October 2012 : 我徬徨台北的夜世界 ~My Twinkle Story with Taiwanese girls~

我徬徨台北的夜世界 ~My Twinkle Story with Taiwanese girls~

私は台北で駐在生活を4年間送りました。昼間は世界の平和と日本の経済発展を目指して全力でお仕事。夜になると地表にちょこんと顔出して、五木の街あたりを彷徨っています。そこで私は数多くの天使達と悪魔に出逢いました。そんな私の夜の彷徨いを台湾社会の複雑な仕組みなども紹介しながら書き綴っていきます。ほとんどの日本人が深くかかわることが難しいと思われる台北の夜世界の様子とエピソードの紹介が中心です。これは心優しい台妹たちを愛し、そこで出逢った人達とのかかわりや心のつながりをとても大切にしながら、これからも彷徨い続けていく私の軌跡です。

October 2012

迎月亭的晩上

明山森林會館の迎月亭はなかなかのものでした。2階建てになっているのですが、客廳(リビングルームのこと)もあり、二樓の寝室からの夜空は杉林の間に星が瞬いて、空気も澄んでいるのでしょうか、夏なのにちょっとひんやりした清涼な風が流れていました。

 杉林と迎月亭。小さく見えますが、実際にはなかなか立派です。
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 一樓には客廳があり、芊芊とここでよく話しました。
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 一樓の寝室。一家族が泊れるようになっていて、大きなキングサイズのダブルベットと小さなダブルベットがあり、大人の夫婦2人と子供2人が一部屋で眠れるようになっています。
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 二樓の寝室。1組の夫婦またはアベックが泊れるようになっています。実際に私たちが眠ったのはここ。
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さて、シャワーを浴びた後、客廳でゆっくりしていると芊芊もやってきて話が始まりました。

「這個旅遊是也終於結束」 (この旅行もいよいよ終わりだね)

確かに短くは感じたものの、結構、長い間、芊芊と台湾西部から中部を旅していました。星期一に免許を取得してすぐに出租車(レンタカー)を借りて、台北を午後に出発してからもう4日間が経っていました。

星期一 台北から台中へ 芊芊の思い出の地を夜にこっそりと周り、台中の汽車旅館泊
星期二 台中の彩虹村→太陽餅DIY→高美湿地と周り、鹿港天后宮へ 鹿港の民宿泊
星期三 鹿港を歩いた後、午後には王功漁港へ行き、夜に北港朝天宮へ 北港の汽車旅館泊
星期四 北港武德宮 →虎尾布袋戲館と日本故事館→古坑・華山咖啡園區と周り、夕方に南投に入って竹山の紫南宮→集集站と最も超ハードなスケジュールをこなしてここ明山森林會館に来ていました。

しかし、この明山森林會館の木屋は静かで、本当にリラックスでき、私たちも心身共に解放でき、戸建てだったこともあってゆっくりできました。明日の星期五は最後の清境農場で泊まり、星期六に台北というのが芊芊の今回の計画でしたから、残すところはあと2日となりました。ただし、私は台北で出租車を星期六まで借りること(つまり五泊六日)とおおまかな計画だけしか芊芊に知らされておらず、鹿港や北港に行き、最後は清境農場で泊まるということぐらいしかわかっていませんでした。

「星期天我想回台北。因為向我的計劃沒有住在台中的預定、所以我們的旅遊要更一天的」

(私は日曜日に台北に戻りたいな。だって私の計画には台中に泊まる予定はなかったの。だから、私たちの旅にはもう1日必要なの)

確かに1日目は鹿港まで行き、その夜は鹿港で泊まる予定でした。しかし、芊芊の故郷である台中に突然、寄ったのは私の判断でした。従って彼女の当初の予定には彩虹村や茶藝館、太陽餅店、高美湿地へ行くことは入っておらず、彼女がその場で考えた行程でした。従って、確かに1日ずれていて、芊芊はノートPCですべて住宿の預訂をその都度修正していました。

「 其實我已經結束聯絡了。也做再二天分的住宿的預約、出租車到星期日也借OK、貓貓也可以住寵物生活館、所以没問題的!」

(実は私、もう2日間分の泊まるところの予約もしちゃったんだよね。レンタカーも日曜日まで借りるのOKだって。それと猫もペット店が預かってくれるって言ってたから、問題ないよ!)

芊芊はいつものようにペロッと舌を出すような悪戯娘の表情で出し抜けに私に言いました。私がシャワーを浴びている間、ノートPCを使って網路をつないでいたようでしたが、山間部などでなかなかつながらないと言っていたのはどうやら、この作業をするためでした。

まったく、この娘はいつもこの調子です。思えば没有MCの話も突然でした。

人工流産の術後、芊芊は絶好調で、まったく体の不調を訴えることや突然の不正出血もなく、元気満々でした。
芊芊は思えば、服もところどころで安いものを買い足していて、旅行の継続はどうやら確信犯でした。私の暑假は正確にいうとこの星期四まで。しかし、年次休暇を1日使い、土日は当然、週休日なので休みという状況でした。土曜日に台北に帰り、日曜日はちょっと休養して仕事の再開に備えようと思っていた計画が見事に崩れてしまいました。

まあ、いいか。

私も芊芊の子供っぽい表情を見ると、1日遅く台北に帰っても実質的な問題はないこともあり、彼女の提案を了承することにしました。

「好的、芊芊」 (いいよ、チェンチェン)

そう言った瞬間、彼女は跳び上がるように喜んで、いきなり抱きついてきました。
本当に子供のような無邪気さがあり、気持ちを包み隠さない彼女の気質の魅力は他の子にはないものでした。

芊芊は実はちょっと心配だったのでしょう。仕事があることを彼女は知っていましたし、旅行費用も余分にかかることになるので、断られるかもという一抹の不安があったようです。まあ、私も芊芊もお金は余裕をもって持ってきていてそれぞれ、5万元ぐらいはありましたし、信用卡(クレジットカードのこと)もありましたから、問題はありません。車の運転も慣れてきたし、私もこの際、日本人がなかなか行けない台湾中部を巡ってみたくなりました。芊芊という最高の可愛い案内役がいるのは、本当に貴重なことだったからです。

「芊芊、明天我們去在那裡?」 (チェンチェン、ところで明日はどこへ行くの?)

また、「秘密的」というと思っていたら、彼女はあっさりと今回は答えてくれました。

「是台灣的秘境中的秘境喲!」 (台湾の秘境中の秘境だよ)

よくわからないのですが、南投は確かに山間の縣。なかなか行けない所に行くようです。
あまり、訊くと楽しみがなくなってしまうので、私も深くは訊かないことにしました。

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私と芊芊は陽台に出ました。高く伸びた杉林から垣間見える夜空には落ちそうなぐらい星がいっぱい。
明日、この元気娘はいったい、私をどこへ連れて行ってくれるのでしょうか?

