August 2013 : 我徬徨台北的夜世界 ~My Twinkle Story with Taiwanese girls~

我徬徨台北的夜世界 ~My Twinkle Story with Taiwanese girls~

私は台北で駐在生活を4年間送りました。昼間は世界の平和と日本の経済発展を目指して全力でお仕事。夜になると地表にちょこんと顔出して、五木の街あたりを彷徨っています。そこで私は数多くの天使達と悪魔に出逢いました。そんな私の夜の彷徨いを台湾社会の複雑な仕組みなども紹介しながら書き綴っていきます。ほとんどの日本人が深くかかわることが難しいと思われる台北の夜世界の様子とエピソードの紹介が中心です。これは心優しい台妹たちを愛し、そこで出逢った人達とのかかわりや心のつながりをとても大切にしながら、これからも彷徨い続けていく私の軌跡です。

August 2013

綠色仙境

さて、お腹も減ったことだし、太平山荘に別れを告げて、鳩之澤溫泉區へ行くとばかり思っていました。しかし、芊芊の機車に乗ると、行き来た太平林道とは逆の方向に走り出しました。

どうもおかしい。

相変わらず、芊芊は行き先を言いません。しかし、どんどん山の奥の方へ機車を走らせていきます。しばらくすると派出所のような建物に到着。芊芊も機車を停めて、私に一緒に来るように言いました。 

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やっとわかりました。芊芊は太平山からさらに奥へ入った翠峰湖を目指していました。太平山からは16kmほどなので、機車ならあっとという間なのですが、ここに至る翠峰景觀道路を走り抜けるためにここで入山証を出して許可を得る必要がありました。

「進入翠峰湖前、要在翠峰景觀道路入口處的檢查哨辦理入山登記」

(翠峰湖に行く前には、必ず翠峰景觀道路の入口にある検査所で入山の届を出さなきゃいけないんだよ)

芊芊の説明でやっとわかりましたが、本来は事前に入山届けを出し、許可を得ておかねばならないようです。しかし、1日の許可数に達しない場合は、ここで登記をすれば許可が出るとのことでした。芊芊は事前にそのことを知っていましたが、入山数に達しないことが多いということを知っており、ここで直接登記すれば、大丈夫と予想していました。

台湾は自然保護政策にかなりの力を入れており、玉山や雪山などの有名な山への登山なども1日あたりの入山者数を決めていて、事前に申請をしなけらばならず、さらに抽選などもあります。この翠峰湖は台湾で最も標高が高い所(1840m)にある天然の湖で、まわりの山々に降った雨が流水となってできたものです。そのため、台湾当局は、その保護にも力を入れています。

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予想通り、私たちは身分証と居留証を見せ、書類を記入したところ、あっさりと許可が出ました。ここからは翠峰景觀道路を走り抜けていくことになります。まず、私たちは東口の翠峰山莊に行くことにしました。ここで計画を練るというのが芊芊の考えでした。

 翠峰湖の導覧図。クリックすると拡大します。
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「這條翠峰景觀道路以前就是大元山林場聯絡太平山林場的五分車軌道路線、林場關閉後改建成一般道路」

(この翠峰景觀道路は以前は大元山林場と太平山林場を結ぶ作業列車の軌道だったんだけど、林場が閉鎖されてから一般道路に作り替えられたんだよ)

山の斜面をえぐるように作られた狭い道路を走りながら、芊芊は大声で私に教えてくれました。距離は短いこともあってあっという間に翠峰山莊に到着しました。山小屋風の雰囲気のある山莊で、ここでちょっと資料を手に入れて、計画を再考することにしていました。結局、私たちは機車で東口に戻って機車を置いて、觀湖平台へ向かうことにしました。

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 雰囲気のある翠峰山莊。クリックすると拡大します。
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霧がかかって、湖が見えないことが多いらしいのですが、この日は幸い好天に恵まれていましたこともあり、天気がいいうちにまずは湖を見ることをまずは優先しようということになったのです。そして、翠峰湖環山步道をゆっくり歩くことにしました。だいたい2時間ほどかかりますが、少しばかり翠峰山莊で小吃を食べたこともあり、今日は朝早くからの行動でしたから、戻ってきても午後2時過ぎなので、問題はありません。それと酒店小姐なのに、この台中娘は健脚なことも私は以前行った杉林溪森林遊樂區のハイキングでよく知っていました。心配なのは私の方ですが、この落ち着きがないおしゃべり娘は飽きないように解説しながら、元気に歩きますから、きっと大丈夫でしょう。

 クリックすると拡大します。標高図と詳しい木橋の入った地図です。
一般的には東口をスタートして苔蘚區へ入り、十號橋から白木林、紅檜區を通り、一號橋まで順に木橋を通過して西口へ出て東口へ戻るという歩き方が多いようです。
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  翠峰湖環山步道東口入口。翠峰湖環山步道を歩くと東口から西口まで2~3時間ぐらい。
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 東口からは、このような木道が続く。
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 東側の觀湖平台からの翠峰湖
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芊芊の解説が歩きながらいつものように続きます。

「翠峰湖是全省最大的高山湖泊、海拔1840公尺、為一高山湖泊。位於太平山與大元山之間、其生態體系有別於一般湖泊。水源為附近山區雨水匯集而成、滿水期9~11月時、枯水期1~4月」

(翠峰湖は台湾の最大の高山湖でね、海抜1840mもの所にある唯一の高山湖なんだ。太平大と大元山の間に位置していて、その生態系は他の一般的な湖とは大きくちがうの。水源は周りの山の降った雨水が流れ込んで集まったもの。満水期は9月から11月にかけて、枯水期は1月から4月にかけてなんだよ)

私たちが訪れた頃はちょうど、枯水期から満水期に向かう季節で湖は美しい水を湛え始めていました。太陽の光が反射し、山間の窪地に位置するような翠峰湖は湖畔に降りることはできませんが、いくつも作られている觀湖平台から見るだけでも、その吸い込まれるような美しさに見入ってしまいます。

 苔蘚區の木道。環山步道の東側の奥のあたり。多雨の環境もあって苔が見事です。
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 苔蘚區は鬱蒼とした檜の樹林と緑のカーペットのような苔が美しく広がっています。
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さらに進むと見事な白木區と紅檜區に入ります。太平山の原始林公園は植林された檜の樹林でしたが、こちらは自然がそのまま残っている感じで、枯れた白い檜が並び、さらには老木や中空の大木も多く、日本でいうと屋久島の原生林のような雰囲気があり、オゾンをたっぷり感じることができます。

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 翠峰湖環山步道の中間地点あたりにある中空的檜木。枯れた大きな大木で中は空洞になっています。
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 檜材で作られた歩道。気持ちの良い樹林の中を進んで行きます。
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 第十號橋は東側ですが、西側にはこの第九號橋を起点に次々と木橋が連続してあります。
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 西口側の第五號橋。このような木橋が西口側には10個あります。
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西口側の觀景平台から湖を見ると少し、霧が翠峰湖にかかり出しました。

