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我徬徨台北的夜世界 ~My Twinkle Story with Taiwanese girls~

私は台北で駐在生活を4年間送りました。昼間は世界の平和と日本の経済発展を目指して全力でお仕事。夜になると地表にちょこんと顔出して、五木の街あたりを彷徨っています。そこで私は数多くの天使達と悪魔に出逢いました。そんな私の夜の彷徨いを台湾社会の複雑な仕組みなども紹介しながら書き綴っていきます。ほとんどの日本人が深くかかわることが難しいと思われる台北の夜世界の様子とエピソードの紹介が中心です。これは心優しい台妹たちを愛し、そこで出逢った人達とのかかわりや心のつながりをとても大切にしながら、これからも彷徨い続けていく私の軌跡です。

微笑&開心

微笑回來了(休息一些)

今日は日帰り出張があって、早朝から静岡に出かけて、午後に戻るという予定でした。午前中の仕事が終わり、昼食でもと思って歩いていた時、スマートホンのバイブが2度振動しました。時間はぴったり12:00。Appの着信でした。誰かな?と見てみると.....。約3ヶ月近く連絡がとだえていた微笑という子でした。

このブログを書きはじめるきっかけとなったあるBBSがあるのですが、そこで、この9月に台北に行った時に懇意にしている微笑という19歳の子との再会の話を書いたことがあり、多くのBBSを見られている方からとても温かい声をいただいたのが、この微笑という子です。

彼女の人生は本当に苦しいことの連続でした。

私は彼女が11月に新たな困難に直面したことを彼女の簡訊から知ったのですが、それ以来、簡訊を時折送ってもまったく返信がなく、12月に台北に行った時に彼女と仲が良かった開心という子や彼女を紹介してくれた今の 幹部とともにその消息を追ったのですが、手がかりがなく、まったくの行方不明、状況を誰もわからなくなっていました。

彼女はかなり早い時期からi-phoneをもっていてAppもインストールしていましたが、最終接続の表示は秋頃になっていて、まったく他の友人たちに反応している様子も見受けられませんでした。時々、私も思い出したように今まで20通ぐらいの簡訊を送っていたのですが、まったく反応がなく、自殺などしていなければいいが....と心から彼女と縁があった誰もが心配していました。

その微笑からの簡訊が突然、届きました。私は昼食を食べるのも忘れ、およそ1時間近く、彼女と聊天(チャット)を続けました。途中、彼女は2枚の今の彼女の写真もAppで添付して送ってきました。ちょっとやせていましたが、笑顔があって、あいかわらずのちょっとギャルっぽい顔がそこにはありました。

「XX先生、真的好對不起一直讓你擔心我,
之前發生好多事不得以離開了一段日子。
一下子不知該怎麼說明才好。
但重要的是我心裡真的好感動好感動。
XX先生真的好關心我、對不起讓您擔心了...我回來」

(XXさん、ずっとあなたを心配させてしまって本当にとてもごめんなさい。
以前からずっと多くの事があって1日も手を離すことができなかったの。
急にどのように説明したらよいかわからない。
ただし、重要なのは私の心はとても感動、感動だったよ。
XXさん、本当に私をいつも気にしてくれていたのに、心配させてごめんね....私は戻って来たよ)

その後、彼女と1時間近くにわたって聊天(チャット)をする展開になりました。彼女が自殺しているのではないかと友人の開心という子も彼女にかかわっていた幹部も心配していましたことも伝えました。しかし、彼女はやはり強い女性でした。わずか19歳でいろいろな困難を経験していきた彼女は簡単にはへこたれていませんでした。

「去年確時發生了很多令我痛心的傷害
但XX先生您放心、微笑有雜草搬的生命力!
不會輕易做出自殺的行為」

(確かに去年はとてもたくさんの心を痛めたつらいことが起きたよ。
但し、XXさん、安心して、微笑は雑草のような生命力があるから!
軽く自殺なんてしようと思わないから)

聊天をする中で彼女が姿を台北から消していた理由が少しずつわかりました。信頼している友人の会社の保証人となったところ、その会社が大きな損害を出し、彼女は共同出資者として責任を問われ、約30万元の賠償を背負うことになったというのです。彼女は、しばらくの間、債権者から逃れるために台北を離れ、南部に潜んでいたということでした。ただ、30万元のうちの10万元を用立てて、一部、賠償責任を果たしたことから、再び、台北に戻ってきたのでした。

しかし、残りの20万元の賠償の問題をまだ解決しなければならず、彼女はその交渉にこれから臨むことになるということでした。微笑が言うには借金ではないので、交渉しながら、その負債責任がないことを手続きしていくとのこと。そして、家もなく、家族もいない彼女は、昨日、台北に戻ってきてすぐに酒店での上班を始めていました。彼女が言うのはそれしか方法がないと話しました。酒店の經紀人がすぐに家を用意してくれたようで、当面の生活費を立て替えてもらったらしく、さっそく昨日から上班していました。今日は、休日で家の整理をし、台北での生活の再スタートの準備をしていました。以前とは店を換えていて、名前も換えています。だから、正確に言うとすでに微笑ではないのですが、彼女はこの「微笑」という名前が私との関係では慣れていますから、私には微笑と呼んでほしいと言うため、これからも微笑という名前で彼女のことを紹介していこうと思っています。

彼女はかなり前からi-phoneを持っていて、以前昨年の8月に体を壊して入院した時にも写真をAppを使って、送ってきたのですが、今回も2枚写真をすぐに送ってきました。少し、痩せていましたが、微笑んでいる彼女の顔が私も妙に懐かしく感じました。

 可愛い微笑。ガウスぼかしかけています。
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昨日はいろいろな簡訊がとても送られてきていて、一種の特異日でした。

ブログの中で時系列に順を追って書いていこうと思っていたのですが、少し、詳しく説明しておかないとこのブログの内容がわからないことがもうひとつあります。昨日までのブログに当時、私が時折行っていた制服店に天才的な副店長が現れて活況を呈していったことは紹介をしました。2008年の暑假に私はある子と出逢うのですが、この子とのかかわりの中でこの副店長とかかわりをもち、親しくなっていきました。彼は結局、2010年の3月に独立して、新しい制服店のオーナーとなるのですが、その店がこの2週間ほど、厳しい状況に立たされていました。この店は以前に微笑が勤めていた制服店であり、私が本拠地にしていた店です。

彼の制服店はここ2年間でダントツの人気で、多くの酒店からうとまれている存在でした。彼のアイデアは卓越していて、次々と新しい機軸を打ち出し、多くの既存の概念を打ち破っていたため、いわゆる老舗の酒店公司のオーナーたちは彼に良い思いをもっていませんでした。女の子たちは当然、流行っている店に移るため、彼の店に自分たちの女の子は經紀人ともども移籍することも多く、台北の他店は系列の中で合併や再編成を繰り返して何とかビジネスを上向きにしようとしていました。そんな中、旧東京サウナの土地と大樓を買い取り、新たな禮服店を開店させるなど、どんどん勢いを増していた彼は目の上のタンコブ状態でした。そのため、彼は陥れられてしまったのです。

それは、彼の制服店でエイズに罹患している子がいて、積極的に性的服務を包廂でしていると噂を立ててたのです。そして、さらにマスコミにもさかんにリークしたようで、どの店でも包廂の中の事は客人と小姐で決める過ごし方なのですが、違法なSを組織的かつ積極的にしていると噂を立てられました。そのため、スキャンダル好きの台北のマスコミはこの噂を見過ごすわけがなく、新聞にこの噂を報道されたのです。さらにスキャンダル好きの週刊誌も便乗し、どんどん経営のルールや古くからの酒店のルールを守らないだの、かなりおおげさに書いたのが、先週ぐらいのことです。

そのため、警察も重い腰を上げざるを得ず、臨検に煩雑にくるようになりました。そのため、この制服店は大きな打撃を受け、客足も遠のきはじめました。臨検があっても実際には逮捕などされることは、現行犯や証拠がない限り、事件化しないので、実際には大丈夫なのですが、やはり、客人にとって臨検に遭遇するのは避けたい心理が働くのは当然のことです。さらにエイズの子がいるという噂も蔓延しだして、かなり、厳しい状態になっていました。

そして、彼は表面的にこの制服店の経営責任をとって、経営陣を一新し、店名も変えるという手段に出たのです。従って、新しい店として出発をするという形で決着をつけました。この騒ぎで女の子たちも換店した子も多く、大きな打撃を受けたようです。実際には、この制服店ができたときに、彼が以前、副店長だった店から彼を慕ってついてきた子が多いので、しばらくすればまた戻ると有力な經紀人や幹部は予想していますが、完全復帰には1~2ヶ月はかかりそうです。

その店長からもAppで簡訊が夜に来て、これまでの経緯や表面的には経営者として名前を連ねないため、今までのように店であいさつや話ができないという連絡でした。ただし、実質的には名義貸しのような形になっていて、彼の公司が他の公司をトンネルのようにして経営する形になるので、酒店の内容や形態は実質的には変わらないから安心して欲しいということでした。彼の怒りは旧態依然としている陥れられた古い体質の他の酒店公司に向けられていました。確かに出る釘は打たれるの格言どおり、風雲児の彼はたたかれてしまったのですが、次の手を着々と考えていました。私は今は台北にいないので、彼と直接、話す機会がないため、どのようなアイデアがあるのか、詳しくはわかりませんが、しばらく、その成り行きを見守っていこうと思っています。

今日は微笑からの簡訊がいきなりあったため、このようなブログの内容になってしまいました。以前、私が書き込んでいたBBSを見られていなかった方は、微笑と私との関係がまったくわからないと思います。ちょっとブログの時系列に書いていく方針とは少しずれますが、次からしばらくの間、2011年の寒假に出逢った微笑のことを再度、書いていくことにします。

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再会(2011年9月発表文章)/微笑との回憶 First

昨年の9月、台北を訪れた木曜・金曜・土曜と酒店をやめた子たちと夕食を食べていました。金曜日には「微笑(ウェイシャオ)」という子と会ったのですが、微笑と私とのことを少し書かせていただきます。

台湾にはいろいろな出逢いがあって、心が動くような出来事もあります。皆さんにもそんな出逢いがありますように・・・・。

微笑とは2月の寒假(冬休み)にとある制服店で出逢いました。微笑は18歳になったばかりの高中(日本の高校にあたる)の1年級でした(台湾は18歳以上ならば夜の仕事ができ、学校は関係ありません。たくさんの高中の子がいます)。微笑は家庭的に恵まれておらず、高中も学費を払うことができず、一度退学した後に前年の9月から再び夜学(イエシャウ)の高中に入りました。

18歳になるまではセブンイレブンや夜市でアルバイトをして学費を貯めて入学し、18歳になればお酒も法的に飲めてクラブの仕事ができるので、それで稼げば学校を続けられると思っていたようです。微笑はちょっと派手な顔つきのきれいな子でしたが、少女の面影も残していました。酒を飲むことができず、仕事にも慣れていなかったので、2月にクラブで働きだした時は、台湾人の客から換枱(女の子を客が気に入らず、他の子と交換すること)が多い娘でした。お姉さんたちの小姐にも「酒が飲めないから客が怒る」とか「オドオドするから客が楽しめない」とか言われていました。私の幹部が「この子、お酒飲めないから助けてあげて」と言われて紹介されました。

