねえ、さっきトイレ行ってきたじゃない、女子用がなくてさー、男女兼用なんだよね。おばさんに聞いたら、ネット裏の特別席の方にしかなくって、ここからは入れないって。信じられなーい!本当に場末でさあ、もう今日は早く帰るから」

「ごめんごめん、川崎球場ってこんなとこなんだよ、ご飯ごちそうするから許して」

「でも、今日の試合はすごく重要でね、絶対に優勝と思われた西武に近鉄が勝ちまくって追いつきてきてて、もう西武は全試合の日程を終了してるんだよ。でもね、今日のダブルヘッダーに近鉄がロッテに連勝すると逆転で優勝するのさ」


「ふーん。相手のロッテってアイスは美味いけど野球強いの?」

「ううん、今は最下位。前日の試合も優勝目指す近鉄にボロ負けでさあ、近鉄とモチベーション違うから今日は優勝の胴上げ見られると思ってるんだ」

「でも、ダブルヘッダーって1日に二試合やるんでしょ。長いよ。1試合目に勝って、さらに2試合目に勝ってやっと優勝?それって夜までじゃん」

「まあ、1試合目に近鉄が負けたら終わりだし、1試合目は延長はなくて9回までなんだ。だから1試合目に近鉄が負けるか引き分けたら、チネチッタ川崎でも行って映画見て、美味しいもんでも食べに行こうよ」

今ではもうなかなかお目にかかれないダブルヘッダーが当時は試合日程を詰めるためにシーズン終了にはよく行われていました。この年の近鉄はシーズン終盤に驚異的な追い上げを見せていて、最後のロッテとのダブルヘッダーに連勝すれば優勝、しかし、1試合目は延長が規定によってないという極めて厳しい条件でした。

こんなたわいもない話をしながら、午後3時にプレーボール。試合が始まりました。僕も彼女もこの時、後世にも「伝説」と語り継がれるような試合になるとは思っても見ませんでした。気がつけばスタンドは7~8割ぐらいの入り。いつも閑散としている平日の昼下がりの川崎球場なのに・・・・・・。

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「ロッテの先発は小川か、近鉄キラーだし、変則でなかなか打ちにくいんだよね」

彼女は試合そのものには興味もあまりなく、天気が良かったこともあってプレーよりもちょっとしたピクニック気分。元より監督や選手の名前すらわかりません。そうこうしているうちに試合は進み、7回になってロッテが3-1でリード。

「ロッテ、なかなか強いじゃん」

「うん、近鉄もプレッシャーあるんだろうね」

「でも、これで近鉄負けだよね、優勝シーン見られないのはちょっと悔しいけど、これで帰れる!」

この時、僕らの左横の内野自由席(応援席)あたりは猛烈な近鉄ファンが多くいて、敗色が濃厚になってきた声を枯らして応援をしている状況でした。

「もう、うるさ過ぎ。おじさん、気合い入り過ぎだよ」

彼女は応援団やスタンドを見ている方が面白いようで、優勝がかかった試合の雰囲気が楽しいようでした。

「すごーい、あんな所で人がいっぱい見てる・・・・」

球場の外にあるビルの屋上などにも人が鈴なりで見ていて、どんどん人が入ってきて気がつけば超満員。内野自由席や外野席は立ち見の人がいっぱいいる状況。夕闇迫る川崎球場はだんだんと異様な雰囲気になっていました。

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試合は進み、球場のライトが灯されて8回表に。

「おお、近鉄ヒットだあ、粘るねー」

「だって、近鉄の選手は強い西武からの逆転優勝目指してここまで必死にやってるんだし」

そして加藤選手がファーボールを選び、一塁二塁に。今は亡き名将・仰木監督が代打の村上選手を告げ、そしてタイムリーヒット!