「好夢幻的感覺喔。雲霧又匯集整個湖面又看不到了。原本以為都是雲霧的翠峰湖、在不一會兒、又突然雲霧散去了」

(とっても幻想的だあ。霧が集まってきたから、湖の表面がまた、見えなくなってきたね。もともとすべてが霧の中にある翠峰湖と言われているし、迷子の子供のように突然、霧もなくなって晴れちゃうんだよね)

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西側のいくつかある觀景平台から見る雲海も見事で、本当に殿上人になったような気持ちになりました。遠くに雪山と思われる山脈も見え、ついついその幻想的で美しい風景に私と芊芊は見入ってしまいました。

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しばらく木橋を順に渡りながら歩いていくとちょっとした建物があって晴峰線山地運材軌道のことや生態系の説明がなされている解説站がありました。ここにも太平山に続く運材軌道があり、日本統治時代に切り開かれた日本人の足跡が残っていました。

「這個建築物是從前蹦蹦車油庫」

(この建物は、昔はトロッコの燃料倉庫だったんだ)

芊芊が話すように、この小さな解説站には、すごく堅牢に作られていたことが記されていました。

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 かつての晴峰線山地運材軌道が、やはりまだ残されていて、そこが歩道になっています。
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しばらくすると最後の平台があって「出口」の表示があり、木道の階段を下りると西口に到着しました。

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 翠峰湖環山步道西口
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「翠峰湖環山步道猶如魔戒裡的精靈國所處的美麗森林。 欣賞翠峰湖的湖光水色、加上步道沿途景致層層疊疊、真的綠色仙境・・・・」

(翠峰湖の環山步道は例えていうなら魔界の精霊国にある美しい森林のようだね。 翠峰湖の湖面が水色に光輝くのを見入りながら、どんどん歩いていくと途中の景色がどんどん重なり合ってくるみたい。本当に緑色の仙境だよね・・・・)

素晴らしい自然の造形を見ると、私たちはその心も清新になっていくのを実感します。芊芊と一緒じゃなかったら、きっとこんなところまでなかなか足を運べなかっただろうな。台湾には多くの魅力があって、決して大きな国ではないけど、心を打つ素晴らしい風景がまだまだ眠っていることに気づいたひとときでした。

芊芊が最後にポツリと独り言をつぶやきました。

「這20歲、應該是在形容翠峰湖如20歲少女心般的千變萬化吧」

(私は20歳。この翠峰湖は例えれば20歳の少女の心のようにいつもその姿が移り変わるよね)

彼女が何を考え、どう心が移り変わっていたのか、この翠峰湖の霧のようだったのかもしれません。
そして、その言葉が近い将来、現実のものになるとは、この時の私にはまったく、わかりませんでした。

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時間はもう、午後。これから一気に下山。
私は再び芊芊の操る機車に乗り、心地よい宜蘭の風を感じて、走り出しました。

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夏台湾的日子(休息一些)

 台湾の夏がいよいよ終盤。6月に出回り始める芒果が市場から姿を消し始めるともう秋の気配になります。芒果の産地は台湾全土に広がりますが、何と言っても台南が有名。

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台南盛夏拚觀光 芒果冰清涼揭序幕(中國評論通訊社ニュース)

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その台南は台湾の夏を象徴する地で、多くの祭礼が夏に開かれます。特に夏の祭礼やイベントは露出度が高いため、台南や高雄などの南部に夏行くとなかなか目の保養になることが多いですね。それと北部や東部の海岸や台湾最南端の墾丁なども華やかなリゾートとなって多くの人で賑わいます。模特兒や辣妹も多くのイベントで一番活躍する季節とも言えるでしょうか。

 私が台湾にいた頃の人気ポスター。台妹の模特兒は本当に美人が当然ながら多い!
クリックすると拡大しますので、ぜひ、ご鑑賞ください。
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 高雄にある話題の18禁餐廳「Funny Sex」のイベント。この餐廳についてはまた紹介します。
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 6月から9月にかけては多くの祭礼が南部では開かれます。
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では2013年の6月からの夏の開放的な辣妹の最新動画をどうぞ。年々、派手になってきていて、女の子の数もどんどん増える傾向。ど派手な吉普車(ジープのこと)に乗って入廟というのが、ほぼ南部の宮や廟のパターン。神様もきれいな女の子が皆、お好きなのでしょう。

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 ど派手な南部高雄の夏の祭礼。爆竹・爆音、半端じゃありません。


 熱風が吹く台湾南部の午後。抜けるような青空がいかにも南部。曇りがちな台北とはちがいます。




 途中から映像が横から縦になります。首を横にして最初は見てくださいね。


 大量の好的身材辣妹の秀舞。迫力あります。腰の動きがまさしく「水蛇腰」そのもの。


 妖しい台湾南部の夜。いかにも熱帯。気だるい感じと妖艶な雰囲気。台湾の夏です。









そして、いよいよ中元普渡も近づいてきました。道教の三元節に基づいた中元節と仏教に基づいた盂蘭盆節が合体したもので、日本で云うところのいわゆるお盆のことです。旧暦の7月15日(今年は新暦の8月21日)のことを指します。7月は「鬼月」と呼ばれ、祖先の霊が戻ってくる月と言われています。

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そのため、台湾ではこの時期になると旅行に行ったり、新たな商売を行うということを避けることが多く、祖先の霊を敬い、家内安全や商売繁盛を祈ります。この鬼月にはやってはいけないことがいくつかあります。

忌屋內開傘
忌玩碟仙
夜間忌照鏡子
忌披頭散髮入睡
生理期不宜祭祀
忌拍他人肩頭
吃飯忌將筷子插在飯上
忌拜鳳梨等水果
忌亂靠牆
忌外出玩水
忌申時以後吹口哨
子時以後少外出
忌在家裡拜好兄弟
忌申時以後慶生
忌說「鬼」字
少吃拜好兄弟的祭品
忌亂踩冥紙
忌捉蜻蜓及螽斯
拜好兄弟忌報姓名
別隨便撿路邊的小東西
忌遊鬼屋

中元普渡の由来

街角には灯火がともされ、街角では多くのお供え物が出されて、金紙(紙錢)を燃やす(焚燒紙錢)風景を見ることができます。 また、宮や廟の前では豚などが丸ごと一匹縛られて祀られたりしています。金紙(紙錢)にもいくつかの種類があり、実は燃やす順番も決まっていて、拜拜の順番ややり方も細かく決まっています。詳しくは次のサイトを見ると書いてありますが、台湾に駐在する方は、ぜひ、このあたりの習俗を知っておかれるといいでしょう。台湾人は極めて、このような宗教的な営みを大切にしていて、信心深いためにビジネスにおいてもこのような知識は極めて重要だからです。