開心という仲の良い子がいて、開心も高中やり直し組でしたから、気があったのでしょう。いつも私は微笑と開心を一緒に呼んでいました。微笑は名前の通り、いつもニコニコ笑容(笑顔のこと)がある娘で、心優しく、私は酒を飲むことを強要しないので、私の包廂にいる時間は安心していたようでした。しかし、3月に私の仕事が台湾からアジア全体になり、台湾にいないことが多くなり、微笑を呼べなくなった頃から彼女の悲劇が始まりました。

微笑はがんばらなければいけないと思ったのでしょう。

高中も2度目の退学は避けたかったという心理も働いていたと思います。常々、微笑は「家族いないから学校ぐらい出てかないと仕事ないからね」と言っていましたから。台湾人の客にあわせて、飲めない酒を無理に飲む日が続いたようです。台湾人の一気飲みや乾杯はすさまじく、微笑はベテランの小姐のようにうまくかわすこともできなかったようで、氷を入れるアイスケースに10缶ぐらいのビールを注がれてそれを一気飲みしたり、洋酒をストレートで玩遊戯で負けた罰として瓶ごと飲まされたりしたようです。吐いては飲み、涙を流しては飲みという日々が続いたと後から聞きました。

5月、酒店を訪れると微笑は姿を消していました。仲の良い開心に聞いても行方がわからず、姿を見ていないというのです。私は心配になって簡訊を数多く打ったのですが、返信もありませんでした。5月下旬、微笑から写真付きの簡訊が突然届きました。それは変わり果てた微笑の写真で、ガイコツのようにやせほそり、目はうつろになって病院のベットで横たわっている写真でした。コメントには「ごめん、胃腸をひどく壊し、食事がまったくできなくなった。今は病院にいる、本当にごめんなさい」と書かれていました。とても心配になり、どこに入院しているのか、酒店の子たちに聞いてもわかりません。医療費はあるのだろうか、体は本当に大丈夫なのか、厭な予感もありましたが、どうすることもできず、月日が流れていくだけでした。

8月初旬、突然、簡訊が来ました。「大丈夫、直ったから」とコメントがありました。「心配だから会おう」と返信すると「まだ全快していないので、もう少し待って、顔も変わってしまったし、昔の私じゃないからがっかりする」といった内容でした。9月16日の夜8:00に林森北路のあるセブンイレブンの前で彼女と6ヶ月ぶりに再会することになりました。遠目で私はすぐわかったのですが、キョロキョロ私を捜して見つけると走り寄ってきて子犬のようにいきなり抱きついてきました。

「微笑だよ、元気になったからね、心配してくれて本当にありがとう!」と以前の笑顔を見せてくれました。彼女と近くの店で食事をしたとき、IPHONEの写真をいっぱい見せてくれて、病気の時の写真や最近の様子の写真を見せながら話が止まらないぐらい話し続けてました。18歳の可愛い少女の顔がそこにはあって、元気になった微笑の顔を見ていると、無理して苦しんでいた酒店時代のことが思い出され、胸が詰まってしまいました。

「病院代はどうしたの?」と聞くと彼女は「経紀人から借りた」と言いました。とっさに私はいくらかのお金を少しばかり渡そうと思ったのですが、彼女がまったく受け取りません。「今はブティックで洋服を売る仕事をしていて少しずつ返しているから大丈夫、学校も休学してまた1年生からやり直しだけどちゃんと行くから」と言います。私が「いつから学校始まるの?」と聞くと無邪気に「来週からだよー」と答えていました。

結局、最後に無理矢理にお金を少しばかりわたしたのですが、別れ際、急にポロポロ泣き出し、「いつ日本帰るの?もう台湾に住まないの?」と聞いてきました。そして、「私、知っての通り家族いないも同然だから、心配してくれる人いないんだ」と言います。私が「仕事が今は台湾だけじゃないから、もう日曜日には日本に戻るんだ」と話すとポロポロまた泣き出し、「うん、わかった。○○さんは日本人だもんね」と言って、急に「バイバイ」と言って、林森北路を足早に歩き出しました。後ろから「微笑!你、加油!我常常支持你、我不忘記微笑永遠!」と言うようなことを言うのが、胸が詰まって精一杯でした。追いかけることすらできませんでした。

その後、酒店に行き、微笑の友人の開心と逢いました。彼女は今、学校に熱心に行っているので、一週間に3日しか勤めず、その日も12時から出勤するという簡訊が来ていました。しかし、彼女が姿を現したのは1時30分、大きく遅れて出勤したとのことでした。彼女はやはり、とても気持ちのやさしい娘で、20歳になるのですが、まだ、高中1年生、微笑と同じようにがんばっています。彼女は今回、私にプレゼントを用意してくれてました。だから、微笑のこともあったし、今回、絶対に逢わなければいけない子でした。

2月に一緒に何度も呼んでいた開心と微笑、人生はそれぞれ大きく別れてしまいました。

その日は一人で酒店に遅い時間に行ったのですが、とても感慨深くて私にとっては忘れることができない一夜となりました。酒店を出ると台北の風が本当に心地よくて、いろいろな思いが私の心の中をよぎりました。元気になって今は酒店を去った微笑とがんばり続けている開心。これから彼女たちの未来はどうなっていくのだろう・・・。少しばかり縁があった者として、もし、連絡がこれからもとれるなら、彼女たちの歩んでいく人生を見守っていこうと思っています。

9月18日の早朝、桃園飛行場で出国手続きをしていると微笑からいきなり簡訊が4通連続で届きました。

「真的好遺憾。我還有好多話好多故事都還没跟XX先生聊到」
(とても残念。私はまだとてもたくさんの話、とてもたくさんの出来事をすべてXXさんとおしゃべりしつくしていない)

「其實我一直都再硬撐逞強、也許看起來我很年軽、但我的人生路走的很曲折。我不是個好女孩、謝謝你在你在茫茫人群中發現了渺小的微笑」
(実は私はずっと無理してがんばって強情をはってきた。多分、私はとても若く見えるけど、私の人生はとても曲がりくねっていて、それを歩んできた。私はだからいい子なんかじゃないよ。でもありがとう、あんなにたくさんいる酒店の女の子たちの中からとてもちっぽけな微笑を見つけてくれて)

「一路順風!有機會的話換微笑去日本找○○先生」
(道中ご無事でいてね!機会があったら換わった微笑は日本に○○さんを見つけにいくからね)

「XX先生謝謝你對微笑的關心情疼愛和鼓力。微笑會更努力創造的我的奇蹟」
(XXさん微笑を可愛がってくれて、いっぱい励ましてくれる気持ちをくれてありがとう。微笑はもっと努力して奇蹟がつくれるようにするから)

大人げもなく、微笑の酒店を見て、空港で涙が出てしまいました。

返事を返すのも言葉を選び、これからの彼女の人生に幸あれと祈らずにはいられませんでした。ですから飛行機の窓から台湾の景色を見ると彼女とのいろいろなことが思い出されて、心の中の整理がつきませんでした。
18歳の少女が大人びた顔を無理してつくり、そこであった私のような、ただの客から何をもらったのだろう、何を私は与えることができたのだろう・・・。

微笑とまた、会えるかどうかはわかりません。

でも夜の闇とネオンの輝きの中にも女の子たちのいろいろな人生があって、彼女たちから私も元気をもらい、そして少しばかり彼女たちにも何か力を与えることができたのかもしれません。

台湾の夜の世界にはいろいろな小さな物語があって、私自身もとても純粋な気持ちになり、心が動かされることが数多くありました。皆さんにもこんな話があるかもしれませんね。今日は台北であった彼女たちとのいろいろな気持ちが交錯して眠ることがなかなかできません。皆さんも記憶に残る素晴らしい出逢いがあることを願ってやみません。

酒店には、こんな話が星のかけらのように落ちていて、そのかけらが時に光り輝く瞬間があります。ていねいに誠実に見つめていれば、きっと見つかるはずです。

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禮物(2011年10月発表文章)/微笑との回憶 Second

去年の10月、出張に行く前に開心と微笑に禮物(プレゼント)を成田国際空港の郵便局からEMSで送りました。開心と微笑は何もかもが対照的です。おおらかでいつも心を開く開心と苦しくても我慢して強情を張ってがんばろうとする微笑。同じ夜學に通う2人ですが、その生き方に対する考え方はまったく異なります。ですから実は、開心の本名や住所を私は知っているのですが、微笑は小機(携帯電話)の番号と通っている学校しか、知りません。

8月に台湾に滞在した時、開心が包廂である物を「面白いでしょ」と言って見せてくれました。私がそれに「へえ、こんなものが台湾はあるんだ」と興味を持ったら、次に逢った時にプレゼントしてあげるからと言われていました。9月に開心に逢った時に彼女はそれを約束通り包廂に持ってきてくれました。結構高くて1000元はするので、その代金を渡そうとしたのですが、今までとても良くしてくれたし、友達の微笑のことも助けてくれたりしたので、いらないと言って、頑としてお金を受け取らなかったのです。

それで、開心の家に日本から禮物を微笑の開心の2人分送りました。同じもので色違いのものです。開心に微笑に連絡をとって、逢って渡して欲しいと簡訊でお願いすると彼女は気持ちよく了承してくれました。そして、開心から「何度も連絡しても連絡がとれないけど、やっと彼女から電話がかかってきたよ。会えることになったから、安心して。ちゃんと禮物渡すからね」と返信がきました。仲の良い開心もなかなか電話がつながらなかったようです。

そして、簡訊を送っても返信がなかった微笑から、今朝、突然、簡訊が届きました。それは驚くような内容でした。

「哇~好感動! ○○先生謝謝你(^^)對不起最近準備開店真的好忙好忙所以都没注意到小機、自己創業真的很辛苦、要整理店面、網拍也要上架設計名片、找廠商看版拿貨、好多東西要整理毎天都好累!」

(すごく感動したよ! ありがとう○○先生。ごめんね、最近お店を開く準備がすごくすごく忙しくて、携帯電話に注意することもできなかったんだ。自分でお店を開くのって大変。お店を整理しなきゃいけないし、インターネットのHPを用意して、店の名刺をつくらなきゃいけないし、メーカーが持ってくる商品を見なければいけないし。毎日、すごく整理しなきゃいけないことがたくさんあって、すごく疲れているんだ!)