「おおおおおお、すご~い、同点だあ」

スタンドでは紙吹雪が舞い、近鉄を応援するファンが立ち上がり異様な盛り上がりになっています。

「嬉しんだね!今、打った選手、何度もガッツポースしてるよ、ちょっと感動」

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あくびしながらウトウトしていたこともあった彼女がいつの間にか試合に見入っていました。そして周りにいる近鉄ファンの熱烈な応援にあわせて手拍子を始めました。真摯にプレーするひたむきな姿は人を感動させる力があります。そんな力は決して野球を特段好きではない彼女の心をも動かし始めました。近鉄のチャンスは続き、満塁になったもののブライアント選手が三振に倒れ、結局同点のまま、最終回となりました。

「近鉄、勝たしてあげたくなってきたよ。選手たち、一生懸命で高校野球みたい」

「早く、帰りたかったんじゃないの?」

「うーん、今はちょっと試合が気になるかな、えへへ」

「だから言っただろ、いい試合になるって」

「でもロッテも偉いよね、勝っても別に得しない試合に全力じゃん。弱くないし」

近鉄は同点にもかかわらず、このシーズン、リリーフで大活躍の吉井選手をマウンドに送りました。8回裏を無難に抑えて試合は9回へ。

「これで引き分けだと近鉄は優勝できないんだよね?」

「うん、勝たなきゃいけないし、延長も第1試合はダブルヘッダーのためにないんだよ」

この苦しい局面であわやホームランかと思う当たりを巨人からやってきたベテラン淡口選手が放ち、近鉄は勝ち越しのチャンスを迎えました。しかし、ここでプロの意地を見せるロッテも落合選手の代わりに中日からやってきた若きリリーフエース牛島投手をマウンドに送ります。ふと、気がつくと彼女は両手をあわせてお祈りをしていました。特にファンでもない近鉄の選手のために。

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ここで近鉄・40才の若さで亡くなられた故・鈴木貴久選手がライト前にヒット。しかし、当たりが良すぎてホームインを目指したランナーの佐藤選手が三本間に挟まれてタッチアウト、近鉄の勝ち越しのチャンスはつぶれてツーアウトになり、一気にスタンドは意気消沈ムードに包まれました。

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「もう、なんでー。ロッテ最下位なのに真面目にやり過ぎ、近鉄かわいそう・・・・・」

にわか近鉄ファンに変身した彼女もがっかり。試合が始まった時には「早く帰りたい、早く終わって」と言っていた彼女もすっかり試合に気持ちが入ってきていました。そしてグランドでは仰木監督が代打を告げました。

「梨田選手か。彼は近鉄を支えた名捕手なんだけど、今シーズンで引退を表明しているんだよ」

「あーあ、もうさすがに終わりかなあ。高校野球と同じ思い出代打か・・・・・」

打席には梨田選手が入ったものの、いよいよ近鉄もここまでかという雰囲気も漂い始めました。しかし、奇跡を信じる近鉄ファンはこの9回ツーアウト、彼が倒れれば終わりというこの場面において必死の声援を送っています。再び、彼女は声を力強く出し、手を合わせました。

「うん、信じるしかないよね、ここは」

そして、梨田選手の強い気持ちが牛島投手を上回ったのでしょう。振られたバットから飛んだ打球はセンター前へ。二塁から必死に鈴木選手がホームへ走り、外野からも好返球が・・・・・・スタンドからは歓声とも悲鳴ともとれるような声が大きくあがり、皆、立ち上がっていました。

「セーフ、セーフだよね・・・・」

立ち上がった彼女も我を忘れて興奮しています。グランドでは近鉄の選手たちがまだ、勝ちが決まった訳でもないのに抱き合って喜ぶ姿が目に映りました。

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「すごい、すごいよね」

「うん」

一度はもうダメかと思った悪いムードをベテランの一振りが変えてくれました。引き分けでは終わってしまう近鉄の選手たちの執念が乗り移ったようなシーンでした。僕もここまで凄い試合になるとは思ってもみず、ただただ、選手のひたむきさ、そして逆転優勝を目指して必死に闘う近鉄の選手たちとプロとしての意地を見せて全力でそれに立ち向かうロッテの選手たちの姿に感動していました。