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変貌的歴史

さて、南投・鹿谷郷の山中にいた私たちは渓頭森林遊樂區の入口にある 「明山森林會館」 に私たちは泊まりました。妖怪村ができる以前、このホテルはかつての東京大学演習林を受け継いだ台湾大學實驗林の第二入口にあたっていて、杉林の中に当時から森林浴を目的に来る台湾人客のためにありました。童話森林といういろいろな童話に出てくる白雪姫やシンデレラ、不思議の国のアリスなどのキャクターの人形やオブジェが飾られた森林があって、そこに本館とは別にコテージも数多く設置されており、森林散策を目的としていました。このホテルは妖怪村ができる以前からあり、すでに40年以上の歴史がありますが、妖怪村が開村してからは、妖怪村色を全面に打ち出して、このところ、訪問者が激増して一層の成功をし、大きな変貌を遂げました。
妖怪村Facebook

 角色(コスプレも中国語)好きの台湾の若い子にも妖怪村はうけました。模特の撮影も今はとても多くなっています。台湾小姐による可愛い犬神様。
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 これは妖怪村が開村する前の明山森林會館。本館のトップには妖怪イラスト壁がありません。まわりの雰囲気もまったく変ってしまいました。当時は訪れる人も決して多くなく、静かすぎる杉林の中の飯店でした。
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 芊芊と行った当時2008年頃の明山森林會館でもらった概況図。鳥居は東京大学演習林の名残として当時は台湾大學實驗林第二入口でした。今はこの横に妖怪村が開村しています。 
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 明山森林會館の童話森林。奥深い杉林の中に童話に登場する動物やキャラクターたちの人形があります。
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妖怪村が開村してからは、 観光に来る台湾人たちはここに泊まるのですが、私が芊芊と行った当時は妖怪村色はまったくなく、まだ、森林の中にある静かな山荘風大ホテルという状況でした。当時よりも今は一層、充実度が増していて大きなメインのホテルと森林の中にはコテージも独立棟としてあり、妖怪村のキャラクターがホテル内には多く飾られて雰囲気を盛り上げていますから、一度、お泊まりになると楽しめると思います。
明山森林會館HP~楽しいつくりのHP ぜひ、クリックしてみて!
明山森林會館紹介
溪頭-明山森林會館(妖怪村)~妖怪村とのタイアップ後の現在の様子

 現在の明山森林會館。本館の屋根部分に妖怪村のキャクターのイラスト壁が新たにできました。
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 現在の明山森林會館の大廳。妖怪村の専属ホテルというイメージで今は大々的にキャンペーンをしています。
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 現在は妖怪村の入口となったかつての日治時代・東大演習林入口の鳥居。台大に演習林が移ってもそのまま維持されていて、私と芊芊が行った頃はこの奥に松林さんの子孫が妖怪村の造成を始めだしていました。
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芊芊は前日にここを網路で預訂していましたが、宿泊客はバイクや自転車のツーリストや大学生アベックの台湾人が2組で来ているような感じで、あまりこのような山林は子供には面白くないのか、家族連れはほとんどいませんでした。落ち着いた住宿で空き部屋も多かったこともあり、私たちは本館でも別墅(別荘のこと:コテージ)でもどこでも選んで良いと言われました。せっかくだからということで芊芊とちょっと木屋區(木造コテージエリアのこと)にある豪華な4人用の1戸建てを選択、値段はどこでも同じでいいと言ってくれました。

しかし、私たちがどのタイプの部屋でも良いと言われたのにはちょっと理由がありました。この明山森林會館の別墅はすべて異なるつくりになっていて名前も童話の森の中に点在するので「有巣館」(アリス館)などと童話に登場するキャラクターの名前や自然の風物の名前がついています。大家族で泊まるような集英客棧や二世帯が泊れるような暁風館などの大きな別墅もあります。

要領の良い芊芊は基本的にいつもニコニコしていて愛想が良いので、日本人の私がこの南投の山奥にある日本ゆかりの地をわざわざ訪ねてきたことをアピールして、チェックインの時に會館の支配人までフロントにあいさつで登場してしまいました。従って、結局、夕食の自助餐(バイキング)の啤酒免費も含め、すごくおまけをしてもらうことになり(このあたりが台湾のいいルーズさです)ました。

預訂では普通は2人の場合は本館の雙人房(2人部屋)または別墅も1房間のタイプになるのですが、4人や家族連れで泊まるのが標準の3房間(2寝室と1客廳)別墅1棟を2人分の料金で借りてしまいました。さらに芊芊は星が見たいので2樓(2階のこと)に陽台(ベランダのこと)があるタイプがいいと話をしてあっさり、OKになってしまいました。値段は確か2人で2500元ぐらいだったと思います。ただ、台湾独自の網路割引、平日割引だとあっという間に定価の半額ぐらいになってしまうこともあり、さらに妖怪村ができた今はかなり高い値段になっていますね。きっと当時とは異なり、客はひきもきらない状態という話ですから、このようなことはもうありえないと思います。
明山森林會館 : 小木屋別墅~すべての別墅の画像があり、わかりやすいです。

 私たちが泊まった迎風亭。三角屋根で狭そうに見えますが中は広くて3房間ぐらいありました。二階の寝室を出るとすぐに陽台(バルコニー)があり、1階にも陽台(こちらはベランダ風)が両サイドにあって夜風が気持ち良かったです。 外から見ると苔むしたような屋根の青いペンキの塗ってあるちょっと安っぽい感じでしたが、中はとても広くてきれい、快適でした。
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この明山森林會館は旧・東京大学の演習林のことや妖怪村を建造している松林氏の家族のことをすごく大切に思っていて(この明山森林會館も松林氏一族の経営のようです)、日本人である私を大歓迎してくれました。妖怪村が開村した今は日本人もよく泊まるようになったと思いますが、当時は日本人が来ることは極めて珍しく、日本の大學の農学部林学系の研究者が時折訪れるのみだったようです。會館のスタッフはとてもフレンドリーで夕食の時もすごく、私と芊芊のところに話に来られました。人見知りせず、誰とでもすぐに仲良くなる才能のある芊芊はすぐに日治時代から現在の経緯、2009年から開村を始め、2010年にはほぼ完成する妖怪村の概略やこの明山森林會館のタイアップの仕方などの話をしていました。今、明山森林會館には妖怪のキャラクターでアメニティや内装が統一されていますが、あれは芊芊がこの時にアイデアを出していたので、もしかしたらそれが参考ににされたのかななんて勝手に思っています。

 現在の明山森林會館のマスコットキャラクターの妖怪公仔・枯麻(KUMAR) 
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 現在の明山森林會館のアメニティグッズ。当時とは異なり、すべて妖怪村一色になっています。
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現在は妖怪村の松林商店區でやっているようですが「竹筒飯DIY」というのが、この明山森林會館では当時、やっていて、南投・竹山と鹿谷は杉林と竹林で有名ですから、粽づくりか竹筒飯づくりを夕食時にやっていました。これは私は初めて見たのですが、芊芊はまた自慢げな顔をしてていねいにやりかたを教えてくれました。しかし、実は説明の看板が目の前にあってイラストもありましたから、だいたいわかったのですが、こんな時の芊芊は生き生きとしていますから、気持ちよく習わないといけません。

 現在は妖怪村の松林商店區で観光客への売り物のひとつとして実施されているようです。
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「DIY竹筒飯就只是把炒過的米飯裝進竹筒内、封上鋁箔紙後、放入蒸籠內蒸熟。因為會館厨房說直接幫我們製作、不要擔心的。密密麻麻的竹筒飯中!」

(DIYの竹筒飯はねただ、炒めたお米を竹筒の中に入れるだけ。そして上の部分をアルミ箔で封入してセイロで蒸すのよ。だからDIYと言っても會館のスタッフが直接、話しながら私たちがつくるのを手伝って くれるから心配ないから。だめだめ、竹筒の中には隙間がないようにご飯をいれなきゃ!)