微笑の簡訊を見て、開心に微笑の状況を簡訊で訊ねました。微笑はブティックで勤めていたのですが、どうやら一生懸命がんばって認められて、オーナーが新しく出店する店舗を小さいながらまかされたようなのです。微笑らしいなと思いました。やさしい顔をしているけど、何でも強気にがんばる微笑ですから、彼女が言っていた「創造的我奇蹟」は嘘ではないかもしれません。心配なのは、あの子のことだから頑張りすぎて体をまた、壊さないかということだけです。

私が送った禮物は台湾では入手しにくいとてもおしゃれな置物です。きっと微笑は健気な彼女のことですから店の片隅にでも飾ってくれると思います。微笑と開心が一緒に包廂にいることは、もう永遠にありません。彼女たちは酒を飲むことがあまりできず、バラード系の歌を歌うのが大好きでした。「乾杯」の連続と「玩遊戯」の罰ゲームで酒を飲ませまくる台湾人客よりも、「安静」を好む彼女たちは、とてもやすらかにすごすことができましたから、いつも気持ちよく歌っていました。きれいな声とやさしい笑顔がそこにはありました。日本人の私も、とてもたくさんの歌を彼女たちから教えてもらいました。そして、そんな愛おしい彼女たちを、体と一緒に気持ちや折れそうな心も抱きしめるようにしていました。だから、今のような彼女たちとのつきあいがあるのでしょう。

彼女たちとよく一緒に歌った曲がたくさんあります。その中で特に思いで深いのが「禮物」という曲です。今、思えば歌詞が彼女たちのことを語っているように感じます。愛おしいあの子たちを思い出し、当時、微笑と開心と一緒に唱ったこれらの歌を聴くと今でも鮮明にあの時の一瞬一瞬が心をよぎります。



包廂で私は、よくメモに中国語で文章を書くのですが、時々、すごく丁寧に書いて、女の子たちに手紙のように渡すことがあります。もし、今の気持ちを彼女たちに渡すとしたら、こんな感じでしょうか。

「謝謝開心和微笑。你們給我美好的回憶。而己我會記得、懐念在我的心裡永遠」

鴨長明が書いた「方丈記」の冒頭には有名なこのような文節があります。

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」

(川の水は絶えないけれど、といって、同じ水があるわけじゃない。のんびり漂う泡ぶくだって、割れたり他とくっついたりして延々と現状維持を続けたりしない。人間といい、その人間の住み処といい、世の中だいたいそんな感じだろう)

すぐに微笑に何度も電話して連絡をとってくれ、日本語の勉強を将来のためにがんばっている開心。そしてブティックの支店を経営するという新しい人生に挑んでいる微笑。

20歳の開心と19歳になった微笑。

ちょっとお姉さんとして再び夜學に通う高中生たち。若い2人ですが、多少なりとも縁をもった2人の娘たちの未来を私も見守り続けていこうと思います。

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苦悩(2011年11月発表文章)/微笑との回憶 Last

禮物のことで開心からしばらくするとお礼の電話がいきなりあって、しばらくしたら、微笑から簡訊が突然きました。いつもすぐに反応して気遣いをする開心に対して、微笑は生い立ちもあるのか、すぐに人に頼ったりせず、やせ我慢してしまうことが多い子です。返事が来ることも多くはないです。

ですから、開心はまだ、出勤は少ないながらも気遣いを必要とする仕事である酒店に残り続け、微笑はすでに去って新たな仕事を独立して進めているところにも2人の性格がよく出ていると思っています。微笑からの簡訊は次のような内容でした。

「XX先生的心意微笑早収到了拉(^・^)我真的真的很開心。
我很感動從没想過會偶見像XX先生這様的人物並且這様疼我和在乎我!
我一時間還無法適應哦!」

(XXさんの気持ちは早々と受け取ったよ。私は本当に本当にとてもハッピーだよ。私はXXさんのような人と出会うことができるなんて想ったことがないから、とても感動しているんだ。そして、このように私を可愛がって、私を気に掛けてくれるなんて!私はまだしばらく適応できないよ!)

微笑は酒店の時代にいろいろな客や同僚の小姐に騙されたり、辛くあたられたりすることが多かったし、家族にも恵まれていません。だから、基本的に自分は孤独で、誰も本当には可愛がってくれないと思っているところがあります。それに加え、微笑は若くて可愛いので、いいことを言って言い寄ってくる男も体目当てだったり、飽きたら冷たくされたりの経験を通して酒店小姐のつらさも知りすぎてしまったため、私は、彼女はあまり人を信じることができないと感じていました。

ですから、長い年月を通して気に掛けてもらい、可愛がってもらうことの喜び、人を信頼することの尊さをそんな彼女に少しずつでもわかってもらえたらと思っていました。私が台湾にいたならば、彼女も心のどこかに猜疑心があって、「やさしくされても、結局、男は信用できない」という気持ちが捨てきれなかったかもしれません。しかし、微笑が酒店を去り、私が日本を基点とした仕事に変り、会うことがなかなかできす、距離があっても、縁があった者として少しばかりの気配りは忘れないようにしていました。

夜の世界で出会った女性とのことは所詮、虚飾の世界で、遊びは遊びという割り切った考えもまちがっていません。しかし、台湾で私が得た彼女たち何名かとのかかわりは、それだけでは決してないことも学ばせてくれました。開心と微笑は、私に人としての大切なことを思い返させてくれます。そのことは、他の多くの夜の世界の女の子たちと接する時の原点になっています。

彼女たちはビジネスとして接客していますから、心の中では別の顔を持っていたりします。だから、心を開いてくれるのは簡単ではありません。しかし、いろいろな子たちと良い出逢いが次々とあるのも、きっと最も大切な「気持ち」という原点に立ち返ることができたからだと今は思っています。

さて、禮物を住所を知っている開心に贈った後、着いたかどうか気になって、微笑と開心に電話をしました。微笑はまったく電話に出ず、開心はいつもすぐに出ます。

彼女は夜学に通っているので、いつも夜学が終わる10時過ぎにかけると必ずといっていいほど出ます。10月の中旬頃、開心に「微笑に禮物の感想を聞きたいのだけどまったく電話に出ないんだ。簡訊を送っても返信もないんだよ。仕事が忙しいのもあるだろうから、まあ仕方がないけどね。」といった話をしたことがありました。

開心は「微笑は洋服を売るブティックの仕事がとても忙しいって。プレゼントはとても喜んでいたよ。」といかにも心配しなくてもいいよ、元気だから大丈夫だよといった感じでした。そして「今日は学校で日本語の試験だったんだ。日本語を専攻して勉強がんばっているんだよ。」とはしゃぎながら中国語で話し、「少し、日本語でおしゃべりしようよ」ともちかけられたので、私も簡単な日本語でやりとりをしたりしたのを覚えています。顔は見えないけど、そこにはいつもの天真爛漫な開心がいて、楽しそうに屈託なく会話をする様子が目に浮かぶようでした。

「酒店には行っているの?」と訊くと、開心は「今は学校の考試(テストのこと)期間だったから、このところ2週間ほど行っていない」と言っていました。微笑にもプレゼントを渡してから会っていないとのことでした。開心と微笑とは酒店に彼女たちがいた頃、いつか夏休みに日本に招待するという約束をしていて、「京都にいきたい」とか「ディズニーで遊びまくる」といつも言っていました。彼女たちは家庭に恵まれていなくて飛行機に乗ったこともなく、当然ながら外国に行ったこともありません。

11月のある日の早朝5時頃、眠っていたところに突然、携帯電話のバイブが響きました。目が覚めて携帯の画面を見ると約1ヶ月ぶりの微笑からの簡訊でした。何度か電話したり、簡訊を打ったりしてもまったく返信がなかったこともあり、とても気になってすぐに簡訊の内容を確認しました。

しかし、そこには、とても悲しく残酷な事実がありました。

「XX先生、我現在很不好的。被朋友利用騙的好惨、
莫名奇妙欠了一大筆錢、身上錢没了、租屋也没了、什麼都没了。
微笑好傷心好絶望..真的、我不憧為什麼總真心換絶情。
對不起我真的不是不回你而是我痛苦時就會躱起來自閉療傷」

(XX先生、私は今とっても良くないよ。友達に利用されてとても酷く騙されてしまった。言い表せないぐらい大きなお金の借りができ、今の私はお金もなく、借りる家もない。何もかもすべてない。微笑はとても傷つき、とても絶望している..本当だよ。私はすべての真心がどうして絶望に換わってしまったのかわからない。ごめんね。私は本当にあなたに返事をしなっかったのではなくて、その時は私がとても心痛くて、自分が立ち直るために自らの心を閉ざして心を療養していたんだ。)

あまりの驚きと悲しみで夜明けであるのもかかわらず、目が覚めてしまいました。微笑は身よりもなく、頼るところもありません。彼女はあまりにもまっすぐ過ぎて、人を信じすぎて・・・・。酒店に勤めていた頃もそうでしたが、ある意味世間知らずで素直なそんな彼女を平気で地獄に突き落とすような輩がいます。彼女はそれに翻弄され、傷つき、今度こそ本当に何を信じていいのか、わからなくなっているにちがいありません。

でも、今の私に何ができるのだろうか?今は台湾での仕事も少なくなり、大陸と日本の往復が多くなっている私には台湾が今は少しずつ遠くなりつつあります。しかし、毎日は流れていて、その中に彼女たちの人生にも大きな変化があって、その痛みや苦しみを受け止めることだけしかできない自分が情けなくなってきます。とにかく、「できることをしよう」と思い立ち、まずは微笑にすぐに返信しました。

とにかく絶望だけはしないように。自暴自棄にならないように。そして、信じるものを失わないようにと。もうすぐ、クリスマスと年末。私も再び、台北を訪れ彼女たちと約2ヶ月から3ヶ月ぶりの再会をするでしょう。それまでは彼女たちに誠実に向き合い、少なくともたかが酒店を訪れた客であっても、一生懸命、彼女たちの他人を信じる心をもう一度芽生えさせたいと思っています。

今、微笑には、これからできる限り、こまめに簡訊出していこうと思っています。それを見て少しでも元気になってくれたら、生きる希望を再びもってくれたらと思う一心です。

開心を含め、台湾の娘たちはいつも心を開いてくれました。時としてそれが自由奔放だったり、気まぐれだったりしますが、彼女たちとの交流はこちらが誠実に向き合っていけば時が経っても継続していきます。日本ではありえないようないろいろなことに遭遇し、そして、新たな展開が次々と起きていきます。でも、私も彼女たちの支えに少しでもなれば、元気の素になれれば、台湾に在住していた時に幸福な時間をくれた彼女たちへの恩返しになると思っています。そして、私も彼女たちに少しは希望を与えられるようにしていきたいと考えています。

台湾での仕事に疲れ、うまくいかなかった時も彼女たちはいつも励ましてくれました。「加油!加油!」と笑って夜の街で一緒にご飯を食べたり、バイクで遠出したり・・・。当時、私は何度も仕事で折れそうな心を救ってもらいました。彼女たちが子犬のようにまとわりついてきて笑顔を見せてくれた時のことを今よく思い出します。

皆さんもいろいろな出逢いがあると思いますが、酒店で知り合った子たちとこんなにも気持ちがつながるとは当時は思いもよりませんでした。しかしながら、きっと誰にでもそのようなきっかけはあるにちがいありません。それが単なるきっかけで終わってしまうか、それとも心がつながるかは、たまたま巡り会った娘たちとの向き合い方なのかもしれません。

私の場合は、当時深く考えたことなどなかったのですが、気がつけば、単なる客と酒店の子という間柄ではなくなっていました。支え合うというか、信頼しあうというか、言葉ではうまく表現ができません。

きっと微笑も多くの困難があるのでしょうが、彼女たちは頑として私には頼ろうとしません。必ず、「自分でがんばるから」と言います。とても不思議な感覚です。

これから彼女たちの人生がどうなっていくかはわかりません。所詮、私にできることなんて多くはないし、彼女たちもそれはわかっているのでしょう。ただ、かかわった一人の日本人として、裏切ったり、見捨てたりは絶対にせず、私のできる範囲の中で彼女たちの人生が幸福に少しでもなるようにしたいと思っています。

林森北路 024モザ

微笑と開心 Vol.1(休息一些)

4月下旬の激務が続く中、台湾から毎日のように簡訊がAPPで届きました。たくさんの子とやりとりしたのですが、一番、多くの聊天(チャット)をしたのは以前、ブログでも紹介した微笑と開心という子です。特に微笑は台北に負債をかかえたまま戻り、その足で台北最大の制服店に再び、上班を始めました。しかし、彼女の新しい名前は「天后」。しかし、幹部から情報が入り、わずか1日でやめてしまいました。元々、酒店の仕事は彼女は好きではなく、以前も客人の相手を無理にして、体を壊すことがありました。

微笑は一体、どうしているのだろうか?