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しかし、1点リードの9回裏、守護神の吉井投手が微妙な判定を巡って冷静さを欠いてピンチを拡大、ここで仰木監督がリリープに送ったのは当時の若き近鉄のエース・阿波野投手でした。先発完投型の阿波野投手がリリーフに登場するのは極めて異例なこと。

「阿波野って、どういう人?」

「去年、近鉄に鳴り物入りで入ってきたピッチャーで、日本ハムの西崎投手と人気を二分する若いエースなんだよ。でもリリーフはやったことがないだろうし、この前投げたばかりで疲れもあるからどうかな」

「打たれる?」

「いや、仰木監督は今シーズンは阿波野投手を柱にして勝ってきたから、阿波野投手で打たれたらしょうがないと言う気持ちで送り出していると思うよ。技術や体力より信じる気持ちでマウンドに送ってるよ、きっと」

「そうか、彼で負けたら終わりっていうチームの気持ちなんだね」

「うん、最後は信頼や気持ちなのかな、どんな場合も」

阿波野投手リリーフ

ピンチで送り出された阿波野投手がもし、同点にされたらそこで近鉄の優勝は消えると言う状況。若い彼はチームの命運を託されてマウンドに向かって行きました。しかし、ヒットやデッドボールでツーアウトながら満塁、三塁ランナーがホームに帰ればそこで同点になり、延長は規定上から無いこともあって試合は引き分けかサヨナラ負けが確定するという絶対絶命の場面となってしまいました。

負けないで もう少し 最後まで走り抜けて 別氣餒 再加把勁直到最後 超越自我  
どんなに離れてても心はそばにいるわ 不管相離有多遠 你的心 近在咫尺  
追いかけて遥かな夢を 追逐著 遙不可及的夢想 

負けないで ほらそこにゴールは近づいてる 別認輸 你看那 已離目標不遠了 
どんなに離れてても心はそばにいるわ 不管相離有多遠 你的心 近在咫尺 
感じてね 見つめる瞳 請感覺這雙凝視眼眸

 やはり若くしてこの世を去った坂井泉水さんがVocalだったZARDの1993年の大ヒット「負けないで」。1980年代から1994年にかけてはスマホもインターネットもなかったけど、人のつながりがアナログ的にあるバーチャルではない生の魅力のある時代でした。
 
「お願い、負けないで、勝って・・・・・・」

ファーボールもエラーも許されないという中で阿波野投手が渾身の力で腕を振って投げたボールにバットは空を切って三振。その瞬間、ほとんんどの近鉄ファンが立ち上がり、紙吹雪が舞いました。

阿波野投手
第1試合終了

 第1試合終了後は異様な盛り上がりにスタンド全体がなりました。
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「すごい、すごいよ、本当に・・・・・・」

「第1試合が終わったけど、帰る?」

僕は彼女にちょっぴり意地悪な質問をしてみました。

「バカじゃないの?こんなすごい試合が続くのに帰るわけがないじゃない!!」

1988年の10月19日。今から約30年近く前、この長い1日の本当のクライマックスはここからでした。

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 今も語り継がれる伝説の7時間33分。僕はこの時、紛れもなくこの試合を川崎球場で見ていました。第1試合でもう引き分け終了かなと思っていたものの9回ツーアウトからの勝ち越し、そして勝利。この後、テレビ朝日はドラマを中止し、CMも一切流さず、ニュースステーションの中で第2試合を生中継し続けました。第2試合後半の視聴率はTV史に残る関西地区46%、関東地区30%。パ・リーグの公式戦ではダントツの歴代第一位。ファンが決して多かったとは言えない両チームのこの試合はひいきのチームを見るということではなく、試合そのものの魅力とそこで繰り広げられる筋書きのないドラマに多くの人が心を奪われて食いいるようにTVを見ていたと伝えられています。


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Take Me Out to the Ball Game(我的意思)

いやあ、この週末は日本プロ野球の優勝で盛り上がりました。

一時はダブル同日優勝?の期待もあったのですが、福岡ソフトバンクホークスが一足先に16日・土曜日にパ・リーグ最速記録で優勝、ここ8年間で5度の優勝という強さを見せました。