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この竹筒飯はもともと原住民の料理法だったようで、鍋やフライパンなど米を料理する調理器具代わりに竹を使い、竹の熱伝導率と耐久性の良さ(かつて竹は電球のフィラメントなどにも使われていました)を生かすとともに竹の香りや防腐効果をも活用したものです。実際にはセイロで蒸したりすることなく、豪快に野火で焼くようです。南投・竹山では翌日気がつきましたが道路でもよく原住民のおばさんと思われる方がこの竹筒飯を売っていて
[南投鹿谷]隱藏在鄉間美味~天鵝湖茶花園巨無霸竹筒飯,邊吃美食邊看螢火蟲

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明山森林會館の本館で吃飯をしながら、楽しく會館の方々と語り合った後、私と芊芊は童話森林の別墅・迎月亭に移動しました。そこで、芊芊はまた、思わぬことを言い出したのです。

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世界は動く Vol.5~財政の崖

このところ、殺人的に忙しくて、ブログをアップする時間すら余裕がない日々が続いています(継続中)。土日も最近は休みが取れず、仕事をこなす日々で、ブログ更新を楽しみにされている方が多いのに、申し訳ないです。

仕事が忙しいのは、この10月がアメリカ企業の決算期にあたること。5月にMotorolaを買収したGoogleの決算が手始めに10月18日に発表され、第3四半期の純利益は前年同期比の20%減で株価が10%以上の急落。Googleの株取引が一時中断されるなど、波乱の展開から始まり、全般的にナスダック 市場が不調、さらにNYダウも10月24日に1ヶ月半ぶりの安値をつけるました。今、大統領選も控え、世界経済の減速を背景にアメリカ企業収益の先行き不透明感が残る展開になっています。何とかP&Gが高収益を上げたことに引っ張られて10月25日は再び、反発したものの、今後の世界経済の展開が非常に読みにくい傾向が続いています。

 Google社・四半期売り上げ高の推移(単位:100万ドル)
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このところ発表されるアメリカの経済指標そのものの数値は決して悪くないのですが、やや数値がマチマチなところもあり、ドル円の為替相場もこの2週間で大きな変動となっています。10月30日に開かれる日銀の金融政策決定会合において、日本国内の消費者物価指数上昇率が目途としている1%に届かず、デフレ脱却がなされないことなどから、追加緩和政策に踏み切るという観測も強まっています。そのため、アメリカ企業の株価が低迷する中ではあるものの、日経平均は9000円を近辺を底堅く変動しており、円安期待への輸出企業を中心とした期待感傾向は10月中旬から強まっており、この2週間でドル円は強力なレジスタンスがあると言われた79円を突破、10月26日早朝には80.4円近くまで約4ヶ月ぶりの水準まで急上昇しました。ユーロ、豪ドルなどのクロス円もこれに同調して高騰、特に7月24日にスペイン危機を背景に94.1円まで空前の暴落を見せていたユーロ円は10月11日から連日急騰し、104.6円まで高騰していました。
日銀は10月30日の決定会合で何を決定するのか

しかし、10月26日にはこの動きが一転、ドル円は利益確定の売りや、80.3円以上の輸出企業のドル売りオプションが相当数観測されていたことから、一気に79.5円まで急落しました。あわせてユーロ円も103円を切ってついに102円台後半にまで1円以上1日で急落しています。

これは日銀の追加緩和への具体的な政策がはっきり見えてこないための期待薄の感触が出始めたのをはじめ、26日に発表されたアメリカの四半期GDP速報値が2%と予想を上回ったものの、主要アメリカ企業の輸出や設備投資が弱く、住宅販売保留指数もやや高く、新規失業保険申請数も思ったより減少しないなど、アメリカ経済の回復はまだ、はっきりと見えない状況が原因となっています。あわせてユーロもスペインの失業率が過去最高となり、失速。再び、欧州危機の亡霊が姿が見え隠れしだしました。とどめは10月25日に発表されたアメリカ企業の牽引役だった第4四半期アップル社の決算。iPhoneの販売は好調だったものの、iPad miniの売り上げが伸びす、 純利益82億ドルは予想を大きく下回り、株価が下落、ドル円が80円台をキープしつつあった円安傾向もここに来て急ブレーキとなりつつあります。
米アップル決算、純利益は予想を下回る-CNN
iPadミニの強気価格は裏目に出る?
コラム:アマゾンの「ジャム」よりアップルの「果実」~ロイター
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すなわち 、10月中旬から好調なアメリカ経済指標と日銀追加緩和の期待から円安傾向が続き、本格的にアメリカ経済の復帰というシナリオとトロイカを中心としたギリシャへの対応、スペイン選挙の与党勝利とスペインのECBへの支援要請期待というシナリオとで円安が急速に進んだものの、日銀の追加緩和はどうやら内容に乏しく、さらにはスペインの失業率の悪化、10月24日に発表されたドイツIFOの低下、欧州PMIの低下で欧州経済への不安再燃、アメリカ企業の四半期決算の数値が低迷、アメリカ株価の下落といったことが明白になるにつれ、10月上旬にアナリストたちが描いたこれら一連のシナリオが崩れていきつつあります。世界経済が再び、失速していく懸念が頭をもたげだし、円安を歓迎していた輸出産業中心の日本経済も再び、勢いがややそがれつつある状況の中で10月26日の金曜日を終えています。
コラム:「円安」が長続きしない理由=佐々木融氏~ロイター

 欧州経済の失速
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来週、10月月末から11月にかけて、ドル円は再び、80円台に乗せるのか?
ユーロドルは再び、1.30に乗せるのか? ユーロ円は再び、104円台に乗せるのか?

そして、注目のアメリカ大統領選の動向は今後どうなるのか?その結果、アメリカの方向性はどうなるのか?
さらに10月30日の日銀金融政策決定会合における金融緩和の内容と具体的な強力な金融施策はあるのか?

この10月に一層、混迷を極め、先行きが不透明になってきた世界経済は今後、どうなっていくのか?

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世界を相手にビジネスをしていく私たちは、為替動向、各国の中央銀行の金融政策の動向を一層、注視していかねばなりません。各国通貨のボラティリティは輸出入産業においては極めて重要であり、通貨オプション契約の実際をどうするかはビジネスの根幹となるわけですから。
通貨オプションによる予定取引のヘッジ

さらにバーナンキFRB議長がこのところよく使う「fiscal cliff」(財政の崖)問題はアメリカ経済のみならず、世界各国の急務の課題として広がりを見せており、各国の経済状況をさらに分析し、リスクに備えなければなりません。日本においても「財政の崖」の足音が聞こえてきています。
米企業「財政の崖」より怖いのは・・・・・日本経済新聞
財政の崖と欧州債務問題が世界経済の脅威=IMF専務理事

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国際的なビジネスにおける難しさ、世界の経済状況の読み、そして情報の交錯。
厳しい試練の日々が続きます。

未完成的妖怪村

さて走りに走って、溪頭妖怪村に7時前には到着できました。山道の割には視界が開けていて走りやすかったことや信号もほとんどなく、芊芊のナビも正確で迷うことなく集集站から来ることができました。最初から芊芊は夕方から夜にかけて、この妖怪村に入る予定でした。理由は雰囲気があうから。まあ、当然と言えば当然。確かに妖怪は太陽が燦々と照りつける昼間より黄昏時から夜にかけての方がぴったりです。

実は私たちが行った頃の妖怪村はまだ、造りかけでほとんど、人がおらず、今のようなテーマパークの感じはまったくありませんでした。何もない山林の中にちょっとした建造物があるぐらいでした。ガイドにも載っておらず、なぜ、こんなまだ、未完成の所へ芊芊は私を急がせたでしょうか?