社區中元普渡祭拜參考流程

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この中元普渡で最も有名な祭礼は、以前に紹介した宜蘭頭城の搶孤。天高くそびえる搶孤に登って行く速さを競うという奇祭で、その美しさと裏腹な危険な祭礼に多くの人が観覧にやってきます。

 クリックすると拡大します。その美しい巨大な搶孤の様子がよくわかります。
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 宜蘭頭城烏石港はサーフィンのメッカでも有名。夏は多くの台湾美少女が集まる海としても知られています。
クリックすると拡大します。日妹はちょっと雰囲気がちがう、エキゾチックな台妹の比基尼姿で涼をとられてみてください。

 模特兒による烏石港での宣伝・プロモーション画像を集めてみました。
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 ここからの画像は「蕃薯衝浪倶楽部」からの抜粋。多くの美しい画像があります。蕃薯衝浪倶楽部
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さらに中元普渡は以前に「台湾之夜」という、一番アクセスが多くて見られているブログでも紹介しましたが、やってくる霊を喜ばせるためなのか、廟や宮、商店街などで辣妹の秀舞が行われることが多く、エロチックな鋼管秀なども最近は極めてさかんで、社会問題化しています。理由は子供でも自由にセクシーな秀を見られるためですが、檳榔西施を見慣れている台湾の少年少女には当たり前の風景かもしれません。日本ならばPTA団体の厳しいご意見がありますから、100%不可能ですね。

 以前アップしたのとは別の動画を。街中の廟で堂々と行われるこの勢いと緩さ。さすが台湾。


 台湾得意の蛇の生殺し秀。男性客を悩殺しますが、ギリギリでストップはいつものこと。

最後に夏のある酒店の画像が幹部から送られてきました。行かれたことがない方は店名もわかるサービス画像を貼っておきますから、ぜひ、エアコンがガンガンきいたゴージャスな包廂の中で充実した中元普渡をお過ごしください。

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第400話 人在異鄉、很想念台灣(我的意思)

この8月10日、11日は日本の各地の気温計がグングン上がり、40℃を超えた所もあるなど、猛暑が襲いました。この暑い中、8月8日から阪神甲子園球場では夏の高校野球選手権大会が開かれています。

皆さんは この高校野球全国大会にかつては台湾や朝鮮、満州などの学校が参加していたことをご存じでしょうか。台湾からは大正12年に初めて台北一中が出場、その後、台北商業、台北工業なども出場を果たしました。しかし、台北のチームに偏っていた出場校に突如、台湾中部の嘉義から昭和6年の第17回大会に嘉義農林學校(現在の國立嘉義大學)が初出場を果たします。日本国内でも力が抜けていた小倉工業を準決勝で10-2で破り、決勝は当時の王者、愛知名古屋の中京商業。決勝を堂々と戦い、4-0で敗れるものの、見事、準優勝を飾っています。

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監督は愛媛・松山商業出身の近藤兵太郎氏。彼は「台湾の野球を俺が強くする」という志をもって台湾に渡り、台湾全土から優秀な選手を発掘して嘉義農林に集め、スパルタ方式で鍛え上げていきます。チーム創部3年で台湾で優勝を飾り、甲子園の常連だった台北のチームも撃破していきます。

甲子園で中京商業と決勝を戦ったメンバーは日本人が3人、台湾本島人2人、先住民族高砂族4人の混成チームでした。このような混成チームは民族の壁を超え、「甲子園で優勝する」という悲願に向かって突き進んでいった結果でした。日本以外のチームでは満州(正確には関東州大連)代表の大連商業が大正15年に浪華商業と決勝を争い、準優勝していますが、この時のメンバーはすべて大連に住んでいた日本人でした。従って、純粋に台湾人と日本人の混成で勝ち抜いた嘉義農林は「天下の嘉農」という異名を取る、歴史に名を残す偉大なチームでした。「ひとつの目標」のため、文化も考え方もちがう異民族が力をあわせること。簡単なことではありません。

この伝説が今、映画化されて2014年春に公開されます。

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果子電影の最新作となる映画KANO。
魏徳聖(ウェイ・ダーシェン)監督が手がけた「海角七号〜君想う国境の南」「賽德克、­巴萊(セデック・バレ)」の前二作に続いてプロデューサーの黄志明(ジミー・ホアン)­とともに今作をプロデュースする。再びタッグを組んだ2人が今回手がけるのは、本土で­起きた台湾歴史上最も感動させられる実話である。1931年台湾初の台湾人と日本人と先住民による三民族混成の野球チームが台湾代表と­して甲子園大会(当時は「全国中等学校優勝野球大会」)に出場し、準優勝という快挙を­成し遂げた実話に基づいた物語である。





 「KANO」のメイキング。魏德聖プロデューサーの後半の言葉がいい。「過去から未来を見る」、良い言葉です。


台湾と日本の関係はとても深いものがあります。多分、私が思うに台湾の発展に本気で取り組んだ日本人が日本統治時代にはたくさんいました。多くの台湾人に今も感謝され、尊敬されている嘉南大圳の父、八田與一さんをはじめ、私たち日本人が尊敬すべき日本人、台湾を愛した日本人が台湾の地に偉大な足跡を残しています。

こんな記事があります。

台湾の嘉義農林OBが監督の墓参り (1998/08/05  愛媛新聞掲載)
 
全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高野連主催)の前身、全国中等学校優勝野球大会の第十七大会(一九三一年)で台湾から出場して準優勝した嘉義農林(現・嘉義技術学院)のOBらが四日、松山市を訪れ、当時の野球部監督だった故近藤兵太郎さんの墓参りをした。

近藤監督は元松山商野球部員。戦前に台湾に渡り、嘉義農林の野球部監督に就任。甲子園に初出場し、準優勝に導いた。 この日、近藤監督のもとで野球をしていた嘉義農林野球部の選手やOBと日本在住のOBら約二十人が再会を喜び合い、故人の思い出に話を弾ませた。近藤監督の母校の松山商を表敬訪問したあと、墓参りに出かけた。
 
戦中・戦後の混乱で紛失していた準優勝の記念盾「朝日牌(はい)」をこの夏に復刻した。参拝者は持参した盾を墓前に添え、墓石に水や酒をかけて手を合わせた。 準優勝当時に中堅手だった蘇正生さん(八五)は、墓前で思わず目を潤ませ「近藤さんは台湾の模範となる野球を教えてくれた。今の自分があるのはすべて近藤さんのおかげ。本当に感謝している」と話した。

 八田與一(与一)と嘉南地方、嘉義農林学校(最初に駅弁のシーンがあります。後半、感動します)