 女性ファンが多いことで知られるホークス。タカガールサイトもあり、ピンクのアイテムでカープ女子に対抗!女子高生デーやレディースデーなどを設けて多くの女性向けイベントも実施しています。ファンクラブも女性が4割以上というのは福岡ソフトバンクホークスと東北楽天イーグルスの45%が最高。これに続くのが北海道日本ハムファイターズの44%、広島東洋カープの42%。今や完全にパ・リーグ主導といった感じですよね。
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(写真:タカガールHP)

福岡ソフトバンクホークスに遅れること2日、ホームでの胴上げはならなかったものの、敵地甲子園を真っ赤に染めた広島東洋カープが2年連続のセ・リーグ制覇を果たしました。日本一熱いと言われるカープファンの熱気が今年も伝わってきました。

 甲子園を真っ赤に染めたカープ応援団。女優のうえむらちかさんは大のカープファンとして有名ですね。東京通信なども出していて、著作「カープごはん」もあります。
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(写真:文春オンライン)

広島東洋カープは僕が思うに「本当のフランチャイズをもつ球団」でファイターズは元々、後楽園時代から東京に本拠地をおいていましたし、ホークスは西鉄➜太平洋➜クラウンと福岡にあったライオンズが埼玉に去ったため、南大阪を拠点としていた南海ホークスが福岡に移転して発生した球団です。

 クラッシクデーイベントなどで埼玉西武ライオンズは西鉄ライオンズのユニホームは着ても太平洋クラブやクラウンライター時代のユニホームは着用しないですよね。ライオンズの末期時代という感じでに黄金時代のあった西鉄と比べ、福岡に球団を存続させることで精一杯だったような印象があります。当時の本拠地・平和台球場も末期は閑古鳥でした。
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 南海ホークスが本拠地とした大阪球場は難波の駅から本当に近くて、若い頃に何度か行きました。とても狭い球場でいかにも難波のおじさんという雰囲気のファンが南海ホークスの歌とか閑散としたスタンドで歌ってました。僕が知っている南海ホークスはもう末期で黄金期も終わり、弱小でした。亡くなられたドカベン・香川選手やオジサンの星・門田博光選手ががんばってましたね。夏のナイターは人も少ないし、難波をふらついた後のデートで利用してました(笑)。
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従って福岡ソフトバンクホークスのように複雑な経緯で身売りとフランチャイズ変更を重ねた事情とは異なり、市民球団として原爆が投下された5年後の広島に設立されたカープは本当に長い年月広島市民が苦しい時も支え、資金難のときは寄付を集め、広島県民の「絆」の象徴として存在してきました。

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資金に難がある地方球団という色彩が強い面もありましたが、豊富な資金で有名選手をトレードで獲得する某球団とは違って、あまり有名ではないけど原石のような選手や地元の選手をじっくりと育てあげていくという球団姿勢は僕も大好きです。

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さらに身近で少し弱い時代が続いたカープは「判官贔屓」的なカープ女子で一躍流行語にもなった女性ファンが急増し、「支えてあげたくなる」といった人気も出た時代背景もあると思います。スポーツは「する」➜「見る」➜「支える」という階層構造がありますが、カープの場合は明らかに「支える」といった心地よさでしょう。

カープガール写真集

 にわかカープ女子も増産されて、今や3年ほど前から時代の流れに乗ってます。写真集や特集はご存知の通りの状況。2014年頃からツアーが開催され始め、優勝の2016年・2017年はピークに。
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(カープ女子写真集:カープガール)

 多くの熱いファンに支えられるカープ。応援団も一本化されていて唯一無二の市民球団だけあって、アナログ的なつながりの魅力があるのでしょう。人と人という絆の原点を感じさせてくれます。

今のマツダスタジアムは行ったことがないのですが、日本最高レベルの雰囲気があるスタジアムとも聞いています。MLBのボールパークのような趣きがあるという評判ですよね。個人的には僕はドーム球場は嫌いで、甲子園や神宮球場のような開放的な雰囲気が好きなので、マツダスタジアムもぜひ、足を運んでみたいものです。