 現在の妖怪村のモニュメント・日本天狗。開村して多くの観光客を今は集めています。私が行った当時は、まだ、着工しかけで、多くの建物やモニュメント・オブジェがほとんど未完成でした。
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妖怪村は南投・渓頭にあるいわばテーマパークですが、特段、面白いアトラクションがあったり、仕掛けや演出があるわけではありません。日本のいろいろな妖怪を台湾風にアレンジしていて建物やオブジェに具現化しているような雰囲気を味わうようなテーマパークです。

現在、意外と小さな子供や家族連れは少なく、若いアベックや女の子の小グループに人気が有るようです。確かに子供は怖さもあるし、基本的に山奥の物寂しい雰囲気と古い日本の昔ながらの妖怪に出逢う為に来るわけで、さらに妖怪村内は食べ物屋やお土産屋がほとんどのため、若い子たちが家族連れよりも若い学生などがアベックやグループで来るのに向いているのでしょう。

 現在の妖怪村の茶樓。妖怪村の原産啤酒も発売され、開村から盛り上がりが続いています。
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しかし、芊芊はなぜ、当時はまだ見所もない、できかけの妖怪村にわざわざやってきたのか?
やはり、芊芊がここを選んだのは意味がありました。

「你知道為什麼把這裡稱為松林町?」 (ねえ、どうして、ここを松林町というのか、知っている?)

「因為現在台湾人松林先生製作中、這個妖怪村」 (台湾人の松林さんという人が今、この妖怪村をつくっているの)

「松林是日本人的名字。為什麼台湾人?」 (でも松林というのは日本人の名前だよね。どうして台湾人なの?)

「日治時代、都台湾人稱為日本人的名前」 (日本統治時代はね、すべての台湾人が日本名を名乗っていたのよ)

「以前、這一方森林裡是東京大學演習林的。久保田先生是日本鳥取縣人、他在日據時代曾任演習林駐台主任。由於台湾人、松林勝一為人和善又與日人久保田主任同齡、故交情甚篤、情如手足」 

(以前、このあたりはね、今の東京大學の演習林だったのよ。久保田さんという鳥取県出身の人がいて、彼が日本統治時代、この演習林の主任だったの。台湾人の松林勝一さんはね、とても久保田さんと気があって、同じ年齢だったこともあって、すごく親しくなり、本当に仲の良い友人になったんだ)

「久保田主任因日本戰敗回日本後、松林先生生活過的並不如意、當了幾年的郵差。後來一間小小的麵包坊、取名「松林久保」、多年後因用火不慎。麵包坊慘遭祝融、妻子不幸在火場中喪生」

(久保田主任は日本の敗戦後は日本に戻ってしまったの。だから松林さんは雇い主を失って、生活が苦しくなってしまったため、何年か郵便配達などしていたんだ。でも、その後、その時ためたお金でちょっとした小さなパン屋さんを開店したの。そして、そのパン屋の名前は2人の名前をとって「松林久保」と名付けたんだ。でも何年かしてね、火災が発生してしまい、パン屋さんは全焼し、奥さんや子供もその火災で命を落としてしまったんだ)

芊芊の口から、とても心に染みる、気持ちの入った言葉が続きました。

普段、ちょっと脳天気でオチャラケなところがある芊芊ですが、時々、すごく、心に語りかけるような言葉を心を込めて連続させる時があります。そんな時の芊芊はある意味、とても輝いていました。

「松林先生獲信後多日難眠、便寄了筆錢希望久保田重新來過、十多年後久保田親自將這筆錢送還松林先生、兩人相見老淚縱橫。當晚松林先生將樹下埋藏二十多年的酒取出痛飲。短暫相聚後久保田先生依依不捨的離開了台灣・・・」

(松林さんはしばらく、眠れない日々が続いたの。だから、お金を久保田さんに送って、また、久保田さんに台湾に来て欲しいと手紙を出したんだ。十年後、久保田さんはこのお金を返しに松林さんに返しに来たんだけど、その時、再開した2人は涙を流して喜び、その夜は20数年ぶりに2人で飲み明かしたの。本当に短い再会の時間だったけど、久保田さんは名残を惜しみながら台湾を去ったんだ・・・)

「在松林先生八十歲生日那年、他再次收到久保田的來信、信中除了捎來祝福外,還告訴松林先生。他請人在日本刻了一個木雕要送給他、松林先生欣喜之餘與久保田相約赴日的時間、卻因健康因素一直無法成行。幾年後、松林先生一直聯絡不上久保田先生松林先生、在過世之前告知後代、希望後代能將此遺願完成」

(松林さんが80才の時、彼はまた、久保田さんからの手紙を受け取ったの。手紙には誕生日のお祝いも書かれていたんだけど、松林さんにぜひとも知らせたいことがあったのね。それは久保田さんが彫った木彫をぜひ、松林さんに渡したいという内容だったんだ。松林さんは大喜びで久保田さんと日本で会う約束をしたの。だけど、健康上の理由で行くことができなかったの。松林さんはずっと久保田さんに連絡できてないうちに体が弱ってしまって、亡くなる直前に子供たちにこのことを伝えたんだ、久保田さんが彫ってくれた木彫りの彫刻を受け取ってきて欲しいと)

この後、実際に松林さんの子孫たちはこの木彫を受け取りに日本に行き、2010年には久保田さんへの感謝の気持ちを込めて、妖怪村内に「久保田烘焙坊」というパン屋をオープンさせています。

  現在の久保田烘焙坊。日式の造りで雰囲気があります。どうやら今は「咬人貓麵包」というパンが名物のようです。
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芊芊はここが数年後にはすごく、観光客が集まるテーマパークになると言っていました。私たちが行った時は、いるのは私たちだけでした。しかし、芊芊の予言通り、工事は進み、今は多くのオブジェが完成して、食べ物屋や土産物屋も充実しています。私も正式に開村してからは行っていないのですが、なぜ、あの時、芊芊がまだ、宣伝もしておらず、正式に開村もしていなかった妖怪村のことを知り得ていたのか、不思議でした。

しかし、それは、私の甘い考えでした。

日本人と台湾人の交流に学生の頃から興味をもち、高中時代、多くのレポートを仕上げていた芊芊はいつも絶えず、本や雑誌、網路で勉強していました。今回の台湾中部の旅は彼女にとって日本統治時代の多くのエッセンスが散りばめられた場所を日本人の私と訪れるという目的があって、未完成で工事中の妖怪村に行くことにも彼女にとっては意味があったのだと思います。

「 久保田先生是日本鳥取縣人、 日本鳥取縣是日本妖怪原郷的。久保田為感念久保田當年對台湾人・松林勝一先生的照顧、現在松林先生的後代打造本妖怪村在台」

(久保田さんは鳥取県人で、鳥取県は日本の妖怪の故郷なんだよね<多分、水木しげる氏の妖怪ロードが境港にあることから>。だから久保田さんの台湾人である松林勝一さんへの思いやりに対して、松林さんの子孫たちが現在、この妖怪村を台湾に作っているんだよ。)

「用以紀念台湾人・松林勝一與日本人・久保田兩人堅定的異國友誼」

(ここはね、台湾人の松林勝一さんと日本人の久保田さん、2人のとっても硬い異国間の友情の証しなんだ)

芊芊は暗い星空の輝く夜空を見上げながら、囁きました。

それは芊芊がいつも話していた日本人と台湾人の国境を越えた心情を表した故事でした。
だからこそ、この妖怪村が完成して行く様子を見に来ることは、芊芊と私にとっては大きな意味があったのです。

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 画像はイメージです。芊芊ではありません。最近は模特兒の写真撮影スポットとしても人気が出てきたようです。

高気圧小姐

時刻はもう夕刻近く。今日のこれからの予定はいったいどうなっているのか、また、ちょっと心配になってきました。しかし、おおらかな台湾人の気質を併せ持った芊芊は一向に客にせず、相変わらず暢気な顔をしています。

「不要擔心。今天也我已經預訂住宿了!」 (心配しないで。今日も私はちゃんと宿を予約してるから)