私たち、台湾にかかわった日本人は、台湾との交流をもっともっと深めていく必要があると思っています。どれぐらいかはわかりませんがかつて紛れもなく日本統治時代に「日本人」だった台湾人のお年寄りの方は今も日本語を使い、日本人の当時の努力を憶えてくれている人もたくさんいます。台湾人の若者は積極的に日本の文化やサブカルチャーを学び、日本に親しみをもって接してくれています。




このブログの基本は台湾の夜世界の物語。

しかし、私たちは夜世界や陰の世界においても日本人としての誇りを失ってはいけないし、騙し騙されが当たり前の虚飾に満ちた夜世界の中でも信用を築いていくべきだと考えています。楽しさや気持ちよさだけを求めるのではなく、多くの苦渋がある夜世界の舞台裏を知り、自分が手をさしのべていけることがあるならば、できる範囲で彼女たち、彼らと誠実にかかわっていきたいと考えています。

台湾の歴史を知り、社会構成や民俗的な慣習を台湾社会に飛び込んで体得していくこと。以前、ブログでも書きましたが、こんな当たり前のことを私は酒店の子たちからも教えてもらいました。それと台湾にいるのだから、そして台湾にいたなら、日本語に頼らず、つたなくてもできる限り中国語を話して、コミュニケーションをとろうとする姿勢をもち、積極的に台湾にかかわっていこうとする態度が大切だと思っています。

だからこそ、自分の台湾への想いを確認するためにも、台湾の素晴らしさもっとを知ってもらうためにも、少しずつではあるけど、私がかかわった台妹との物語を軸に、このブログをこれからも書き綴っていきます。

 Heartbeat of Taiwan with English sub (台灣心跳聲中英字幕對照)  素晴らしい台湾の風景・・・。


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原始森林公園

林間棧橋から茂興站に戻った私たちはちょっと時間があったのですが、蹦蹦車站は単線のため、先頭にある蒸気機関車が行き止まり部分の小轉盤でターンするのが、なかなか見所になっていて、私たちもちょうど太平山荘から来た列車が返回するところを早速見に行くことにしました。

「太平山蹦蹦車小轉盤是應該世界最小的」 (太平山のトロッコの回転台は多分、世界最小なんだよ)

 確かに軽やかに車両を回転させていきます。手慣れていて、ものの2~3分ぐらいでしょうか。
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そして茂興站に戻った私たちは再び蹦蹦車に乗って、大平山蹦蹦車站へと戻りました。車站の横にある「雲海咖啡館」でちょっと休憩。すごく、その名前の通り、景色が素晴らしく、山の斜面から下界を見下ろすような感じになっています。かつての日本統治時代の営林署の建物をそのまま使っていますから、雰囲気は木造で極めてレトロ、昭和時代にタイムスリップしたような感じになります。また、2階部分にあたる蹦蹦車の線路の横に開放型のオープンカフェがあって、これも多分かつての月台を利用していたものと思われます。

 手前のレトロな木造建築がそのまま雲海咖啡館になっています。
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 オープンカフェ部分は線路のすぐ脇。月台を利用して作られています。
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芊芊と朝から結構歩いたこともあって、少しゆっくりとおいしい珈琲(中文では咖啡)を飲みました。やや疲れていたこともあって、まったり。いつも落ち着きがない芊芊も幸せそうな顔をして大好きな珈琲を飲んでいました。 その後は、おいしい高山茶を飲みながら、これからの計画を芊芊と話し合いました。

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【宜蘭】太平山莊、雲海--館 @ 粉紅吉娃娃 -- ・客邦 PIXNET --

 雲海咖啡館からの美しい景色。月台の反対側は山を見下ろす感じで視界が広がります。
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「 紅葉步道終點的鎮安宮、是檜木打造的一座小廟宇。原為太平山林場時代的日本神社、祀奉天照大神。民國三十四年、變更為鎮安宮、改祀鄭成功、 大概有「收復台灣」的歷史寓意。而剛才走上來的中央石階路、就是昔日的神社參道了。雖然改朝換代、太平山經營不變、林務局率由舊章、承緒前朝遺業。鎮安宮後方的大片山林。 雖然號稱為原始森林公園、但其實已無巨木高樹、而是砍伐後的新造林及自然演生的二代檜木」

(紅葉歩道の終点は鎮安宮という名前の檜で作られた小さな廟があるんだ。 元々は太平山が林業地だった時代の日本の神社だったんだよね。祀られていたのは天照大神だよ。だけど民国34年ー1936年に鎮安宮となって鄭成功が祀られたんだ。おおよそ、それは台湾を取り戻すというような歴史的な意味合いが強かったの。実はさっき上がってきた中央の石段は昔の日本神社の参道ってわけ。日本が引き上げて台湾政府が実権をもっても太平山の経営の方法は変わらなくて、林務局も古いままのスタイルを引き継ぐことにしたんだ。鎮安宮の後方には大きな山林があるよ。だけどね、原始森林公園って呼ばれているものの、実際には巨木はもうないの。ほとんど伐採された後に植林された木々と自然に生えてきた二代目の檜木が森をつくっているんだ)

 中央石段を中心とした太平山荘の導覧図。
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私たちは雲海咖啡館を出て、再び「紅葉歩道」へ。ここから石段を登っていくと左側には「文史館」という当時の太平山林業地における日本統治時代の歴史的な足跡を展示する建物があり、芊芊とともに入ってみました。台湾で私は芊芊の導きによって、多くのちょっとマイナーな日本統治時代のいろいろな歴史的遺産を訪ねましたが、いずれも台湾人の方々が一時期の光復時代の抗日運動を乗り越えて、今は日本統治時代の歴史を後世に残そうと整備していただいていることに心を打たれました。この太平山文史館もそのような意味合いのある施設で、当時の営林施設をそのまま使い、台湾の中の日本が再現されています。

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文史館を後にし、私たちはかつて日本神社だった鎮安宮に到着しました。石段は全部で418段。昔の神社への参道は、その終点こそ姿を変えましたが、大正・昭和の時代からそのままの姿で残っていました。

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さらに私たちは原始森林歩道へ。大回りすると1.2km、小回りだと0.8kmということで私たちは小回りのルートを選択しました。芊芊が言うとおり、細くてまだ、大木とは言えない檜木が多く、原始森林という名前負けしているかなと感じました。さっきの茂興懷舊步道の方がはるかに原始林や多くの朽ちた巨木がそのまま苔むして残っています。植林された樹木が多いので致し方ないかもしれません。

 苔が多くて、すべりやすい歩道です。登りはいいのですが、下りは転びやすく、要注意。
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 細くて高い樹木が多く、植生も豊かとは言えないかもしれません。杉や檜など林業に向く木々がほとんどです。
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さらにこの原始森林歩道の奥には鐵杉林歩道が続くのですが、時間の関係で断念。鐵杉林の方が伐採された後の放置された期間が長く、かなり美しく味わいのある木々もあるようです。