4月の初旬に何度も簡訊で連絡しましたが、いつものようにまったく返信がありません。仲の良い開心に聞いてみても、まったくいつものように様子がわかりません。また、ちょっと嫌な予感がしましたが、どうすることもできずに日々が流れ、私も仕事に忙殺される日々が続きました。

4月10日の昼。突然、開心から簡訊が届きました。

「XX先生抱歉手機之前沒繳錢現在才回尼。遇見XX先生真的是微笑的福氣,我真的真的很感動也很開心,謝謝您相信我如此關心我,您真的就像一個家一個避風港,給予鼓勵支持、真的 這樣就夠了^^ 。微笑要的並不多,一直努力為的就是一個家,用真心對待人相信總有一天老天爺會看到!我心裡的心念" 真愛奇蹟"」

(XXさんごめん、以前は電話代が払えなくて今、やっと払って返事ができたんだ。XXさんと出逢ったことは本当に微笑にとって幸せなことだったよ。私は本当に本当に感動しているし、とてもハッピーだから。ありがとう、私を信じてくれて、私のことを気にしてくれて。あなたは本当に1つの避難港のようで、私を激励して応援してくれる、本当にこんなにいっぱい。^^微笑が欲しいものはそんなに多くはない。家族のためにずっと努力して、真心をもって人に接していれば。きっと全部をある日神様が見てくれていること信じてるんだ!私の心の中には”真実の愛は奇蹟を起こす”という気持ちがいつもあるよ)

私は本当にちょっと照れくさくなりました。微笑のことが心配でコツコツと励ましの簡訊をうっていたのですが、彼女らしく、返事はないものの、受け止めてくれていました。しかし、心配なのは生活と負債です。すぐに返信しましたがまったく返信がありません。しかし、4月19日になって、彼女からの返信がまた、突然、来ました。

「抱歉今天才回你,我上禮拜出國去泰國潑水節玩了六天,別家經紀公司員工旅遊,但老闆特別招待我去的,他說我幫了他很多忙很多事他謝謝我」

(ごめんなさい、今日やっと返事ができたよ。私は先週タイのソンクラーンを見に6日間外国旅行に行っていたんだ。別の經紀公司の社員旅行があって、社長が特別に私を招待してくれたんで言って来たんだ。なぜなら、私はとても忙しくて多くの事がある彼を助けてきたから、彼は私に感謝してくれているんだ)

そして、続けてまた、簡訊が来ました。

「您真的是微笑生命中不可思議的奇蹟,從小到大我都很獨立大家都覺得我很聰明能幹什麼都會,朋友很多人緣好,可是個性隨和的讓人容易忽略我真實的感受,直到遇見了您 終於有人看到我了 在乎關心我的心!」

(あなたは本当に微笑の生命の中で出逢った不思議な奇跡だよ。、幼い時から成長するまで私はすべてとても独立していて、まわりのみんなは私がとても賢くどうしていろいろなことができるのかと思っていたみたい。友達はたくさんいてとても良い縁に恵まれたんだ。だけど、人付き合いが良い私の性格は、簡単に真実を見落としてしまいがちであることもあったように思う。でもあなた出会った。 人は私を見てくれていたんだ。私も自分の心をもっと見つめていくよ!)

制服店をやめた後、生活はどうしているのか、經紀人に準備してもらった家はどうなったのか、素朴な疑問がいっぱいあって、彼女にそのことを訊ねてもまったくそれらのことには触れていません。さらに生活費も困窮し、負債をかかえる中、どうしてタイに行くことができたのかは、まったく理解ができませんでした。 

実は微笑と仲の良い開心とも多くの簡訊をやりとりしていたのですが、4月25日、明け方に開心から簡訊が届きました。何と家に微笑とYAHOOが昨晩、泊まりに来て、今起きたところで一緒にいるというのです。いきなり、3人のスッピン写真もAPPで届きました。YAHOOという子は去年の寒假に開心と微笑とともに制服店に入った子で私も2人のように多くの交流はないのですが、何度か包廂に呼んだことがある子です。

開心は3月に再び、回穿店の制服酒店に上班を始めていて、そこにYAHOOも勤め始めていました。しかし、実は開心は4月初めにその酒店で大切にしていた腕時計を盗まれ、まわりの小姐に不信感が湧いた彼女は、こんな環境では勤めたくないと言って4月上旬にやめていました。従って、開心も4月の中旬からは無職で、学校に通うだけの日々になっていました。開心とは彼女のいろいろな悩みについてAPPの簡訊とFACEBOOKですごくやりとりをしていたため、微笑とYAHOOが突然、家に遊びに来たことをすぐに知らせてくれました。

その簡訊には驚くべきことが書かれていました。何と微笑が酒店の幹部を始めるというのです。

一体、何がどうなっているのか、彼女たちの世界がますますわからなくなってしまいました。
よく考えてみると交流のある微笑と開心ではまったく私の知る範囲が大きく異なっていました。

開心はいつもすぐに返信をくれ、本名も住所も私は知っています。しかし、微笑は自分で「微笑」という名前がとても気に入っているからという理由でいつも私に微笑と呼んで欲しいと言っていたこともあって、実は私は本名も住所も知りません。また、彼女が家庭的にいろいろなことがあり、学生の頃から家を出ていることも聞いてはいましたが、どのような状況なのかはよくわからないことも多かったのです。ただ、微笑はおおらかで朗らかな開心とは性格が異なり、芯が強く、何でも我慢してしまうようなところがあって、苦しくなるまで話しませんから、もう手遅れみたいなことが多かったのが事実です。今回も騙されて負債を抱えるまで、まわりに相談せず、自分で解決しようとしていたようです。

すぐに微笑に簡訊をうって、本当に幹部を始めるのか、どう生活をしていこうとしているのかを訊ねました。
しかし。相変わらず、すぐに返信は来ません。

4月29日昼。微笑から返信が来ました。

彼女とはこの時、APPで約2時間の聊天(チャット)となりました。
そして、私は微笑のことについて、酒店で出逢ってから1年半近く経ったこの日に初めて詳しく知ることになったのです。

 画像は送られてきた微笑と開心、YAHOOのスナップです。スッピンなので酒店にいる時とは雰囲気がまったく異なっていて、皆、普通の学生です。正直いうと別人のようです。みんな少しふとったかな?

酒店ではすごく化粧が濃くて髪型も気合いが入っていますから、印象が異なるのは当然と言えば当然です。知り合った1年半前と雰囲気もすごく変りました。皆、オドオドしていた当時の感じはまったくなく、すっかりお姉さんになっています。3人のスッピンの写真は私も初めて。

開心は1月から柴犬を飼いだしており、その愛犬も一緒です。犬の名前は秘密。3人ともとても素直な子たちで、東莞にいると台湾の子たちのおっとりした感じややさしい気持ちを一層感じることができました。

開心と微笑、YAHOOモザ

 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。

微笑と開心 Vol.2(休息一些)

4月29日、微笑からいつものように突然、APPで連絡がありました。開心から微笑とYAHOO、開心の写真が送られてきてから5日ほど経っていました。私は4月下旬、出張もあり、極めて忙しい日々が続いていたのですが、微笑のことはとても気になっていて、ちょくちょく簡訊を送っていました。

彼女から送られてきた最初のメッセージは彼女の本名と住所でした。
今、彼女は制服店で働くことを約束していたのに、わずか1日でやめてしまったため、住まわせてもらった家を追い出され友人のYAHOOの家にいそうろうしていました。

最初の一言は強がりの微笑らしい表現でした。

「叛逆的外表只是我的保護色」 (反抗的なうわべは、私自身が身をまもるため)

いつもどちらかというと単純で素直な開心とは異なり、確かに微笑はちょっと素直でないところが多く、なかなか本音を話しません。しかし、彼女の次の言葉は次のようなものでした。

「我相信你、所以你也相信我」 (私はあなたを信じる。だから、あなたも私を信じて)

「之前XX不作以後我跟我乾弟一起投資發展,他很幸運有大哥出資挺他,可是其實他是跟大哥吹噓他有很多小姐,所以他一直拜託我幫他的經紀公司。因為他知道我的能力可以成立起來,我做小姐都有一直默默的在學習,看到很多這行哥哥或老闆的做法,所以當時在XX上班時其實就有八大業的老闆和哥哥覺得我做酒店很可息。一直想請我去當他們的特助,但最後我卻為了一份情選擇幫我弟 才會被害的那麼慘」

(私は以前、XX<私が微少と出逢った制服店の店名>をやめた後、私自身は自分で仕事をせずに自分が弟のようにしている人物がやっている事業に一緒に発展を願って投資したんだ。彼はとても幸運に恵まれて、ある若旦那が、どんどん出資して業績を伸ばしたんだ。しかし、実は彼は自分に出資してくれる人物と多くの小姐がいることを吹聴していたので、だから彼はずっと私に經紀公司(酒店の女の子の手配をする会社のこと)を手伝って欲しいと頼まれていたんだよ。なぜならば彼は私が創業できる能力があるということをわかってくれたから。私は酒店の公關をしていた時、ずっと黙々とビジネスの方法を勉強していたんだ。私はとても多くの經紀人や公司の方法を見ていたから、XXに出勤している時、実は八大事業(八種類の法で認められた娯楽産業の総称)を扱う經紀公司の社長と經紀人は私が酒店小姐をやめることができると感じてくれたみたいだった。だから私はずっと彼らを特に助けてあげようと思っていたし、やめて、彼の言葉にのってしまったんだ。ただし最後にそのちょっとした気持ちで信じていた彼の仕事を手伝うことを選んだことが、このような悲惨な被害にあってしまった原因なの)

この話は私に今までの疑問が一気に霧が晴れ利用に解けていった答えでした。微笑の波瀾万丈の人生の一端は知っていましたが、私が台北を去った後の1年間に彼女に何があったのかがよくわかりました。

彼女が元々酒店の小姐の仕事が好きではないことは知っていました。では、彼女がなぜ、酒店の世界に足を踏み入れ、そして經紀公司の人物たちと懇意になっていったのか、私にはそこも詳しくはわかっていませんでした。彼女が家庭的に恵まれていないことは聞いていましたが。

APPでのやりとりはずっと続きました。それは私と微笑が本当に向き合った瞬間でした。
彼女と知り合ってから1年半。彼女は何もかも話し出したのです。

彼女の家は軍人の父親と主婦をしていた母親、そして兄と妹の5人家族でした。とても人柄の良い父親と母親に恵まれた彼女は子供の頃、幸せに暮らしていました。しかし、好人物だった父親と母親は友人に多額のお金を貸し、保証人となり、それが踏み倒されてしまったのです。

17才半の彼女が高中の時に、母親は疾走して蒸発し、そして家には債権者が押し寄せるという日々が始まりました。家族は離散し、父親と妹だけが家に残り、微笑は家を出て18才になったその日から酒店に勤め始めだしたのです。