ただ、かつての広島市民球場やなくなってしまった大阪球場(南海ホークスの本拠地)、西宮球場(阪急バッファローズの本拠地)、川崎球場(大洋ホエールズやロッテオリオンズの本拠地)、藤井寺球場(近鉄バッファローズの本拠地)なども僕は行って野球観戦していて、結構、昭和の雰囲気のあったスタジアムの雰囲気も捨てがたいんですよね。


西京極、日生、かつてのナゴヤ球場(中日球場)、神戸グリーンスタジアムなども僕は行っていて、まだ、主な球場で行ってないのは福岡(かつての平和台ヤフオクドーム)と仙台のkoboパーク宮城球場ぐらいでしょうか。さすがにかつて南千住にあった東京スタジアムは時代が古すぎて行っていませんが(笑)。

 いろいろなタイプのシートもあり、エントランスも楽しめるつくりになっていると評判のマツダスタジアム。ドームではないところもいいですよね。やはり、野球はエアコンの風ではなく、夜風に吹かれてのナイターが気持ちいいです。
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今や日本プロ野球は完全に地方の時代。特にセリーグはかつて無類の強さを誇った首都圏の読売ジャイアンツや埼玉西武ライオンズはこのところ優勝から遠ざかっています。ジャイアンツに至っては今季、球団ワースト記録の13連敗、東京ヤクルトスワローズも8連敗、そしてAクラスの常連だった中日ドラゴンズはここ数年、下位に低迷という状態。かつてはBクラスが定位置だった広島東洋カープや横浜DeNAベイスターズと完全に立場が入れ替わってしまいました。

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パ・リーグに至ってもここ10年は福岡ソフトバンクホークスと北海道日本ハムファイタースが数多く制しており、さらに東北楽天イーグルスも優勝していますから、首都圏や関西圏のチームが優勝したのは2008年の埼玉西武ライオンズのみ。2010年に千葉ロッテマリーンズが日本シリーズに出て日本一になっていますが、これは3位からクライマックスシリーズを勝ち上がっての下克上でしたから、実質ソフトバンクと日本ハムの二強時代が続いていると言ってよいでしょう。

 おハムガールズから進化したファイターズ・ガール。日本ハムはプロ野球球団のなかった北海道に進出して大成功。今や完全に地域に根ざしてファン層が広がってますね。
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大学の頃、「日本民俗学概論」という授業をとっていたのですが、かなり著名な教授が講義をしており興味深い内容でした。その教授が言うには「いい意味での野蛮な力があるのは名古屋と広島。日本で最も開放的でおおらかなのは札幌と福岡で、意外とこの都市の文化的な背景は似ているんですよ」と教えていただいたことが僕はとても印象に残っていて、この4都市が21世紀の日本のいろいろな意味での中心になる可能性があるとも言っていました。低迷する中日ドラゴンズはともかく、広島・札幌・福岡はプロ野球文化については確かに当たっていますね。

かつてはTV中継が多い巨人戦を見て、プロ野球と言えばジャイアンツファンが中心の時代がありましたが、サッカーのJリーグがスタートした1990年代半ば頃からインターネットが普及(ちょうどWindows95が登場)しだして、今は完全にネットやCSで見る、球場に足を運んでLIVEで見るというスタンスになっています。プロ野球のジャイアンツ一極集中時代やセ・リーグ優勢時代はとうの昔に終わっていますよね。

 チームは弱いものの、チアでは人気の千葉ロッテ・マリーンズとオリックス・バッファローズ。今やイベントやパフォーマンスの新しい風は圧倒的にパ・リーグ。特にオリ姫(Bs Girls)の皆さんはダントツの人気でチアのショー目当ての人も多いという評判。
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 2017年のNPB11球団のチア。広島東洋カープだけ、ホームランガールという形でチアはいません。
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 広島東洋カープの2017年ホームランガールの皆さん。
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僕は多くのスポーツが趣味で自分自身も多くの種目をプレーしますが、観戦も機会があればLIVEで・・・といつも思っており、アメリカ滞在時もよくMLBやNFL、NBAを見に行きました。