 鐵杉林歩道。原始林歩道のさらに先にあって、1時間ぐらいはかかるため、行くのを断念しました。
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私たちは再び、ぐるりと原始森林公園歩道を巡り、中央石段に戻り、太平山荘服務站へと帰ってきました。

芊芊とともに今日の午前中は日本統治時代の太平山林業地の足跡を巡る旅でした。鬱蒼とした密林、昔の姿そのままの壊れかけている線路。そして観光資源として整備され、多くの観光客を楽しませてくれている蹦蹦車。伐採や運材という普段、私たちがあまり知ることがない産業の歴史や台湾での発展の過程を知ることができました。

 太平山林業の歴史。ちょっと堅い内容ですが、ぜひご覧ください。この太平山にかかわる日本の果たした役割や、その足跡がよくわかります。


木材故事~三星區の紹介HPより。よくその歴史がわかります。

また、この時は行きませんでしたが、平地線の羅東林鐵の復興もさかんで、三星から天送埤までもかなり整備されてきており、多くの台湾人の方々が訪れ、かつての日本統治時代の見直しが進んでいます。



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「芊芊、我們餓肚了!」 (チェンチェン、お腹が減ってきたね!)

「嗯、我們走了、很多的距離哦!」 (うん、私たち、すごくたくさんの距離を歩いたからね)

「下午、我們放鬆吧!我們去鳩之澤溫泉區吧!」

(午後はリラックスするからね! 鳩之澤温泉に行くよ!)

私たちは早朝上がってきた太平林道を下って、鳩之澤へ。きっと気持ちいいだろうな。これから行く鳩之澤は本格的な温泉と聞いていたので、ご飯を食べてからゆっくりできる楽しみもありました。

いつもながら、機車をとばす芊芊。この娘と知り合えて本当に良かった。
日本人が忘れがちな台湾のかつての原風景を訪ねる旅は深い記憶と大きな感慨を残し、まだまだ続いていきます。

 太平山・原始森林公園の門戸。かつては本当に原始林だったのでしょう。
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蹦蹦車

さて見晴懷古步道を往復して、見晴に戻った私たちは再び、芊芊の開車する機車に乗って、一気に太平山山頂に付近にある太平山荘を目指して曲がりくねった山道を登って行きます。ものの10分ぐらいで服務站に到着。この台中娘は運動神経が良いのも取り柄のひとつですが、カーブなどでもスピードを落とさず、思いっきり機車を倒して曲がるので、おじさんとしてはちょっと恐怖感を感じる時があって、ついつい芊芊の腰をたたいて「慢慢、慢慢」と言いますが、まったく聞く気がありません。まったくもっておてんばというか、大胆というか、どうしようもない娘です・・・・・。

 太平山荘の全景。日本統治時代の営林署を利用しています。かなり広大な敷地で、山の斜面に沿って作られています。一番下にあるのが服務站。ここから中央階段を上がって行きます。やや中央左側に飛び出ているような建物が蹦蹦車站。ここから左方向に山地線が走ります。
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 太平山荘の一番最下部にある服務站。住宿や餐廳は各棟ごとに丈夫に別れて点在しています。
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 服務站の内部。ここが住宿のフロントも兼ねていて、いわば、中枢といったところの役割があります。
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まだ、早朝ということもあって人影はまばら。早速服務站でお目当ての山地線の名残である蹦蹦車(ポンポン列車というニックネームのトロッコ)の時刻を調べることになりました。

「蹦蹦車由昔日運材台車改裝而成、行駛時發出「蹦!蹦!」聲響而得名、1984年開始營運、是太平山頗具人氣的遊憩設施」

(ポンポン列車は昔、運材に利用されてたトロッコを改造したものなんだ。出発する時にね「ポン!ポン!」って音がすることからその名前がついたの。1984年に営業を開始してからは太平山の人気観光施設なんだよ)

芊芊のいい所は日本人の私に必ずと言ってよいほど、看板やパンフレットを見て、わかりやすい中国語で身振り手振りを交えて解説してくれることです。彼女自身も必ずと言ってよいほど予習もしていて、単にいつも私は訪れるというだけではなく、その歴史的経緯や意味を知ることができました。

しかし、この蹦蹦車は2012年8月の台風で大きな被害を受けて、現在は運行が停止されているようです。多くの問い合わせもあり、観光に来る台湾人も激減したようですが、まだ、運行が安全にはできない状況があり、停止されているとのこと。修復はしているらしいのですが、かなりの急峻な山にある山地線のため、再開の見通しはたっていないようです。しかし、その場合も取り除くことはなく、史跡として残すという羅東林管の発表は出されているようです。自然災害とは言え、とても残念なことですね。

 蹦蹦車の切符代金及び時刻表ですが、単線で観光用でもあるため、1時間に片道1本となります。
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服務站で時刻を調べると1時間に1本出ていて、私たちは8:30分の列車に乗ることにしました。ちょっと時間もあり、站までは歩いていく必要もあったので、そこまで行きながら散策することにしました。

「太平山莊旁的中央石階步道、兩側種了不少紫葉槭、所以稱為「紅葉步道」、是太平山最著名的步道。紫葉槭在春、夏、秋三個季節、葉子顏色呈暗紫深紅。因此任何季節來太平山、幾乎都能看見楓紅的景致」

(太平山荘の横の中央に石段の歩道があるでしょ。両側に紅葉する木がいっぱいあるから、ここは「紅葉歩道」 って呼ばれてる太平山では最も有名な歩道なんだよ。紅葉は春、夏、秋と三つの季節に渡って葉の色が暗い紫色がかった赤に紅葉するんだ。だからね、どの季節に太平山に来ても、ここでは楓が紅葉した景色を見ることができるんだよね)

 服務站の横から上に伸びる中央階段。紫葉槭歩道とか紅葉歩道と呼ばれている石段です。
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「石階步道兩旁隨山勢而建的建築、是太平山林場早期的事務所及宿舍、如今成為太平山莊的遊客住宿區域及餐廳。 這條中央石階路建造於昭和十一年」

(石段の両側の斜面の沿って建物があるのがわかる?これは太平山林場のかつての事務所や宿舎だったの。今はね、太平山荘に来る観光客のホテルとレストランになったんだ。この1本の中央の石段は昭和11年に作られたんだよ)

「太平山、泰雅族人稱為「眠腦」、意指「茂密的森林」、日本人命名為「太平山」。太平山的森林資源蘊藏豐富、日治時期與阿里山、八仙山、並稱為台灣三大林場」

(太平山はね、タイヤル族が「眠れる森」って呼んでたんだ。意味は「うっそうとした密林」ってこと。日本人が今の「太平山」と名付けたんだよ。日本統治時代には阿里山、八仙山と並ぶ台湾の三大林業地だったの)

晩夏というか、初秋というか、そんな季節なのですが、確かに多くの楓が色づいていて美しく、久しぶりに日本の紅葉の季節を思い出しました。この美しい中央階段は昭和時代からある由緒正しいものであり、登るのは正直なところ大変でしたが、元気娘が登りながらもいろいろと息を切らせて解説してくれることもあって、結構楽しんで登ることができました。