しかし、芊芊は自分の計画をいつもギリギリにしか言わないことが多く、私を驚かせよう、喜ばせようとする彼女なりの気遣いなのですが、一応、計画性の高い日本人ですから、不安になることもなきにしもあらずでした。しかし、ここは台湾。さらには自分自身も来たことがない台湾中部ですから芊芊に命運を託すしかありません。

さて、紫南宮に小一時間ほどいた私たちは再び、車に乗り、南投の田舎道を走り出しました。30分も走ったでしょうか、芊芊がちょっと街になっているあたりの所に来たところで、細かく行き先を指示しだしました。

到着したところは、やはり、日本統治時代ゆかりの地でした。田舎の鉄道の駅なのですが、駅の名前は「集集車站」。果たしてこんなところまで来る日本人が何人いるのか、と思うような小さな駅でした。日月潭に行く途中ではあるので、ちょっと途中で寄り道したりすることはあるにせよ、私たちが行った時には少なくとも日本人があまり来ている様子はありませんでした。

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「集集站因位於集集線鐵路之中心點、日治時代屬於台中州新高郡、為當時地方行政中心。它是一座以檜木建造的古老車站。雖曾遭921大地震損毀。現已重建完成。集集線小火車、是集集現今最珍貴的活古蹟,初期以載運工程材料為主 ,不過隨後亦負擔起運輸沿線鄉鎮的旅客、香蕉、稻米、水果和木材的功能。在日治時代、正是臺灣香蕉外銷日本。當時的台中州新高郡一帶所產的香蕉、都在集集集散,再藉由集集支線運往外地以外銷日本」

(集集駅はね、集集線という鉄道の中心だったの。日本統治時代にここは台中州新高郡に属していて、行政の中心でもあったんだ。檜で作られたとても古い駅舎なんだよ。だけど1999年9月の921大地震で倒壊してしまったから、今の駅舎は再建のもの。集集線の小さな列車は今ではとても珍しい古い史跡としての意味もあるんだ。もともと初期の時代はいろいろな工事のための材料を運ぶ線だったんだけど、沿線に住む旅客やこのあたりで生産されるバナナやお米、果物や木材なんかも運ぶ役割も担いだしたんだ。日本統治時代は台湾バナナを日本に輸出をすごくしていて、この台中郡一帯でとれたバナナをすべてこの集集に集めて、ここから集集支線からどんどん日本に輸出されていったんだよ)

名前が「集集」というのは、このあたりでとれたバナナなどの農産物をここに集めていたことから来ていたことが、芊芊の説明によってよくわかりました。日本統治時代はとてもこの集集線は重要な役割を果たしていて西にある二水駅で縦貫鉄路と合流しており、台北や高雄へ当時はバナナなどの農産物が運搬されていた歴史がある、やはり日本人の手によるところが大きい鉄道でした。駅舎も昭和初期の日本的な建築要素を取り入れたつくりになっていますが、感動したのは、一度1999年9月の大地震で倒壊した後に台湾人の企業家である葉氏の寄贈により当時の日治時代と同じ形式の駅舎が再建され、さらにそれが現在は台湾鐵路管理局に返還されて、現在は鉄道観光の拠点として活気を再び取り戻していることでした。

 1999年9月21日に発生した大地震によってほぼ倒壊した昭和初期に作られた集集車站。
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ここにもかつての日本人の台湾での足跡があり、そして、それを台湾発展の基礎としてとらえ、当時の日本様式の駅舎を再建してくれた台湾人たちがいました。歴史的に見れば、台湾のバナナを当時の日本に運ぶことが主力だった鉄道を負の歴史ととらえず、台湾の古跡として扱って観光化してくれた台湾人に私たちは感謝すべきであろうと私は感じました。

私と芊芊は車站の前のロータリーに車を停め、ちょっと黄昏時の「集集車站」に入ってみました。

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本当に昭和時代の日本にタイムスリップしたような駅で、再建されたとは思えない当時の雰囲気そのままの感じでした。芊芊も初めてここには来たようで月台(プラットホーム)を改札の所から覗いたりしていました。すると駅員の人がやってきて、芊芊と何か話し出しました。

「我們可以進去月台的」 (私たち、プラットホームに入っていいって!)

いつの間にか芊芊は駅員と話をつけ、そのやさしい台湾人の駅員さんの許可を得て月台に入る許可をもらったようでした。私が日本人であることを話し、日本人にとってゆかりあるこの集集車站をぜひ、見たいという希望があるとどうやら伝えたようです。こういう時の芊芊はとても人なつっこいところがあって、多くの台湾人は彼女の可愛い無邪気な笑容にやられてしまうことが多く、芊芊の交渉力は実に天才的でした。

私たちはその好意を受け、本当に日本の片田舎にあるような雰囲気の月台に入りました。とりたてて何かがあるわけでもないのですが、かつて昭和の初めにここに多くの日本人がいたことを考えるとちょっとした感慨がありました。芊芊もちょっとボーッとするような表情でこの台湾の中部と日本を結ぶ集集支線の先を見つめていました。線路は台湾国内で当然、終っているのですが、かつて、この線路が運ぶ多くの農産物の道程は海を渡り、日本まで続いていました。あれから100年近い時が経ち、今、日本人の私と台湾人の芊芊がここ集集車站の月台に立っていました。それはある意味、本当に懐念を感じさせるものだったように思います。

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駅舎を出た私たちは駅前にある蒸気機関車や戦車などをちょっと見学して、車に再び戻りました。

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ここ集集車站は台湾鐵路管理局が保有する支線の中でも最も利益が上がっており、「集集車站」は鉄道観光の拠点として街もこのところ急速に整備されつつあります。駅前には鉄道にちなんだ土産物屋も多く、今回、時間が無いことに駅舎を出たところで芊芊が気付き、結局行かなかったのですが、車站の脇には鐵路文物展示館も開館し、多くの鉄道ファンを集めているようです。

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「我們没有時間的!」 (私たち、時間がなくなってきたよ!)

夕刻になった集集車站で芊芊が急に言い出しました。
自分でここに寄ると決めていたのに、この「高気圧ガール」はしょうがありません。
ただし、頭の中は基本的にいつも「晴れ」なので、あんまり気にしている様子もありません。

 ちょっと色黒の小麦色の肌で茶髪、いつも肌を露出する服を着ていた芊芊のイメージにピッタリ。雰囲気は若くして亡くなられた夏目雅子さんのような雰囲気の元気少女でした(ただし、芊芊はショートカットの黒髪ではありませんでした)。いつもプラス思考で「何とかなる」という思考回路は台湾人のオプチミスト気質をもつ典型的なお気楽娘でした。だからこそ、特にあてもないのに、「どうにかなる」と考えて私大に入学し、家出同然で台北にやって来たのでしょう。


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「芊芊、今天下次我們過去在那裡?」 (チェンチェン、今日は次、どこへ行くの?)

「哈哈哈、其實妖怪村的」 (エヘヘ、実は妖怪村なんだよね)

距離にしてここ集集車站から鹿谷の妖怪村までは田舎道と山道をだいたい30kmぐらい入らなければいけません。今は夕方ですから到着予想はとばしにとばして夜の7時頃。ただ、道は1本道ですからわかりやすく、何とか芊芊が言うところの妖怪村の閉村時間の夜8時には間に合いそう。

「開車快快的!」 (急いで車、運転しなきゃね!)