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MLBでは改装される前のブロンクスにあったヤンキー・スタジアム、ラガーディア空港を発着する飛行機が真上を通るメッツのシェイ・スタジアム(今はなくなっちゃいました)はもう本当に数多く行きましたし、シアトル・マリナーズのセーフコ・フィールドやほとんど昼間しか試合をしなシカゴ・カブスのリグレー・フイールド、LAのドジャー・スタジアムなども複数回訪れていて、アメリカ各地に出張や旅行で行くと必ずと言ってよいほど野球観戦に行っていました。

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試合開始前の"the National Anthem~国歌斉唱"や7回にみんなで歌う"Take Me Out to the Ball Game"はいつも感動的で、心に今でも焼き付いていますし、各ボール・パークでのいろいろな趣向(ヤンキー・スタジアムが一番かな)も楽しくて忘れられないものばかりです。

 一度は見たかったSuper Ball。開催地に行くタイミングとチケット入手が困難で夢に終わってしまいました。2016年のLady Gagaのthe National Anthem Performs。カッコイイ! 本物をLIVEで見たら感動するだろうなあ。


 2016年シーズンはカゴ・カブスに伝わる Curse of the Billy Goat(ビリー・ゴート~山羊の呪い) が解けた?と言われた71年ぶりのWS進出。更にはWSでは1勝3敗の状況から3連勝して、激戦の末クリーブランド・インディアンズを破って108年ぶりのワールドチャンピオンに!これによってクリーブランド・インディアンズが68年間という最も優勝から遠ざかっているチームとなりました(ただし、未だにワールドチャンピオンになっていない球団は8球団あります)。


一番よく行ったヤンキー・スタジアムでは誕生日や結婚記念日の人がオーロラビジョンに映し出されたり、ピーナッツを投げて売ってくれたりなどいろいろな小イベントが枚挙に暇がなく、例えばカップルがキスしたりする様子などが映し出されて大喝采!・・・・素敵なシーンが野球以外にも数多くありました。今でも、或ることが球団スタッフの目に止まって当時プレゼントしていただいたヤンキースのヘルメットを持っているぐらいですよ(笑)。

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このブログでも台湾・中華職棒の啦啦隊の記事をよくアップしていますが、台湾で一番縁があった芊芊とは本当によく観戦に行きました。台湾各地にある球場はほぼ行っていて、入場料金も安く、いつも気軽に行けるという雰囲気がすごく良くて、マイクを使った応援と啦啦隊の盛り上がりは本当に楽しかったですね。また、行きたいなあ(笑)。

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さて、日本プロ野球もいよいよクライマックスシリーズへの進出を目指しての2~3位争い(まあ、セ・リーグは巨人とDeNAの3位争い、パ・リーグは西武と楽天の2位争い)が佳境に入って、日本シリーズに続いていきます。

 さて次はクライマックスシリーズ。王者のカープホークスを倒す球団はあるのでしょうか?
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アメリカのMLBもワールドシリーズに向けての最終局面へ。興味は、まだ球団創立以来、一度もワールドチャンピオンに輝いていない現在地区1位のヒューストン・アストロズとワシントン・ナショナルズ(モントリオール・エクスポズ時代からワールドシリーズにも出たことがありません)がこのまま決勝までプレーオフを勝ち上がり、対決できるのかどうか?

そして台湾の中華職業棒球も上半期を制したLamigo桃猿がリーグ記録を超える年間72勝をあげて下半期も絶好調。年間2位と争うことになりそうですが、1勝を獲得するLamigo桃猿が圧倒的に有利な台湾シリーズになりそうです。

 交流試合に続き、ホークスカープの闘いは日本シリーズでも実現するでしょうか?クライマックスシリーズは一体どんな展開になるか、楽しみですね。
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夏から秋へ。ますます、多くのスポーツイベントから目が離せない一年の総決算の時期になりますね。今年はどんな感動を見せてくれるのか、心躍る日々が続きます。

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