さて、中央階段のちょうど半分ぐらい来たところで香杉館(住宿のひとつ)の前あたりから蹦蹦車站への分岐点となっています。芊芊がこっちこっちという感じで私の腕を引っ張りました。

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 分岐点から3分ほど歩くと、蹦蹦車站が見えてきます。早朝ということもあって人影もまばら。切符売り場があって早速、芊芊と往復の切符を購入。行程は8:30出發、回程は10:00茂興站出發。だいたい15~20分ぐらいで終点の茂興に到着しますから、中1時間ほどを茂興の散策するという予定を立てました。

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ちょっと站のまわりを散策すると「雲海咖啡館」という景色がよさそうなカフェがありましたが、時間が十分にないために帰りに入ることにしました。站の横には、かつて使用していた蒸汽集材機などが展示してあり、かつての山地線としての様子をうかがうことができました。ここにも日本人の足跡があり、この奥深い山を切り開き、そして杉や檜の植林をして、台湾の各種産業の発展に寄与した一助を担っていました。

 かつての集材機械のひとつ。展示されているかつての水煙ー蒸汽集材機と日治時代の伐採の様子
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いつもながらに芊芊の詳しい解説を聞いていると、出発の時間が近づいて来ました。再び、站に戻り、月台(プラットフォームのこと)へ。いよいよ蹦蹦車に乗り込みます。早い時間ということもあって、太平山荘に泊まっている観光客の方ぐらいしかいません。私たちは一番、景色がいいと思われる最後方へ。

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名前通り、蹦蹦と汽笛を鳴らして出発。駅員が見送りもしてくれます。途中の線路はもちろん単線。わずか15分ばかりの行程ですが、山林の中をゆったりと走り抜けていきます。芊芊は、子供のように喜ぶかと思っていましたが、実際にはボーッと美しい太平山の朝方のちょっと霞がかかったような景色を見つめていました。

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トコトコ走る蹦蹦車はあっという間に終点の茂興站に到着しました。この茂興站を起点に茂興懷舊步道が森林の中に続いており、かつての山地線の跡をやはり歩いて散策することができます。ただ、こちらの方が見晴懷古步道よりは整備されており、かなり観光地化されている印象がありました。ここからさらに下ると秘境の三疊瀑布へ行くことができますが、往復3時間かかるとのこと。さすがのワイルドガールもそこまでの元気はなく、站周辺の散策をすることにしました。

「歩道的起點就在茂興車站、沿著月台的木棧道向前延伸、全長1.5公里」

(歩道はこの茂興が起点になっていて、プラットフォームから木の桟道がそのまま伸びてるからね。だいたい全長は1.5kmぐらいかな)

導覧図を見ながら、芊芊が得意の解説をしてくれました。正確に言うと、山地線はまだ、この茂興から先に伸びていて、現在、蹦蹦車が運行され、観光用に整備されたのは、この茂興までということでした。つまり、茂興は終点ではなく、途中の駅というのが正しい位置づけになります。先に伸びる線路に沿って茂興懷舊步道が続いていますから、プラットフォームを歩いていけば、自然に歩道に入るようになっています。 

 太平山から茂興站までの様子。茂興站付近の様子もよく撮影されていて、コンパクトに雰囲気がわかります。
 

 茂興站。とてもきれいに整備されています。蹦蹦車が車で多くの人が近くの茂興懷舊步道を散策します。
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 現在は蹦蹦車そのものが2012年の台風による山崩れで運行されていませんから、行くことが困難です。
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 標識もきちんと整備されており、歩道も見晴とは異なり、站から続く歩道は最初少し人工的な感じがします。
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 しかし、だんだんと奥へ進んで行くと、かなり線路も荒廃していきます。やはり見晴の懐古歩道と同様、かつての日本統治時代における山地線のそのままの痕跡を見ることができます。
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 自然豊かな太平山の植生を見ることができます。朽ちた巨木や年代を感じさせる苔が見事で、素晴らしい自然の造形を創り出しています。
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 茂興懷舊步道導覧図。クリックすると拡大します。
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 茂興站から三疊瀑布までは高低差もあり、かなりの道のり。日本人で見た方はどれぐらいいるのでしょうか? 
クリックすると拡大します。
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 三疊瀑布歩道への案内。近くには毒蛇・毒蜂注意の看板があって、さすがのワイルドガールも躊躇しました。
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 幻の滝と言われる三疊瀑布。これは下部の二本。上部に一本の滝があり、合計で三本の滝があることからこのような名前があります。現在はやはり2012年の台風の影響で道は閉ざされている模様です。 
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茂興懷舊步道を歩き、再び茂興站に向かって戻りつつあった私たちは「林間棧橋」と名付けられた展望台へ向かいました。斜めに上がって行く感じで木の上の高さに近いところまで上がることができます。

「林間棧橋是座觀景台、從邊坡往外延伸大約50公尺、像是迷你版的溪頭空中走廊」

( 林間棧橋は観覧台でこの歩道から50m外に突き出すように上に伸びているんだよ。以前、一緒に行った溪頭の空中走廊みたい)

以前、芊芊と台湾の中西部に車で1週間ほどの旅行に行ったときに少しだけ立ち寄った竹山郷鹿谷の溪頭自然教育園區というところがあって、溪頭空中走廊を思い出しました。妖怪村がまだ、未完成で近くの散歩したときに立ち寄った森林の中の回廊と確かに様子が似ていました。 

 これは渓頭空中回廊。大樓の約7階の高さの所に回廊が続いています。森林の上に立つ気分になりますね。
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林間棧橋の表示を見て、芊芊と緩やかな傾斜の回廊を歩いて行くと行き止まりになったところが円形の展望台になっています。そして、そこには太平山麓一帯を望むことができる素晴らしい景色がありました。

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鳩之澤 - ★★老叟的家★★ - PChome 個人新聞台

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芊芊もゆったりとした表情でこの美しい山々の景色にしばらく、見とれていました。そよ風が気持ちよく、人がいなかったこともあって、気持ちが開放されるようなそんな感覚になったのを憶えています。酒店で知り合った芊芊と昔からの知り合いだったように台湾の方々を巡るようなことになるとは、駐在した当初には、まったく思いもよらないことでした。そして、さらには私が台湾のことをこんなに知るようになるとは・・・・。

「佇立棧橋末端、俯瞰浩瀚樹海,遠眺連綿青山、好把美麗山景銘記、我不忘記的・・・・・」

(この桟橋の末端に立つと、広大な樹海を感じて。青々と連なる山を見通せるね。とっても 美しくてきれいな山脈の景色があるよ。私は決して忘れない・・・・)