芊芊はいつものエヘヘ笑い。悪戯っ子が遊び過ぎて門限に間に合いそうになくなった時のような顔をしていました。
まったく世話の焼ける娘なのですが、無理を言われてもどこか憎めないところがあります。

まあ、とりあえず急がなきゃ。

お気楽な高気圧ガール・芊芊と共に夕暮れの集集を出発。南投の田舎道を妖怪村を目指して再び疾走し始めました。

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土地公銀行

私たちは華山を下り、福爾摩沙高速公路に再び乗りました。 「福爾摩沙」はフォルモサと呼び、台湾島を表す麗しの島(美麗島)のあて字にあります。さて、この高速公路を快適に北上してあっという間に南投縣に入りました。南投縣は台湾のほぼ中央、まさしくど真ん中にある山地がその多くを占有する独特の縣です。日本で言うと長野県のような感じの環境と言えばいいでしょうか。

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芊芊は本当に忙しい娘で、せっかくの大旅行、とりこぼしがないように、次から次へと予定を入れ、一緒に旅をしていて飽きることはありません。彼女は汽車を運転しないので、休息は車内と決めていて、おしゃべりな彼女はまったく話題が尽きるということはなく、私も楽しくリラックスして快適に運転をすることができました。特に台湾の地の利に明るくない私をナビゲートするという重要な役割が芊芊にはあって、方向カンの良い彼女の指示がなければ、とても日本人だけでは効率良くいろいろな場所をまわることはおそらく不可能だったと思います。

さて、竹山鎮に入って芊芊はどこへ行くのだろうと思っていましたが、突然、途中、どうしても行っておきたい宮が竹山鎮にあると言い出しました。もう少しで夕刻になるのですが、彼女はまったくおかまいなしです。

着いた所は紫南宮という大きな宮。ちょうど涼しくなりかけた時間ということもあって、多くの人が参拝に訪れていました。北港で2つの宮で拜拜したのですが、芊芊が言うのはここが今回の旅行で最後の拜拜する宮だということでした。

「紫南宮是發財金的。原來這裡是全台灣最知名的「土地公銀行」、來此進香的信眾,幾乎都是來向土地公「借錢」的」 

(紫南宮はお金を貸し出す神様なんだよ。神様の土地公は台湾で最も有名で土地公銀行とも呼ばれるの。だからここへお祈りに来てね、皆、土地公にお金を借りるの。)

私は芊芊が何を言っているのか、よくわかりませんでした。神様には普通、お賽銭を加護あるように普通支払うのに、どうしてお金を貸し出すのか、銀行じゃあるまいし、そんなことは一般的には考えられません。しかし、宮に向かって歩きながら芊芊は説明をし始めました。

「宮借給信徒的小額現金、有「預祝發財」之意。信徒多半會以此為本錢、做生意、投資等等、希望有神明的加持、能夠一本萬利。等到1年借期屆滿時、信徒無論是否賺大錢、都會多還200~300元、以感謝神明賜福保平安、若事業成功者、還會拿出數萬元至數十萬元加碼酬謝 」

(ここの宮はね、信者に少額のお金を貸し出すの。「お金が儲りますように」という意味を込めてね。借りた信者はビジネスや投資などにそのお金を使うと神様のご加護があって、たくさん儲るということなんだ。期限は1年なんだけど、満期になると信者は大きなお金を稼いだかいなやかに限らず、全て200~300元を加えてお金を返しすの。もし、お金をいっぱい稼ぐことができたら、数万元から数十万元ぐらいをお礼に加えて返して感謝するんだ)

五路財神を崇める芊芊は今日の午前中に北港武德宮の財神爺に願いごとをしたのですが、今度は実際に神様が貸し出すお金を借りたいという目的がありました。お金がないというわけではなく、どうやら縁起をかつぐということでお金を皆、借りているようで、この紫南宮は1年間で約2億元にものぼる貸出金があるとのこと。正直、私の価値観にはこのような神様がいるということはありえなくて、台湾の信仰の多様さに驚いてしまいました。 

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入口のところで金紙と柱香を買った私たちは早速、拜拜を芊芊としに正殿に向かいました。金紙を芊芊が買うのは珍しいのですが、彼女が言うには、、この紫南宮では必須とのこと。とにかく金紙は分厚いのですが、私と芊芊の2人分をそれぞれ買いました。芊芊はこういう時にすごくこだわりがあって、必ず、自分のお金で払わないと効果がないということを言います。従って、確か50元だったと思いますが、それぞれが別々に買うということになりました。

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先に求金の仕組みがどうなっているのか興味があったこともあって、求金服務中心の方へ私は行ったのですが、その前あたりに金の鶏の像がありました。思わずさわろうとすると、芊芊が「不可以」と私にまだ、さわらないようにいいました。

「拜完之後就可以來這裡摸個金雞」 (土地公にお参りした後にやっと金雞にさわることができるんだよ)

 この宮にはいたるところに金雞があり、みんなが金運を求めて金雞や金の卵をさわるので、もう、黒く変色。
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 もっとも土産物として人気がある金雞。この紫南宮の象徴として崇められています。買ってくればよかった・・・。 
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とにかくまずは拜拜をしなければいけません。私たちは6本の香柱と入口の所で芊芊が買った金紙をもってまずは正殿に戻り、拜拜をしました。お金の土地公だけあって、とにかく桌にはすごい量の金紙。後で燃やしてしまうのですが、きっと毎日毎日、大量の金紙が消費されているのでしょう。

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 3人の係員による燒金紙。


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さて次はいよいよ今日の芊芊の目的である求金です。

「XX先生、你也求金嗎?」 (ねえ、お金、XXさんも借りる?)

私も日本人として借りた人がいるのかどうかわかりませんが、ちょっと借りてみたくなりました。しかし、1年後にここへ返しに来なくてはならないという不安があり、土地公との約束を守れないと大きな災いがあるような気ががして、結局、芊芊だけが借りることになりました。

「在金雞的旁邊就是服務中心、想要求發財金就是在這裡。並不是所有人都可以求發財金的。要求一定要身份證、駕照或有照片的健保卡、不滿20歲是不能求的」

(金色の鶏像の横の所に求金のサービスセンターがあるでしょ。お金を貸してもらうのはまず、ここへ行かなきゃ。でもすべての人がお金を借りられるわけではなく、身分証や運転免許、または写真のある健保卡が必要なの。それと20才になっていないとダメなのよ)

 求金・還金の服務中心。
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芊芊は人工流産の時も20才になっていて事なきを得ましたが、ここでも20才になっていた意味は大きく、發財金の条件はすべて満たしていました。しかし、芊芊は「還有」(まだある)と言いました。

「要先去土地公前求發財金及擲杯。求金卡的單子上面所有資料都是自己填、可是“求金金額這項可是土地公填的。步驟就是去剛才拜土地公那裡、進去裡面後就可以拿二個籤杯求。報上姓名、身分證字號、家裡地址、工作地址名字…等。發財金的上限是六百元。第一次擲杯如果是聖杯就是可以借到六百元的發財金。如果沒有聖杯的話就要再求一次、第二次就要再降百元變成五百元。一次就有聖筊可借六百元、二次才有聖筊可借五百元、三次才有聖筊可借四百元、四次才有聖筊可借三百元、五次才有聖筊可借二百元、六次才有聖筊可借一百元、若六次都沒有聖筊就是土地公公說你不缺發財金、再沒有的話就要一直降到答應為止」

(まず最初に土地公の前で發財金のお願いと擲杯をしなければいけないの。まずは求金をお願いする短冊みたいな紙に自分の資料を書いてうめるんだけど、借りられる金額だけは土地公が決めるから空けておくんだ。さっき私たちは土地公へのお参りが済んでいるから 、2個の籤杯を持ってくることができるよ。名前、身分証の字號、家の住所、勤務先の名前などを書くんだ。發財金の上限は600元で最初の擲杯で聖杯がでると600元を貸してもらえるんだ。もし、聖杯が出ないともう一回できるけど發財金は100元減って500元になるわ。さらにまた聖杯が出ない場合は100元ずつ減っていくということになるんだよ。だから1回目で聖筊があれば600元、2回目だと500元、3回目だと400元、4回目だと300元、5回目だと200元、6回目まで来ると100元しか借りられないの。もし6回やっても聖杯が出なければ土地公はあなたにお金を貸さないっていっているというお告げなんだ。だから、もし聖杯が出なければ、ずっと土地公の答えはもらうことができないの)