当時、彼女は通っていた高中も学費がなく中退し、日々、家の負債を返すために酒店で働くことを選らびました。
しかしそれは、酒も飲めず、多くの壊人の客に嫌気がさしながらも別の仕事につくためにがんばり続ける忍耐の日々でした。学歴もない彼女が勤めることは簡単ではありません。そのため、酒店で知り合った經紀人と相談を重ね、彼が勤める經紀公司で自分も幹部か經紀人として働きたいと思いだしたようです。

その時に親しかったその經紀人の一人から「自分の經紀公司は出資をしてもらえる人もたくさんいるし、扱っている小姐もたくさんいるから」という吹聴を信じ、一生懸命、酒店のビジネスのノウハウを勤めながら学んでいたようです。そして、經紀公司から認められたと思った彼女は、酒店の公關をやめた後、体を壊し入院していたのですが、その間も經紀公司に今まで貯めたお金を出資していました。

そして、退院後の昨年9月、その經紀公司がやっている酒店の小姐を対象とする小さな服飾店のオーナーをまかされたのです。店は五木の民生東路近くにあり、それなりに彼女もやりがいをもって働いていました。なぜならば、彼女の家が離散した時の17才半から酒店に入ることができる18才まで彼女は服飾店で安い給料ながら働いていて、仕事としても好きだったからです。

しかし、不幸は以前のブログにも書いたようにすぐに10月下旬には襲ってきました。彼女が出資していた經紀公司は実はそんなに業績が好調ではなく、倒産したのです。関係者は多額の負債があったため、夜逃げ同然で逃げ、微笑のブティックも債権者に抵当としてとられ、逆に彼女は出資者に名前をつらねていたために負債者として追われることになってしまったのです。

彼女は危険を感じ、南部へ逃亡。彼女が背負った負債額は35万元。何とか南部で酒店に勤めながら約15万元を返したところで、追う債権者からの脅迫がなくなり、台北に戻ったという状況でした。

彼女がこの日にAPPに書いた言葉は100以上あったのですが、一番印象に残ったのは次の言葉でした。

「結果 我還是犯了跟我爸媽一樣的錯。濫好人、跌了好大一跤」

(結果、私は自分のお父さんとお母さんと同じ過ちを犯してしまった。私は事なかれ主義、本当に落ちてよく転ぶよ)

今、彼女は困窮した生活を送っていて、酒店での仕事もしたくないというのが本音です。
しかし、彼女の可愛さを知るある經紀公司からまた、話があって再び、契約を結びました。

そのご褒美がタイ旅行だったようで、彼女の可愛さと性格の良さを知る多くの經紀人が彼女と契約を結びたがっていたようでした。私の幹部もそのことはよく知っていて、「いつも微笑は雲隠れする」と言っていて、なかなか手に入らない娘として五木では有名な子になっています。

彼女が契約を結んだのは、友達のYAHOOが勤めており、開心が盗難にあってやめてしまった回穿店。この店は今は数少ない回穿店で、制服店をやめた子が数多く勤める店として今は多くの小姐を集めています。禮服店は大框されてSをするか、K桌につかないと、たくさんの節数を稼ぐことができないため、SやKがいやな子で制服店には戻りたくない子たちが今ここに集まってきています。

店の価格は一般の制服店よりも高く、店も可愛い子しか雇わないと言われています。実は私が最も信頼する紅牌の子もここにいますし、看護師になった原住民の小小が2月まで勤めていたのもこの店でした。

「幹部はしないの?」と微笑に聞いたところ、「還没」(まだ)と応えていました。
經紀公司には最初、幹部か經紀人をさせてくれないかと申し込んでいたようですが、させてもらえなかったとのこと。迷いに迷って、微笑は酒店の公關として再びステージに上がる決心をしたのです。

4月29日は実は、彼女にとって上班する前日でした。

彼女の長時間にわたる真意は、私とやりとりし、すべてのことを独白することで再び、決心をして、後戻りしないようにするためでした。彼女はAPPの中で最後の方にやっと今日、APPを送った理由を話してくれました。

「為什麼你給我聯絡?」 (どうして僕に連絡をくれたの?)

日本にいて何も具体的にできない私に彼女がこのように本名から住所、今までの具体的な経緯や家族のこと、そして酒店に再び勤め始めることなどを詳しく話してくれたのは、本当に驚きでした。今まで強がりの微笑は開心とちがって、あんまり心をさらけだすことがなかったからです。去年の秋に合った時、別れ際急にボロボロ泣き出した彼女の姿と重なりました。

「因為你真的你很關心我。我相信你」

(なぜなら、あなたはとても私を気に掛けてくれるからだよ。私はあなたを信じているから)

彼女と酒店で知り合って1年半の時が流れました。

強く微笑を抱きしめることはできないけど心を気持ちを抱きしめることならできる。そう思って彼女に簡訊を送っては励まし続けてきた1年半でした。人を想うこと、信頼することは簡単ではありません。しかし、私は微笑を信じてきたし、騙されても裏切られてもがんばる彼女を信じ、これからも励ましていこうと思っています。

彼女は再び、お金をためて小さなブティックを開くことを目標にしています。

この日、彼女は最後にAPPで去年の秋、1ヶ月間だけオーナーだった自分のブティックの当時の写真を何枚も送ってきました。その数は10枚以上。そこにはちょっと格好をつけたスノッブな微笑がたくさん写っていました。
彼女の夢が実現するかどうかわかりません。しかし、今度、台北を訪ねた時には再び、彼女の元気な顔が見られるといいなと思っています。

APPの途中、「台北に行ったら勤めている回穿店に行こうか?ちょっと微笑のビジネスに協力するから」と書きました。

「我下見就好了。我不想把你當客人」 (私はプライベートで逢うのがいいよ。あなたをお客とは思いたくないでしょ)

最後も強がりの微笑らしい答えでした。


 画像は微笑が送ってきた彼女が去年の秋に開いていたブティックの様子とブティックの前にいつ彼女の様子です。彼女の夢が何とか実現できるといいなと思っています。

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 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。

微笑と開心 Vol.3(休息一些)

GWも終わり、予定通りイレギュラーなシーズンもの「大陸的夜世界編」を再編成しました。

再度、ご覧になった方で珠三角に興味をもっていた方には申し訳ないのですが、ブログの本筋とは異なる特異な世界のことを心温まる小姐の多い台北とビジネスライクな東莞の対比させていただき、訪れる方に予習の重要性と中国語の必要性を感じていただいて日本人としてマナーよく夜世界を歩いてもらいたいという趣旨でしたので、そこのところをご理解いただくようお願いいたします。

微笑と開心という2人の子については、時折、ブログの中でイレギュラーで紹介しているのですが、微笑とはまったく気質が異なる開心とのやりとりはとても多く、APPでよく連絡もあります。また、彼女はFacebookが大好きなので、よく状況をアップしていますから、誰とどこで何をやっているかがよくわかります。この3月から4月にかけて彼女にもちょっとした事件と変化があって、4月中旬から今日までとても多くのやりとりを多忙な中、していました。そのことを微笑の現在の状況とあわせてちょっと紹介させてもらいたいと思います。

昨年の12月に仕事で台北に滞在したとき、開心は12月24日のクリスマスイブ(正確には午前3時頃の24日)に本拠地とする制服店で逢ったのを最後に、通っている高中での勉強に集中するために下檔してしまいました。その12月24日のエピソードはあるBBSに書いたのですが、どんなことがあったか、いきなりでは読まれる方にとってはちょっと脈絡がありませんから、当時の発表文章をちょっと再掲載したいと思います。

その時は現役だったので名前をふせていましたが、実はここに出てくる歌が下手な子が酒促小姐(休息一些)というブログで紹介した緑茶という子です。今は以前書かせていただいたようにすでに制服店をやめて酒促小姐をやって、がんばっています。


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<2011年12月発表文章>

今回は24日までにすごく良い子たち3人と新たな出逢いがありました。

まず最初の22日の夜、仕事の接待が終わってよく行く酒店に入ったのは夜の12時過ぎでした。もう包廂も満員で、良い小姐はいないかなと思いながら、様子見でちょっと行ってみました。

ところが意外なことに小姐は聖誕節のため禁休なので約200人が上班、そして次の23日が金曜日であることもあって以外と空いていました。

それとここで紹介する小姐のうち、まだ制服店に在籍・現役の子の名前は伏せ字にしてあります。

最初にいきなり、紅牌である日本人に似ているという以前から懇意にしている子を幹部が下枱(前の客が終わったばかりの子)した後に直接連れてきました。その子はとても性格も良く、可愛いのでさっそく一緒にすごしましたが、たちまち被框(他の客に長時間指名されること)されて持って行かれてしまいました。

その時間がもう1時頃だったので、もう帰ろうかなと思っていたところ、幹部が今下枱したばかりの子をうまく抜いてきたからといい、新しい子を連れてきました。2人の新たなとても可愛いPT妹(アルバイトの子)でした。

今回新鮮だったのは、22日から24日かけて出逢った彼女たち3人がまったく、今まで私が逢った子たちとタイプがちがったことです。

1人は▲▲という18才の高中3年生で唱歌も跳舞(ダンス)も苦手で安静を好む目が大きい可愛い娘です。とても性格が穏やかで酒店では唱歌も跳舞がメインなので極めて珍しい子でした。ただ、一緒にいると気持ちがやすらぐというか、そんなタイプの子です。一緒に行った台北在住のXXXさん(BBSで親しくなった好的朋友)も「この子は可愛いいですよ」と2回目に呼んだ24日の夜に言っていました。

もう一人は大発見で、◆◆という日本人と台湾人のハーフの19才の大学1年生で日本語が片言ですができました。7才まで日本で暮らしていて、日本語は忘れてしまったと言っていましたが、なかなか日本語が話せて、性格が良く、さばけた感じのとっても良い娘でした。

以前、酒店で1度だけ日本人の子(ある有名大学に留学に来ていた)と逢ったことがあり、彼女は日本人客の場合は身元がばれる可能性があるので、日本人にはつかないという規定を酒店や経紀人と交わしていました。しかし、その時は特別に幹部が連れてきてくれて外の窓から私が知り合いではないことを確認して包廂に入ってきました。後にも先にも日本語を話す小姐と酒店で逢ったのはその1回きりで、日本語ができる娘と逢ったのはそれ以来のことでした。

それ以来の日本語を話す小姐だった◆◆はとても可愛くてFBももっています。多数の写真もそこにはあるため、もし彼女の名前がわかってしまうと彼女にも迷惑をかけてしまうので、彼女の詳しいことはあまり書けません。

彼女も日本人客はこの酒店では極めて少なく、ほとんど出逢ったことがないと話し、とても喜んでくれました。電話も2本持っていて、1本は完全に営業用、もう1本はプライベート用で、2本とも特別に教えてくれました。もし、台湾に駐在が続いていたならば、絶対にいつも呼ぶようになっていたでしょう。本当に性格の良い、しっかりした子です。

次の23日の金曜日夜はこのBBSで紹介した麻衣というある有名な大学の大学生と逢って食事となりました。このBBSで紹介した子なのですが、昨年の7月1ヶ月だけ数回クラブで働き、今は時給100元でアルバイト生活をしています。