珍しく、おしゃべりな芊芊も柵の部分に寄りかかって、静かにこの深山幽谷の雰囲気を味わっていました。
しかし、人の運命とは、不思議なもの。この芊芊と私はこの3ヶ月後には永遠に別れることになるのです。

 茂興から見ることができる太平山荘。山の斜面にはりつくように建てられていることがよくわかります。
茂興 林間 - Google 検索

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見晴懷古步道

土場を離れ、私たちは再び、芊芊の機車に乗り、太平山へ。ものの5分も走るとあっという間に太平山國家森林遊樂區土場收費站に到着。当時はアーチがありませんでしたが、今は電光掲示板のついたアーチができているようです。1人150元を支払うのですが、學生は100元なので、大學生の芊芊は學生證を見せて割り引き料金となりました。

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 私たちが訪れた頃の太平山國家森林遊樂區土場收費站。假日は200元、非假日は150元。
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 今は電光掲示板のアーチが完成しています。
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ここから山道の曲がりくねった道をどんどん登っていきます。芊芊はとても快適にとばしていて、スピードが平均で60~80kmぐらいは出していたでしょうか。カーブが多いのですが、星期一の早朝だったこともあって、ほとんど車は走っておらず、対向車が来ることもありません。快適なツーリングといった感じでした。景色は天気がいいこともあって抜群。芊芊は山間の林道を気持ちよく走り続けていきます。

「遠遠就可以看到鳩之澤溫泉區裡白煙裊裊」 (遠くに鳩之澤溫泉の白煙が見えるから)

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昨日、行った清水地熱のような温泉がこの大平林道の途中にあって、芊芊と帰りによることにしました。芊芊によると山道を歩くところがあるので、帰りにその疲れをとろうという提案でした。しばらくすると太平山荘との中間地点にある太平山遊客中心に到着しました。

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ここでちょっと地理的な現在の位置とこれからの太平山巡りの計画を芊芊と立てました。まずはかつての山地運材軌道だった見晴懷古步道約1Kmを散策する。そして大平山荘へ行き、そこから太平山蹦蹦車鐵道に乗って茂興まで行って戻る・・というのが当面の計画でした。時間はまだ、7時半頃でしたから、十分に時間はあります。

 画像をクリックすると別ウィンドウで大きな鳥瞰図となります。
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 画像をクリックすると別ウィンドウで大きな導覧図となります。
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遊客中心を後にし、さらに林道を機車で登っていくと「見晴」に到着。入口に機車を置いて、ここから芊芊が絶対に行くと言ってた「見晴懷古步道」へ。行き止まりの道で約1kmの往復ですから、距離的には大したことはありません。しかし、きっとそれ以上に芊芊がきっと私に紹介したいものがあるのでしょう。

 入口の案内。「昔日山地運材軌道」という案内も出ており、かつて運材がされていたことが示されています。
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 見晴という名前の通り、雪山連山を望むことができます。
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入口から少し歩き始めると早速、昔の山地線の跡に沿って歩道が作られており、苔むした枕木、壊れかけた線路が長い年月を経て、私たちの目の前に現れました。それは山林の本当に険しい場所に線路が敷かれており、ここに山地線を敷いた当時の日本人と台湾人の執念というか、その技術を超えた思いを十分に感じることができました。正直、とても感動しました。

 懷古步道は線路の軌道に沿って続いています。途中には吊り橋や湧き水などもあり、散策に最適です。 
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「見晴懷古步道是昔日的山地運材軌道改建的、原屬於太平山森林鐵路(山地線)的見晴線、原已荒廢、近年來整建為懷古步道。步道全長2.35公里、後因颱風而毀損、未再修復、目前僅通行至0.9K處」

(見晴懷古步道は昔の山地運材軌道が改良されたものでね、もともとは太平山森林鉄道の見晴線という支線だったんだよ。でもすでに荒れ果ててしまって、最近になって、やっと懷古步道が整備されたの。歩道の全長は2.35kmなんだけど、台風が来て壊れてしまったために、まだ、その部分が修復されていなくて、今はわずか0.9kmだけが通行できるんだ)

 入口にある導覧看板。画像をクリックすると別ウィンドウで大きな導覧図となります。見晴という場所にあるので通称「見晴懷古步道」になっていますが、正しくは「見情懷古步道」と名付けられています。
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さらに驚いたのは、とても原始的な縄でできた細い吊り橋が何カ所かあることです。芊芊は酒店小姐をしてはいるものの、その正体は台中のワイルドガールですから、まったく、恐怖感などはありません。どちらかというとこういう状況を楽しんでいます。

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「途中3座橫跨山壑的V字形繩索橋、是山爺爺的長手臂、走上去雖然搖晃、但繩索卻十分牢固安全、如同被山精靈呵護環抱著、增添了趣味與刺激感。如果実你感覺恐怖的話、而左側仍有可通行的步道」

(途中に3基の山の斜面に沿ってV字形の縄の吊り橋かけられてるから。山のおじいさんの長い腕っていうニックネームがあるよ。歩いて行くと揺れるけどね、荒縄は非常に堅固で安全だし、山の神様のご加護に取り囲まれてるから大丈夫。刺激がすごくあるよ。でもね、XXさん、もし怖かったら、左側も通行することができる歩道があるからそっちに行ってもいいよ)

この生意気な小娘の頭を時として小突きたくなる時がありますが、ここはまあ、その可愛さに免じて許すとしよう。しかし、確かに幅は20cm程度で、揺れは大きく、日本には絶対にありえないような吊り橋なので、ちょっとドキドキはします。

 独特の吊り橋、山爺爺的長手臂。日本では徳島県祖谷にある「かずら橋」が類似していますね。
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15分ぐらい歩くと、突き当たりになり、先ほど芊芊が話したように行き止まりになっていました。確かにこの先は歩道が崩れており、線路も斜めにちぎれるような感じになっていました。歩道を整備するだけでもなかなか大変だったと思うのですが、改めて今から90年近く前にこのような険しい山の中に鉄道を敷いた先人の努力には言葉もありませんでした。

 現在の見晴懷古步道の終点。折り返しになっています。往復約2kmの道のり。
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同じ道をトコトコ、芊芊と帰っている時、私は芊芊に尋ねてみました。

「芊芊、你想對我顯示東西、是不是這個?」 (芊芊が僕に見せたかったものはこれなの?)

「嗯、是的」 (うん、そうだよ)

「怎麼?」 (どうしてなの?)