 紫南宮の求金卡。必要事項を記入し、これと併せて身分證や駕照を一緒に提示しなければいけません。 
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ここでも重要な要素が擲杯に託されていました。今度は北港朝天宮のように3回連続聖杯を出すわけではなく、3回のうち1度聖杯を出せばいい、一般的な擲杯ですし、もし3回やって一度も聖杯が出なくても100元マイナスで發財金が出ますから、最後は100元になりますが、一応6次の擲杯の機会があります。6次(1次は3回の擲杯ができる)すればまったく聖杯が出ないという確率はとても低く、見ていると運が悪い人でも3次ぐらいで聖杯を出し、いくらかの發財金を受けていました。 

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芊芊はさっそく、ピンクの紙片に自己を証明する必要事項を書き込み、擲杯を始めました。いつもの調子がなかなか出なくて1回目、2回目と聖杯にはならず笑杯が連続、最後は芊芊が擲杯を握りしめてお祈り。お祈りの甲斐があったのか、3回目に無事、聖杯が出ました。 私たちは服務中心に再び並びましたが、多くの人が集まってきていてちょっと10分ぐらいの待ち時間がありました。PCでいろいろと個人資料を入力していて、確かにさながら銀行のカウンターや窓口のようです。

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やっと芊芊の手続きが終わり、手渡された紅包袋の中には600元が現金で入っていました。

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芊芊はとてもうれしそうにいつものバッグの中に大切そうにしまいこみました。

「芊芊、你會以此為本錢、做生意嗎?」 (チェンチェン、このお金、やっぱりビジネスのために使うの?)

「恩、我買我的衣服。因為當我被框的時候、我們必須穿禮服在外面、所以我要新的禮服的」

(うん、私はは服を買うの。なぜなら框されて外へ行くときは、私たちは必ず禮服を着なければいけないんだ。だから新しい禮服を買うの)

実はこの時の土地公から借りたお金で買った禮服は、私にとっては後に大変、心に残るものになりました。
しかし、この時、私はそのようなことは、まったく 無頓着で、笑いながら「好好」と答えました。
 
この紫南宮は七星級厠所(トイレ)があることも有名で、豪華絢爛、中には噴水もあって驚かされます。ちょうどドライブでトイレに行っていなかったこともあって、芊芊と入ってみました。このような豪華な宮の厠所で用を足すとちょっと運が向いてくるような気がします。名産の筍のフォルムをしていて、「金筍」と呼ばれており、使用後にはお賽銭を入れるのが一般的で、私も芊芊と小銭をちょっと箱に入れました。

 紫南宮の厠所 「金筍」。六星級とか七星級とか言われており、中もピカピカ。清潔そのもので豪華ホテルのトイレのようです。係員がいて絶えず、清掃しており、いいかげんには使えない雰囲気があります。
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紫南宮の入口の所には大きな竹で編まれた金雞があって、その下にはくぐると金運が良くなるというトンネルのような穴があります。ここをみんな来た信者は時々くぐっているのですが、 とても小さくて、くぐっているのは子供か若者。おじさんの私としてはちょっと恥ずかしかったのですが、芊芊の「一起去吧!」という勢いに負けて一緒に彼女の後ろをついて四つんばいに近い格好で何とか通り抜け、宮を出ました。

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宮の周辺は多くの人で賑わっていて、参道には多くの店が並び、南投・竹山の特産品や「金運」に関わる神様グッズをたくさん売っています。雲林・北港とはまた雰囲気が異なり、農産物も 紅蕃薯(サツマイモ)、香蕉(バナナ)や筍が名物でたくさん並んでいました。

 雲林・北港以上に地方色が豊かでいかにも台湾の田舎という感じ。ちょっとやぼったい雰囲気が南国らしいです。
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 大量の紅蕃薯(サツマイモ)。雲林・水郷のものも有名ですが、南投も産地として知られています。
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 絲瓜布(ヘチマのたわし)。台湾ではなかなかお目にかからないのですが、南投では特産です。
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 紫南宮の特産である蓮花餅。手工でしかできないらしく、店先で実演しながら油で揚げています。
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芊芊があの時、紫南宮の土地公から借りた600元を1年後、返しにいったかどうか、私にはわかりません。

今は彼女との約束もあって、12月24日に錢櫃の前で別れてからは彼女のことを思い出すことは数多くあっても、実際に逢ったり、連絡をとったりすることはまったくありません。
しかし、信心深い芊芊のことだから、きっと南投・竹山まで返しに行っていると思います。

神様にお金を借りる。

そのお金はきっと、今の彼女の幸福につながっていたと私は今も願っています。

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Stand by me

さて、昼食は近くの餐廳で軽く食べた私たちは汽車に乗り、南投・竹山鎮を目指しました。東西向快速公路に乗り、台西古坑線のつきあたりにあたる古坑郷で高速公路を降りました。虎尾から高速公路に乗るとあっという間。しかし、目的地は南投の竹山鎮のはず。しかし、芊芊はちょっと行きたいところがあると言います。

「我想過去地方一些」 (私、ちょっと行きたいところがあるの)

「你知道古坑的名産嗎?」 (ねえ、古坑の名産品知ってる?)

「不知道」 (わかんないなあ)

「聽説很久以前日本昭和天皇很喜歡喝台湾咖啡。所以那時代在台湾南部咖啡栽培很繁盛。不過日治時代後台湾的咖啡栽培衰退、咖啡的生産量越來越少了。所以有的人説台湾的咖啡是幻想的咖啡。但近年台湾咖啡栽培復活了。尤其是雲林縣的古坑咖啡很有名。台南東山也有名。我很喜歡古坑咖啡。因為那個味道不太苦。所以好不容易到這裡來了、我想過去台湾珈琲的原郷」

(とてもずっと以前のことなんだけど、日本の昭和天皇は台湾のコーヒーが大好きだったみたいなのね。だから日本統治時代には台湾の南部ではさかんにコーヒーが栽培されていたの。でもね、戦争が終って日本統治時代が終ると需要がなくなってコーヒー栽培は衰退してしまったんだ。コーヒーの生産量もどんどん少なくなってね、みんなは台湾のコーヒーのことを幻のコーヒーなんて言っていたこともあったわ。でも最近また、台湾のコーヒー栽培は復活してきたの。特にこの雲林の古坑でつくられるコーヒーは特に有名なんだ。台南の東山も有名ね。私はとっても古坑のコーヒーが大好き。なぜならそんなに苦みがなくておいしいからね。だからせっかくここまで来たんだから、ちょっと台湾コーヒーの故郷を訪ねたくなったの)

※ 咖啡は中国語表記。珈琲は日本語表記です。出来る限り、中国語表記を使っています。

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華山咖啡原郷之美

やはり、芊芊が訪ねるのは日本統治時代ゆかりの地でした。ここ古坑も日本人がかつて咖啡栽培を行い、台湾にその手法をもたらしていました。雲林は本当に日本人の足跡を感じるところで、きっとこの豊かな自然をどう活用して台湾を活性化するかを当時の日本人は考えていたのでしょう。