麻衣は誠実な子で、頭も良く穏やかな子です。その子とは台泥大樓という(タイペイアイを週末に上演しているビル)の前で7時に待ち合わせをしていました。

彼女はいつもニコニコしていて人間としていわゆるクセがない子です。去年のクリスマスも一緒にある大きなホテルのパーティーに行っているのですが、ちょっとのことでもとても喜んでくれる素朴な感じと言えばいいでしょうか。
彼女とは仲の良かった彩虹という子と一緒にタイ旅行にも行っており(誤解がないようにしておきますが、彼女たちが自分たちで旅費は払いました)、酒店をやめた後もつきあいが継続していて、定期的に一緒に食事をして話しをよくします。

彼女とは実は24日のクリスマスイブに会う約束をしていました。しかし、24日と25日に急にアルバイトが入ったため、急遽予定を調整して23日の夜に逢うことになりました。

そして彼女と食事が終わるぐらいの時間に酒店に一緒に行く約束していたXXXさんと合流という展開でした。XXXさんとは以前から23日の金曜日に一緒に出かけましょうという話をしていたので、麻衣とは2時間程度、最近のいろいろな話をして食事後に別れました。麻衣は去年、クラブでわずか1ヶ月ではあるけど、働いていたとは見えないとても真面目な大学生で、初めて逢ったXXXさんもきっとそう思ったのではないかと思います。

8時45分頃に麻衣と別れ、XXXさんと一緒にいつもよく行く酒店に9時過ぎに入りました。22日と違って超満員、小姐も250人ぐらいはいて、次から次へと紹介されたのですが、良さそうな子がいません。きっと聖誕節週の金曜日ということもあって、良い娘たちは多分、すべて預點(指名の予約をあらかじめ入れておくこと)または大框(最初から最後まで女の子の時間の権利を買うこと)されていたと思われます。ただ、禁休なのでとりあえず人数だけはいたという感じでした。

さらにもうその時間には早い時間にもかかわらず包廂はほぼいっぱいで、古い包廂しか空いていなくて、さらにKTVの調子も良くなく、2回も包廂を換るということもあったほどです。

実は22日に出逢った▲▲と◆◆を預點して呼ぼうと思ったのですが、2人とも上班しておらず、休みでした。特に◆◆は出逢った22日も生理だったのですが、生理痛がひどく、次のような簡訊をもらっていました。

「對不起我今晩人不舒服我生理期不順我要看醫生、可能無法去上班真的很不好意思」

(ごめんなさい、今晩はとても体調が悪いんだ。私は生理不順で医者に診てもらう必要がある。だから今日はクラブに勤めに行くことができないよ。本当にごめんね)

XXXさんも良い子がなかなかいなくて、煩雑に換枱(呼んだ女の子を交換すること)するという状況でした。

この日は以前、エピソードを紹介した開心(今は花名を変えています)という子とその酒店で逢う約束をしていて、彼女が来るまで待つしかないかなと思っていました。XXXさんにも開心を紹介するからということで23日に一緒に行こうという約束をした経緯もありました。

彼女は、以前このBBSの「微笑との再会」で紹介した子である高中に通う20才のPTの子です。とても性格が良く、いつもいろいろな気遣いをしてくれるとても良い子で勉強熱心でもある子です。しかし、開心がやってくるのはいつもとても遅い時間(夜学なのでそれが終了してから来る)ですから、それまで包廂を確保しなければいけないこともありました。

なかなか性格の良さそうな子がおらず、ずーっとRMSさんといろいろな話をするという状況だったのですが、10時頃、18才の新しく入ったばかりの子を幹部が帯同してきました。

名前は緑茶と言います。この子はとにかく愛嬌があって、初めて逢うタイプの子でした。私と懇意にしている戀戀という子(また、ブログの中で紹介していきます)と少しタイプが似ていて、とにかく気まぐれ、日本人は今までついたことがないと言いました。他の外国人はついたことがあったものの、外国人は中国語ができないから大嫌いだと最初からはっきり言ってくるような子でした。

まだ高中3年の18才なのですが、とにかく唱歌が下手で、一緒に歌うのが大変で、いつも音が大きくフラットするため、なかなかユニゾンで歌うことが難しかったです。

「你要努力唱歌!」とか言うとほっぺたをプーとふくらませてすねるような仕草をし、とにかく天真爛漫という言葉がぴったりな子です。

彼女は初めて日本人についたということで、最初の頃は随分何度も「疲れたよー」と言っていました。気まぐれで感情を抑えず、子どもがそのまま18才になったような子で、彼女もだんだん慣れてきて、最後はとても楽しかったですね。

顔はなかなか可愛く、スタイルもよくて、同じ客に1週間のうち3度大框された(朝まで権利を買うこと)という人気娘でした。勤めてわずか1ヶ月ですでに10度以上も大框されていて、とにかく可愛らしく愛嬌があるので、自分でも「自信」があるとか、「他の小姐より私の方が断然可愛い」とか自分で言うような子です。

食べることが大好きで、いつも御菓子や花梅を食べていて「お腹が減ったー」と言うことが多いのも特徴でした。跳舞(ダンス)はなかなかうまいので、後は歌がうまくなれば将来、絶対に紅牌になるという感じの子です。10月末が誕生日で18才になった途端に仕事を始めたという典型的なPT娘ですし、唱歌以外はすべての人気娘になる要素をもっている子です。

その日、XXXさんが呼んだ子が割合お姉さん系だったこともあって、彼女は一緒にお姉さん系の小姐がいるのが嫌ですぐに顔に出るのも面白かったですね。感情や気持ちを隠さないところが、彼女の大きな魅力でした。

しかし、その日は待っていた開心が次の日から高雄に行くというので、上班をやめるという連絡が12時頃に行政からあったため、結果的にはこの子を長時間つけることになりました。XXXさんはなかなか良い娘と出会えず申し訳なかったです。

開心が来られないという連絡を聞いたため、すぐ開心に「逢えなくて残念」と電話連絡したところ、開心が「いつ日本に帰るの?」と聞くので、「26日だよ」と答えました。すると驚いたことにもうしばらく会う機会がないのでやっぱり今からわざわざ来るというのです。

しかし、待てど暮らせどなかなか開心は姿を現さず、一度、開心に逢って、彼女を見てみたいと待ってくれていたXXXさんもさすがに待ち疲れて帰宅してしまいました。

開心が姿を包廂に表したのは何と夜中の3時。しかし、またまた、驚くことがあって、彼女はわざわざクリスマスケーキを手作りで作ってもってきてくれました。遅れた理由は12時過ぎから私のためにケーキを作ってきたということでタッパーに入れてもってきました。

お腹が減っていた18才の気まぐれ娘の緑茶も一緒に屈託なくパクパク食べていました。その間に開心と仲が良かった微笑のことを聞いたのですが、現在行方不明とのことでした。実は私も台北にいる間に何度も微笑に電話したのですが、彼女の携帯電話はいつも開機しておらず、結局、逢えませんでした。幹部や公司のスタッフもすごく、彼女を捜していたのですが、本当に行方がわからず、自殺などの最悪の事態だけにはなって欲しくないと皆が心配している状態が今も続いています。

結局、開心は私と逢うためだけに来てくれてわずか1時間、早朝の4時までいて、私も彼女と一緒に退散しました。緑茶は開心とケーキを食べた後に下班(仕事を終えること)したのですが、都合5時間半も包廂にいて、慣れない日本人客相手にがんばってくれました。緑茶は気分にムラがありますが、とても可愛らしく少女のようなところあって、私が懇意にしている戀戀という子と最初に出逢った頃と似ていました。もし、駐在していたらやはりきっと何度も呼ぶようになったと思います。

実は小姐は包廂に自分たちの持ってきた食べ物などを持ち込むことは禁止されています。しかし、開心は後から知ったのですが、すでにこの制服店を下檔していました。この12月24日は私が台北に来ているということ、そして26日には帰国するということを私から聞いて、特別に1日だけ、この時間のみ上班してくれていました。だから、学校が終わった後にケーキを作り、酒店に来たのが3時になったというわけでした。行政やスッタフ、幹部たちも本当は持ち込んではいけない規則の手作りケーキだったのですが、「いつもよくしてくれたXXさんだから、持っていいってあげなよ」と開心の頼みを聞いて見逃してくれていて、特別な粋なはからいをしてくれていました。さらに実は開心は次の日の朝には高雄に学校の実習で出発しなければならないという強行日程だったのです。

たった、1時間だけの開心とすごした最後の制服店の聖誕節の夜。
そして開心が来るまで、ずっと慣れない中、がんばってつきあってくれた新妹の緑茶。

たかが酒店での出逢いとクリスマスかもしれませんが、そこには彼女たちの気持ちという他に代え難い最高のプレゼントがありました。

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この日を最後に開心は1月には学校での考試があるためにまったく、他の仕事をせず、今までの蓄えで暮らしていましたが、しばらくして、彼女は学校の寒假の時期から、お金を貯めるために再び酒店に戻っていました。開心が制服店での上班は再びしたくなかったのは微笑と同じで、今度は回穿店に換店をしていました。しかし、そこでの勤めに慣れてきた頃、開心はこの酒店で大切にしていた禮物でもらった日本製の腕時計をちょっと着替えの時にはずして置いたわずかな隙に他の小姐に盗まれてしまったのです。

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彼女の心はこのことで大きく傷つきました。

どちらかというとお人好しな開心は人の世話を焼くのが大好きな子で、そのような性格から、いつも同僚の小姐たちのことを信じていましたし、仲の良い微笑のことも心配をいつもしていて、行方もよく捜してくれていました。ですから彼女は小姐の中に泥棒がいるこの酒店に勤めることが心から厭になって、衝動的に3月中旬にわずか1ヶ月だけで回穿店をやめてしまったのです。

彼女の心の中は、当時、人を信じていたのに大切なものを簡単に盗む人がいることへの落胆があり、それはとても大きなものでした。開心は再び、酒店に勤めることはもうやめようと決め、再び、学校に通うことだけに専念しだしたのです。そして夜、学校から帰ってすぐに眠れるようになった開心は、今まで眠っていた昼間に、特にやることがなくなったこともあり、柴犬の子犬を飼いだしました。また、節約と運動のために新たに自転車を購入し、自転車に子犬を乗せて、公園で散歩したり、買い物や友達と待ち合わせたりするために自転車をフルに活用して、行動するようになっていました。今までの生活とは異なった環境を新たに構築しだし、異なった時間の使い方や暮らしを始めたのです。

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しかし、回穿店をやめてから少したった4月中旬、微笑と同様に開心にも大きな問題が発生していました。

 開心の最近の写真です。彼女はピンクが隙で腕時計や自転車もピンクです。よく飼っている柴犬と自転車で散歩にでかけています。下の写真は自転車仲間(?)と彼女が呼ぶ台北の女の子のおしゃれな自転車の前でポーズをとる開心です。Facebookに多数写真がアップされているのですが、バイクではなく、彼女を含め、一緒に夜學の高中に通う可愛い子たちが自転車を愛用しているような写真はなかなか新鮮です。

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 下の写真は盗まれたお気に入りの日本製ピンクの腕時計を身につける開心です。彼女はとても日本びいきでもっている電化製品なども日本製が多いです。

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 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。

微笑と開心 Vol.4(休息一些)

開心は八大(法的に許可を受けている酒を提供するなどの八種類の関連業界のことを台湾人は八大とまとめて言います)に勤めてはやめ、勤めてはやめを繰り返していましたが、今回、腕時計を盗まれたことで、もうしばらくはしないという決心を固めていました。今までは通っている高中の勉強が忙しくなるとやめ、学校がない暑假や寒假を中心に勤めて、お金を集中的に貯めるという生活でした。