「我想你感覺日本人的誇耀」 (私は日本人としての誇りを感じてもらいたかったんだ)

芊芊の何気ない一言は時として重みがある時があります。

私たち日本人は台湾での先人の台湾に対する貢献を忘れてはならないし、その意志を将来に渡ってつなげていくべきなのでしょう。多くの日本人が台湾の発展と日本の国益を願って苦労を重ねたその歴史をもっともっと私たちは知る必要があります。それはきっと台日関係のこれからの発展に寄与するためのヒントになるにちがいありません。

誰もいない懷古步道で芊芊に言いました。

「懷古是才懷古和感慨、但我們更可能努力日台的交流、未來的發展!」

(懐かしい記憶は確かに懐かしさや感慨を憶えるよ、だけど僕らはもっと日台の交流や未来の発展に努力できるから)

芊芊は一生懸命真面目に答えたにもかかわらず、「やっとわかったの?」というような顔をして微笑みました。
きっと、高中で日本が好きで日本統治時代のことを積極的に学んでいた彼女にとってはわかりきったことだったのかもしれません。

しかし、彼女はすぐに大きな声で答えました。

「我們也一様的!」 (私たちだって、同じ気持ちだよ!)

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さて、英仕山荘で気持ちよい眠りについた私ですが、いきなり、芊芊に朝方、上に乗っかられて起床。

「芊芊、這麼早上從很早、什麼?」 (芊芊、こんなに朝早くから何?)

「起來喲!我們出発的」 (起きてよ!私たち、出発するから!)

時計を見るとまだ6時。しかし、芊芊は今日も気合いが入った顔をしています。早速、水力旋轉餐廳に行くとすでに早餐が食べられる時間でした。 ちょっと朝靄のような霧がかかっていますが、空は昨日の小雨混じりの曇り空が嘘のような快晴、景色も夜とは異なり、蘭陽溪の河原もよく見えます。

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 よくしてもらった英仕山荘の方々にお礼を言って、再び芊芊の開車する機車の後部座席に乗って再び、蘭陽溪の道路標識をいくつか見ながら、大同郷の方へ向かって快適にとばしていきます。早朝で道路が空いていることもあって、あっという間に土場車站という場所に到着しました。

「土場是太平山的門戶、也是昔日太平山林場的木材轉運點。土場、是林業用語、指木材聚集地或卸材場地」

(土場は太平山の入口でね、昔は太平山林業場の木材を運ぶ駅だったんだ。土場というのは林業の用語で、木材の集積地や木材を卸す所のことを言うんだよ)

芊芊はそう言って機車を派出所の近くに停めました。そして派出所の横にある木造の車站へと歩み出しました。

「土場派出所旁有一棟木造建築物、是依據昔日土場火車站的舊貌重建的車站、斜對面的馬路旁則有重建的車站月台、 陳設舊列車車廂及蒸汽火車頭、讓遊客可以重新回味已消失的羅東森林鐵路」

 (土場派出所の脇に一棟の木造建築があるでしょ、あれは昔の土場駅の古い当時のものが再建されたものなの。斜め向こう側の道路の脇には、やはり再建された当時のプラットホームがあって、当時の古い車両と蒸気機関車が飾られてるんだ。旅行に来た観光客が昔のもうなくなった羅東森林鐵路を回想できるようにね)

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「1924年左右、森林鐵路完工、才改用鐵路運輸木材。當年為運輸林場木材下山、所興建的輕便鐵道系統、以土場為分界、分為「山地線」及「平地線」 。平地線起站為土場、終點為羅東、所以稱為「羅東森林鐵路」、簡稱「羅東林鐵」。民國七十一年、太平山伐林結束、山地線及平地線停駛、鐵道及車站陸續拆除或荒廢。 山地線的太平山森林鐵路僅保留茂興線的部份路段、轉型為太平山國家森林遊樂區的蹦蹦車、供遊客乘坐。 平地線則全數荒廢、直到近年來才陸續整修了幾座舊車站、以保存羅東森林鐵路的歷史記憶」

(1924年頃に、この森林鉄道は完成して、木材を運搬する鉄道として使われていたの。木材を山から下ろす時にちょっと便宜上、鉄道の系統を分けていて、この土場がその系統の分岐点だったわけ。系統は「山地線」と「平地線」に分けられていてね、平地線はこの土場を出発点として終点は羅東だったんだよ。だから俗に「羅東森林鐵路」と言われていて、「羅東林鐵」っていう簡単なニックネームもあるよ。民國71年に太平山の伐採が終焉を迎え、山地線も平地線もすべて使用が終わったの。鉄道と駅はどんどん取り壊されたり、荒廃していったりしたんだ。山地線は太平山森林鐵路としてわずか茂興線の部分だけが特別に残されて、往復する太平山國家森林遊樂區のトロッコ列車として、観光客を運んでいるわ。平地線は全部廃止されたんだけど、このところ、どんどん古い駅が修復されているの。羅東森林鐵路の記憶を後世に残していくためにね)

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 土場←→羅東を走っていた当時の羅東森林鐵路・平地線
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 こちらは当時の写真そのままの画質のもの
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続けて芊芊は話し始めました。

「台灣人對日本人感謝著喲。因為開闢這樣的深山裡的山林、由於林業讓羅東讓我昌盛。舖鐵路,使之發展」

(台湾人は日本人に感謝してるよ。なぜならば、こんな山奥の山林を切り開き、羅東の街を林業で豊かにしてくれたからね。鉄道を敷いて、発展させてくれたんだよ)

芊芊が私を案内してくれるところは、日本人のかつての統治時代の足跡が残る場所が多いのですが、ここもそうでした。かつて光復したすぐの時代は、排日・抗日的な考えで多くの日本統治時代の資産は壊されたり、荒廃したりしていました。しかし、今は日本統治時代の日本の台湾における役割やその施策が見直されていることもあって、多くの歴史的資産が再建されたり、再度、観光資源として活用され始めています。

少し前にヒットした「海角七號」の中に戦後、台湾人の若き恋人を置いて、日本に帰った日本人男性の恋文が7通ナレーションされますが、その中に次のような言葉があります。

「僕は君を捨てたんじゃない。泣く泣く別れたんだ・・・・・・」

私には日本という国の台湾に対する気持ちを代弁しているように思えてなりません。台湾を本当に発展させ、そしてこの台湾島を日本と同様にしていくことを願って、台湾のインフラ整備や教育、社会制度をつくっていった立派な日本人が数多くいました。彼らはこの台湾を植民地のように扱うのではなく、真に台湾人の幸せを願って努力そ重ねていたからこそ、戦後何十年も経った今でも、台湾人の心の中に感謝の気持ちが残っているのだと感じます。ここに朝鮮半島や満州などとの台湾の決定的な違いがあるように思えてなりません。もちろん、複雑な歴史的経緯はありますが、単純に考えると上に立つ人たちによって、こんなにも状況が変わり、かつて台湾を統治した日本人リーダーたちは、その気質が優れていたように思います。

私たちは早朝の誰もいない土場を下を向きながら、小声で話す芊芊と少しばかり散策しました。
芊芊は紛れもなく台湾人なのですが、彼女の心と私の心は民族の壁などなく、「人々が幸せになる 」ということの尊さ、異民族が互いに協力しながら国や街を発展させることの大切さを確認させてくれました。

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