開心は台北市内で一人暮らしをしていますが、実家も台北にあります。開心はとても開放的で素直な性格の持ち主で、いつも嘘をつかずにいろいろなことを包み隠さず離してくれることが多く、家の事情も詳しく聞いていました。彼女が一人暮らしを始めた理由は母親との不仲でした。

「有時遇到挫折都狠想回家。可是畢竟家裡是回不去的。只好學習一個人在外的生活和獨立」

(時々挫折して家に帰りたくなってうろたえることがあるよ。でも結局、家に帰ることはなかった。外で一人で勉強することそして独立するほかないんだ)

彼女がいつも母親を表現する言葉があります。

「她要錢不要小孩」  (彼女はお金が欲しいけど子供はいらない)

そして、驚くべきことに彼女が酒で働きはじめたのは、母親に強く言われて、家にお金を入れるためでした。彼女の家は女の子が一人であとはすべて男兄弟です。母親は彼女が18才に達した時に酒店で働くように強く言い、彼女はそれに従い、働き始めました。經紀人の契約は母親が行い、母親にバンス(前金)が渡されるという状況でした。従って、開心はバンスの分の契約を解除することは当然できず、制服店で働き始めたのです。タイで駐在していた頃にこのようなことは、よくあった話なのですが、私は最初、近代的な台北でこのような話を最初は信じることができませんでした。

前金を返し終わった後、母親のことが許せなかった開心は家を飛び出し、当時通っていた(通わせてもらっていた)高中も中退し、一人で生きていくことを決心し、家賃がやや安い三重で一人暮らしを始めました。そして酒店での勤めを継続しながら、今度は自分の生活費と学費を稼ぎ、再び、夜學の高中に入学したという状況でした。

彼女が母親を表現するときによく使う文章があります。

「我媽媽把我當搖錢樹」 (私のお母さんは私を金のなる木にするんだ)

中国語で「金のなる木」という、このような独特の表現を知ったのは、いつも開心が使うからです。家から離別し、酒店に努めては休檔し、また、勤めるというリズムだった開心も昨年の12月で制服店からは撤退していました。そして、再び、生活のために働きだした回穿店で腕時計を盗まれてしまい、ショックを受けてやめてしまい、今に至っています。

しかし、4月に入り、彼女には大きな問題が発生しました。彼女は家賃を4ヶ月滞納していて、大家に4月いっぱいで水道や電気を止められるという宣告を受けたのです。日本の場合は立ち退きなのですが、台北ではなかな立ち退きが進まないという事情があって、水道や電気、ガスを止めるということをします。これは営業停止の酒店やレストランなども行政側から同じようにされるのですが、これは確かになかなかの方法です。住むところがあっても生活ができなくなるし、トイレやシャワーも使えなくなりますから。

開心がAPPでその大家からの立ち退きの文章を送ってきました。

「請告知還款時間,每個人都有苦衷,但此刻的我無力幫妳,我自身難保,妳拖欠數月房租,不能說無心,請自重,為免欠費今額過大,必要時我會停一切該停的東西  房東」

(支払い期限の時間を告知します。すべての人にはすべて苦衷がありますが、今の私はあなたを助ける力はありません。私は自分の生活が危うく、あなたは数ヶ月間、家賃を遅滞しています。何の気なしだと言うことではなく、自尊心をしっかり持って下さい、支払いをしないことを許すことは、すでに金額が今大き過ぎ、もうできません。必要に応じて、私はすべてのものを停止します。  大家) 

彼女が支払わなくてはいけない金額は8萬4千元。私は、彼女が柴犬を飼ったり、新しい自転車を買ったりしていたので、まったく生活には問題がないと思っていました。彼女にどうしてこうなったのかを訊ねました。

やはり、原因は母親でした。母親が彼女の知らない間に自分の娘の信用卡(クレジットカード)を作り、それを旧正月の休みの時に大陸の上海に旅行に行って、すべてその決裁を信用卡でしたのです。旅行代金(飛行機の航空券、ホテル代、上海での買い物や食事など)をすべて彼女名義の信用卡で決裁し、約10萬元の支払い請求書が彼女に送られてきたというわけです。確かに自分の娘の信用卡を作ることは母親は簡単にできます。彼女は一人暮らししている家の住所や電話番号は父親だけに知らせていました。開心は父親と兄はとても信用しているのですが、とにかく母親がいつも「不好」なため、家には寄りつかなくなっています。母親は娘の住所や電話番号を父親から聞き出し、母親自らが保証人になって彼女名義の信用卡を作っていました。

「她刷卡都用我辛苦賺的錢去繳清欸。我生氣」 

(彼女はすべてカードで支払い、それを支払うのが本当に私は大変だった。とても腹が立つんだけど)

普通の親子関係ではちょっとありえないのですが、家賃分を結局は信用卡の支払いに充てなくてはならなくなったため、2月、3月、4月、5月(台北の家賃の支払いは前払いで5月分を4月末日までに支払ったりするのが一般的です)の4ヶ月分の欠損となったわけです。3月には回穿店で勤めていましたから柴犬と自転車を購入しても彼女の計算では余裕で暮らせるはずでした。しかし、時計を盗まれて、衝動的に八大の環境に嫌気がさしてやめてしまった彼女は窮地に立ったのです。

しかし、実は友人からお金を借り集め、生活用品も友人がもってきてくれたようで、何とか6萬3千元を調達し、4月28日の期限までにとりあえず、3ヶ月分を房東に支払って、何とか水道や電気を止められず、立ち退きをしなくても大丈夫になったようです。

私も彼女に家賃を助けることはできないけど、盗まれた時計に換えて、ピンクの日本製の腕時計をプレゼントとして7月の情人節に送るという話をしました。

「所以我就把錢先匯給房東,因為這件事情比較重要啊!就沒有多餘的錢去買自己想要的東西,剛好是我們討論到手錶這話題,你有說過要送我這句話,我就先暫時不買了,因為我有的東西,朋友要是送或給我的禮物、物品…等,我會覺得我已經有了就不需要了,一來怕對方的一個心意,我卻不需要而拒絕會傷害到對方,二來有了不需要的東西只是多花錢,不如把錢拿去買別樣對方沒有而需要又實用的東西,比較實際啊!因為我這個人啊!不貪心啊!自己有的東西,若有了就不會在要求或接受同樣的呀!因為我只有一雙手,能帶幾隻手錶?每天換一隻搭配衣服?我不是愛慕虛榮的人,夠用就好,人要懂得知足,不是嘛!而我怕我有房租搞定,有多餘的錢可以買手錶了,要是你那時說要買給我早已經買好了而你不知道我已經有了,那我有的東西我認為對方花這錢,是多餘的,如果把它拿去買我沒有的禮物送我,才不會浪費錢啊!要善加利用錢啊!不管什麼行業賺來的都是辛苦的,不是嘛^^」

彼女は長文の簡訊を送ってきました。中国語の独特の表現がいくつもあります。 

(私は大家さんに先に家賃を払わうようにする。なぜなら、このことはより大切なことだからね。自分の必要なものを買う余分なお金がないんだ。さっきちょうど私達が腕時計の話題を話したときに、あなたは私に腕時計を送ってくれると言ってくれた。だから私は先にしばらく買わないから。私がすでにある物を持っていて、もしも友達が私に贈り物や物を送るとしたら…、次のように考えるよ。送る相手が私がそれをいらなかったと感じたならば、一つはそのことはとてもいい気持ちはしないし、相手まで傷つけることを絶対にしたくない。もう一つにはただ多く金を使っただけの不必要なものがあっても仕方がないから、相手に必要な別のものをプレゼントしてもらう方がよほど実用的だし、より実際的だよね!

私はこんなように考える人間だし、貪欲ではないよ! 自分が持っているものを求めるようなことはとても失礼なことだよね。私には1組の手しかないから、何個もたくさんの腕時計を持つ意味があると思う?毎日1個ずつ交換して、服を組み合わせるの?私は虚栄を愛慕する人間ではないからね。たくさん持っていることが満足できることではないと思うよ。

私は今、家賃の問題をまず解決できて、お金に余裕があったら腕時計を買うけど、もしもあなたが買ったのに、私がすでに買っていて持っていることを知らなかったとしたら、余分な物を買うことになってあなたが浪費することになるから申し訳ないでしょ。私はお金の使い方や余らせ方をちゃんと知っているから、もしあなたが送ってくれなくても、無駄遣いはしないし、よく考えてお金を使っているから大丈夫!どんな仕事でもお金を稼ぐのはすべて大変で苦労があるからね、そうでしょ^^)


何とか、ピンチを彼女は脱出したようです。しかし、今の彼女の大きな悩みはこれからの生活費と家賃のために借り集めたお金の返金。再び八大に勤めるしか方法はないかどうか、思案中です。

「我沒有害人的心,但在這環境容易被人家害」

(私は人の心に害を与えることはない。但し、あの環境(八大のこと)は簡単に人に被害を与えるから)

腕時計を盗られたこと、そして就業環境が決してよくないことを彼女はとても認識しているから、二の足を踏んでいます。

「因為心腸太好,容易相信別人,又太感情用事」

(なぜなら私は心はとても良いから、簡単に人を信じてしまうし、とても感情的になってしまうから)


開心のような良い性格、素直な性格の子が酒店のような八大業の中で生き抜いていくことは簡単ではありません。海千山千の夜の世界の住人がそこにはいて、人を騙すことなど何とも思っていない輩もたくさんいます。騙し騙されが当たり前のこの世界に開心は再び、上檔していくかどうか、今はわかりません。

だけど、そんな台北の夜世界にも開心のような子たちが少なからずいることをぜひ、皆さんに知ってもらいたいなと思っています。

 開心の飼っている柴犬。愛嬌があります。Facebookにいつもよく登場します。

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 開心がいつもAPPで使っている智慧型手機(スマホ)です。I-PHONEも多いのですが安卓型(アンドロイド)も数多く普及しています。彼女が使っているのはSamsungのGalaxyです。FacebookとAPPが大好きなので、日々、状況がわかりますね。

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 家賃を滞納していたものの、セーフになった彼女の家で撮った彼女の制服姿です。もう二十歳を超えているのに高中生ですが、勉強はがんばってます。手にもっているのはお気に入りの智慧型手機。

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 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。  

分手(休息一些)

仕事がとても最近ハードで毎日、終電近く。なかなかブログを書くまとまった時間がとれず、多くの方が見に来ていただいているのに申し訳ありません。

中国語で別れることを「分手」と言います。「離開」とも言いますが、人と人が別れることは「分手」ということが多いです。手を切ると日本語で別れることを言いますが、表現としてはそれに近いかもしれません。 

先週、微笑と開心というこのブログで時々、エピソードを紹介している2人の子がケンカ別れしました。最初に制服酒店に一緒にPTで入った頃は助け合っていた2人ですが、今、2人の歩む方向は明らかに違ってきていました。開心は3月に回穿店に再び上班していたのですが、そこで大切にしていた腕時計を盗まれ、まわりの小姐に対いする不信感が増して、店をやめていました。家賃が不払いになり、家を追い出されるというピンチがあったのですが、何とか友人たちからお金を借り集めて凌ぎきりました。

私は彼女が盗まれた日本製の時計と同じものを入手し(そんなに高くはありません。しかし、彼女にとっては大切な日本製のWICCAでした)、送りました。 さっそく、FACEBOOKに写真をアップしてくれて何度もAPPで簡訊を送ってくれました。

「日本朋友知道我手錶不見,沒辦法看時間很困擾,細心幫我挑選的,超級感動的>///< 」

(私の日本の友達が私が時計をなくして、時間を見るのに困っていることを知って、気を遣って選んでくれた。すごく感動したよ >///< )

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また、彼女はとても器用で自分自身で電池交換や金属製のバンドの調整も行ってしまいました。台湾のCITIZENに行って調整してもらうことを勧めたのですが、「没問題」と言って自分でやってしまいました。

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微笑にもちょっとした禮物を送ったのですが、開心は微笑とはもう会いたくないと伝えて来ました。

「微笑這個人這陣子跟他相處,我覺得跟我個性差很多,合不來,就這樣!我不喜歡說別人怎樣,你只能靠自己去認識他」

(微笑とこの頃つきあいが深くなってわかったんだけど、私は彼女ととても性格に差があって、そりがあわないんだ!私はこういうことを人に言うのは好きではないんだけど、あなたにただ自分に頼るしか彼女を知る方法がないからね)

実は微笑は以前、ブログに書いたように大きな債務があって、その問題を解決しなければいけません。しかし、彼女は酒店の公關に戻らず、酒店の經紀人の道を選びましたが、それがうまくいっていないようなのです。彼女も生活のために開心と同じ回穿店への上班を決めましたが、結局は1日も上班していませんでした。元々、酒店の公關が厭な彼女には無理がありました。彼女もAPPで簡訊で簡訊をすぐに送ってきました。

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微笑からのAPPによる返信です。デジカメで撮影したのでちょっと画像が悪いのはお許しください。聊天(チャットのこと)は実は長いのですが、さしつかえないところだけアップします。中国語によるAPPのやりとりがどんな感じかわからない方も多いのでちょっと載せておきます。

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微笑は多くの酒店で働きたい小姐と接触しているようですが、彼女たちとの契約には至っていません。その理由は上班を希望する小姐がお金を借りたがっている(前金→バンス)ため、資金のない微笑には前金を渡すことができず、苦労しているようです。彼女自身は以前働いた制服酒店での辛い日々があり、もう自分自身が働きたくないと思っているようです。

しかし、5月から再びPT妹として制服酒店に復帰した開心はこのような微笑が好きではありません。自分自身が苦労せずに楽をしたいという考えが微笑にはあるのが真面目な開心は好きではないのです。

私の印象ではあまり物事を深く考えないで楽天的な開心とちょっと神経質でやせ我慢や背伸びをする微笑はとても対照的です。どちらも良い子なのですが、生活のためには裏切られても厭な思いがあっても割り切って酒店に上班する開心と自分に納得しないとしない、そして基本的には酒店小姐の仕事に向かない微笑は大きくその生活や生き方に差が出てきています。確かに經紀人や幹部という仕事は有る程度、したたかさやハッタリがなければやっていけません。私は懇意にしている經紀人や幹部の何度もそのような姿を見ています。開心は変っていく微笑の姿を見て、いろいろと思うことがあるのでしょう。

私も思慮深くはないかもしれませんが、素直に気持ちを外に開いて生きる開心の方が心許せるところがあります。夜学でがんばる開心は、平淡的生活を望んでいるのでしょう。飼っている柴犬とともに穏やかな日々をすごしています。

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微笑は今の生活を何とかして抜け出したいという気持ちがきっとすごく強いのでしょう。それに騙された経験もあって心がちょっとハリネズミのようにとがってきているのかもしれません。防波堤のような心が融け出すのは今の微笑にとっては簡単ではありません。以前は入れていなかったタトゥーも肩に最近入れ、随分その印象も変りました。本質は変っていないのでしょうが、少なくとも雰囲気は変りました。

開心と一緒に酒店にいた頃の微笑の写真です。多分、今の微笑はこの頃とまったく雰囲気が変っていて、多分昔の写真を出しても、今の微笑とちがいすぎますから、わかりません。短期間モザなしの可愛かった18才当時の彼女の写真を少し、公開します。この少女が今、したたかさを必要とする酒店の經紀人へと変ろうとしています。

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そして今の微笑です。昔の面影はここ1年でなくなってしまいました。

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開心は微笑と「分手」することを決意しました。たまたま2011年の2月にある制服酒店で出逢った彼女たちはその後、それぞれが紆余曲折の人生をすごし、大きく道が分かれてしまいました。2人にかかわってきた私の思いもちょっと複雑です。しかし、微笑と開心の今後、私はそれぞれを見守っていこうと思っていますし、2人が連絡を今までのようにくれる限り、私のできることをわずかばかりやってあげられればいいと考えています。

微笑と開心。2人の未来にはどんな運命が待っているのでしょうか。

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情人節(休息一些)

14日は情人節でしたが、今年は跨年の春節假と重なり、酒店などの上班も公關が少なく、どの酒店も四苦八苦していました。私の本拠地としている酒店も値段が倍額で客人も少なく、小姐もおらず、ほぼ休み同然だったようで、幹部から「18號星期一開公恢復原價」の連絡が来ました。

情人節は普通、イベントなどをすることが例年多いのですが、今年は春節の休みが明けるのが18日の星期一からという所が多くて、すっぽりと過年とかぶってしまいました。一応、初一(10日)から初三(12日)は終了しているので、一番のピークと情人節が重なることはなかったのですが、初四~五も宮や廟でいろいろなイベントが行われることが多いので、情人節は、今年は盛り上がらなかったのではないでしょうか。

しかし、そんな中、ちゃんとカードも2人の子から送信されてきました。しかし、いつもに比べ数は少なく、報告も多くはありません。とにかく過年の方が優先という感じが皆あって、初三から初五にかけては宮などに拜拜に行っている子が多いようです。

 いずれも現役の子のため、ガウスぼかしかけています。プライベート版には素顔の彼女たちを紹介してあります。
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私も連休明けということもあって、12日から極めて多忙、G20の見通しがとても不透明で、急速に進んだ円安の反動もあり、調整に追われる一週間でした。あわただしい一週間でしたが、14日、15日の夜、2人の子とLINEやAPPで今回はとても長い聊天(チャットのこと)をする機会がちょっとありました。

14日の夜は開心というよくブログで紹介する子。微笑という子とともに夜學の高中に通いながら上班していました。もし、初めてブログを読まれる方がいたらタグ「微笑と開心」で以前のエピソードを読んでいただければと思います。

開心と親しかった微笑は經紀人に転身したものの、契約する小姐にバンス(前金)を用意できずに經紀人としてのビジネスが失敗し、当然、以前からあった負債も返すことができませんでした。微笑はそんなこともあって、現在はまたずっと連絡がとれません。一時期、仲の良いYAHOOという子の房間に居候していたのですが、公關に戻らず、經紀人か幹部を続けていきたかった微笑は結局、公關小姐を続けて早く負債を返すべきだと意見した開心とYAHOOの2人と分手して飛び出してしまいました。微笑のLINEはまだ通じていて、電話號嗎も換えていないのですが、まったく返信の気配すらない状態が、未だ続いています。

開心は今はまったく、酒店公關の仕事を離れ、実家に戻り、家人の爸爸と哥哥と暮らしています。彼女からいつもお金を巻き上げる媽媽は家にいないらしいのですが、どうやら、爸爸が開心が好きではない媽媽ともう一度やり直しをしようとしているようです。そして、家に戻った彼女を爸爸は酒店公關の仕事をしていることを相当な勢いで怒ったらしく、そのことも開心が酒店の仕事をやめてしまった大きな理由のひとつでした。以前は民生東路に房間を借りて一人で住んでいましたが、同じ酒店の親しかった姐妹に騙されたこともあり、お金がなくなって家賃を払うことができず、実家に戻らざるを得なかったという事情もありました。

では、14日の彼女とのLINEでのとても長いやりとりの中で、さしさわりのない部分をちょっと転載します。和訳はしませんので、中文、読み込んで見てください。

「今年過年搬回家了、所以這陣子都在休息、幫忙大掃除、乖乖在家把年過完當個乖女兒、不然我爸爸抓到我酒店上班會罵的」

「而且這陣子我的客人被姐妹搶走、被姐妹背叛、陷害我,讓我的客人誤會我」

「現在都卡住了」
 
「要等過完年,才能想下一步」

「太相信人了」

「之前是被客人騙」

「這次糟姐妹背叛」
 
「我有點灰心」

「很難過」

「很煩」

当然、この間に私の中文での返信も入っています。彼女は本当に素直過ぎるところがあって、客人に騙され、同僚の姐妹に騙され、今回も大きなお金を貸して逃げられてしまうという展開になっています。彼女はいつも人をすぐに信じてしまうところがあり、危うさをよく感じることが以前からありました。しかし、約2年間、不規則に上班したり、休檔したりしていましたが、そろそろ、酒店の工作を続けていくのは限界だったかもしれません。あの仕事は一種のしたたかさや狡猾さがないと正職になっていくことは到底できず、騙し騙されが当たり前の世界で長い間、仕事を続けることは簡単ではありません。だからこそ、多くの子がPT妹として高額の薪水目当てで勤めても1年ほどで酒店を去っていくことが多いのだと思います。

14日の夜、開心にちょっと訊いてみました。

「今天情人節晚上你有出門嗎?」

彼女からはいつもすぐに返信がきます。

「我應該沒出岀門吧!我都待在家那麼多天了、沒錢是還能去哪!」

「而這禮拜日要跟親戚朋友吃飯、家庭聚會、所以我還要忍一忍、不想被我爸抓到有話講」


そして、最後には、開心に以前送った手錶の照片を送ってくれました。

「你送我的手錶、我有好好珍惜的」

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さて、このブログを書いていたら、同時進行で開心からLINEで連絡がありました。今は三重の集美熱炒にいて楽しく吃飯しているようです。

「三菜一湯,開動嘍!」

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どんな苦境に立っても必ず、それを跳ね返すバイテリティも彼女は持ち合わせています。彼女はすぐに人を信じてしまうけど、その誠実さ、素直さが人を惹きつけ、多くの彼女を支える人たちや仲間がいます。私もできることは少ないけど、その一人。苦境に立つ彼女を遠くに離れているために励ますことしかできないし、ちょっとした禮物を送ることしかできないけど、元気を出して明るく前向きに生きていって欲しいといつも願っています。台北にいれば、ちょっと吃飯に行って、いろいろな話を聞き、もう少し力になれるのですが・・・・。

彼女のLINEには今日も次のような言葉がありました。誠意には誠意で応えること。
酒店小姐だった彼女から、そんな人として当たり前のことをいつも教えてもらっていました。

「你今年什麼時後來台灣岀差呢?」

「還欠你一頓居酒屋的燒烤、清酒呢!」

開心は開心。酒店を換る度に花名は変えていましたが、本人は初めて酒店に上班した時に名乗った「開心」が一番のお気に入りです。私も「開心」=「Happy」のこの名前がとても好きです。彼女自身がいつも「開心」であるようにLINEで連絡がある度にささやかですが、私も願い続けています。

 以前紹介した電影「艋舺」の中で流れる李玖哲のMaking Love Out Of Nothing At All(原曲はAir Supply)



 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、絶対に転載は禁止ですので、ご注意ください。これらの写真は本人やその友人や私が撮影している私下(プライベート)での特別なものばかりです。従って、私との人間関係のつながりで判断してアップしているものです。画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。    
 
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