さて、私たちは芊芊がナビを見ながら指示する方向にどんどん汽車を進めるとあっという間に台北の陽明山のような感じの道路に入りました。この山は華山と呼ばれていて、華山咖啡園區と呼ばれる山の斜面にオープンエアのカフェが立ち並び、コーヒー農園が点在する所でした。もともと台湾は「茶」の文化の国で日本統治時代が終了してからはコストが高く、割に合わないコーヒー栽培はどんどん衰退していったようです。しかし、1990年代にアメリカからスターバックス等のコーヒーチェーンが進出、西洋的な食生活にややスライドしつつあった台湾人の嗜好にもマッチし、21世紀に入った頃から再び、観光化とも併せ、復活をしてきました。ただ、その生産量は当然、まだ少なく、一般化するところまでは行っていません。どちらかというとまだ地方の特産品として扱われる傾向が強く「幻のコーヒー」たる由縁はこのあたりにどうもあるようです。お土産や箱製品が中心のため、台湾の古坑咖啡が飲める店は古坑郷以外ではとても限られていて、台北では天母に巴登咖啡の分店があります。この巴登咖啡の総本店は雲林古坑・荷苞山麓にあり、台湾の咖啡栽培の復活のきっかけをつくったのが、このお店と言われています。 
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荷苞山咖啡豆

さて、華山路に沿ってどんどん山道を登っていくと多くの「咖啡」の看板を見ることができます。華山咖啡園區の入口あたりは漢字が並ぶ台湾らしい風景なのですが、途中にある多くのカフェは山の斜面に建っており、台湾とはちょっと思えないようなおしゃれな造りが多く、だいたいのお店がオープンテラスをもっています。また、庭園式咖啡というのもさかんで、自然に囲まれたきれいな庭園で咖啡を飲み、景色を見てゆったり自然散策するのも人気があるようです。

 庭園式咖啡館の様子。数え切れないぐらいの咖啡館が次々とオープンしています。
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 クリックすると地図が大きくなります。藝術拠点としての整備もされてきており、村なのに今やとてもお洒落なスポットです。カップルのデート向きですね。 咖啡民宿も多く、アートと自然と咖啡というスノッブな組み合わせで観光化を図っています。 
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堅持自產頂級咖啡豆的華山文學步道咖啡園(華山の珈琲の様子がよくわかる台湾女性の旅行記ブログ)

 華山咖啡園區の入口付近。奥の土産物屋の主力商品は咖啡。このあたりは台湾らしい雰囲気です。  
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 お洒落な藍色公路咖啡館。ビンロウの木々が南国の雰囲気を醸し出しています。華山は今、お洒落なデートスポットに変身中。景色も良くて、咖啡を飲みながら愛を語る台湾カップルがきっと多いでしょう。 
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 女の子が好きな點心(デザート)も充実。コーヒー味の様々なお洒落なケーキやパフェなどが売り物。
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私たちはせっかくなので華山の雲頂・最高地點にある咖啡館へ。いくつかの咖啡館があります。どうやら美しい夜景を見に来るカップルが多いようで、午後のちょっと中途半端な時間はティータイムにもかかわらず、結構空いていて、オープンカフェの景色の良いテーブルに座ることができました。素晴らしく景色が良く、眼下に雲林や彰化の街が一望でした。

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まわりは咖啡の農園というよりはビンロウの木がこの華山はすごくたくさんあって、ビンロウは椰子の木の仲間ですからちょっと南国のカフェという感じでしょうか。芊芊も咖啡が大好きで台北では中山北路にあるMr.Brownや85℃で待ち合わせをよくしたことはこのブログでも何回か書いてきましたが、ちょっと陽明山のTopsと雰囲気が似ていて開放的な雰囲気でおいしい台湾コーヒーを味わいました。台湾コーヒーはジャマイカの高地斜面で栽培されるブルーマウンテンと味が似ていると言われ、苦みが少なくコクがあるという評判で、私も台湾にいながら初めてこの時、飲みました。

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 金斯敦咖啡(キングストンカフェ)のマスターは2006年台湾咖啡節の花式咖啡の優勝者でもあり、2008年には全國咖啡達人事業組でも優勝した達人。素晴らしいコーヒーアートの腕前です。


「台湾咖啡如何?以前我聽説你去過巴西和牙買加。巴西珈琲和牙買加藍山咖啡還是台湾咖啡、比較好嗎?」

(台湾のコーヒーはいかが?ねえ、前にブラジルやジャマイカに行ったことがあるって言っていたよね。ブラジルのコーヒーやジャマイカのブルーマウンテンと台湾コーヒー、どっちがおいしい?)

「都很好。那個國家有那個國家的好處。所以台湾咖啡也好味了」

(すべておいしいよ。どこの国にもその国の良さがある。だから台湾コーヒーもすごくいい味だ)

「我很高興認識你。雖然我們遇到在酒店、我們是永遠的朋友、你呢?」

(私はあなたと知り合えて本当にうれしいよ。私たちは酒店で出逢ったけど、永遠の友達だよね、あなたは?) 

「謝謝、芊芊。我也很想念你喔!我的心情跟你一様」

(ありがとう。僕もとても芊芊のことを想っているよ。僕の気持ちも同じさ)

古坑華山の風で芊芊自慢のきれいな茶髪を靡かせながら、彼女は英語でささやきました。

「Stand by me、I hope to stand by me」  (私の近くにいて。私を支えて)

芊芊は時々、私が中国語がわからないような顔をすると急に英語を使うのですが、この時はまったくそんなことはありませんでした。彼女とつきあうとわかるのですが、芊芊はいつも自分の気持ちを口に出すときは茶目っ気を出して、冗談交じりで言うことが多く、茶化してごまかすようなところがすごくありました。いつも言い終わった後は「エヘヘ」という感じの笑い顔をして舌をペロッと出すような感じです。

私は芊芊に対して今までにない感情をこの時はすでに抱いていました。愛人や恋人にしたいというよりは、愛らしくて子供っぽいところのある大きな娘と共にいるという感覚がすごくありました。でも芊芊は実の娘ではないし、女性としての魅力も十分にある子でした。ですから、表現をするのが難しいような新たな感覚を自分でも彼女との出逢いから獲得していたというのが本当のところです。きっと芊芊も複雑な思いと自分でもきっとよくわからない未知の感情の中、私と行動を共にしていました。だから、この時、彼女は中国語でもなく、日本語でもない英語で自分の気持ちを表現したのだと思います。

「Yes,I keep to stand by you」  

私もちょっと照れくさくなって、芊芊に英語で答えました。

When the night has come
And the land is dark
And the moon is the only light we'll see
No, I won't be afraid
Oh, I won't be afraid
Just as long as you stand
Stand by me, so

Darling darling stand by me
Oh, stand by me
Oh stand, stand by me, stand by me

If the sky that we look upon
Should tumble and fall
Or the mountain
Should crumble to the sea
I won't cry, I won't cry
No, I won't shed a tear
Just as long as you stand
Stand by me, and
 
Darling darling stand by me
Oh, stand by me
Oh stand, stand by me, stand by me

Whenever you're in trouble
Won't you stand by me, oh stand by me

 世界が唱う「stand by me」。BB・Kingの名曲をJohn Lennonもカバーしていますが、これが一番素晴らしい。


 咖啡の白い花。意外と咖啡の木の花については知られていません。
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 雲林古坑郷華山の咖啡小姐の方々。台湾は必ずと言っていいほど、その街が力を入れている産品を宣伝する小姐がいますね。11月~12月にかけて毎年、台湾咖啡節というフェスティバルがあり、ここ、雲林古坑郷も盛り上がります。同じ古坑でも産地の山が微妙に異なり、加比山、華山、苞荷山などの産地で細かくブランドを分けています。
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我是像日本人

北港の宮を跡にした私たちはいよいよ、芊芊が言うところの最後の目的地、南投に向かうことになりました。このところ早起きになった私たちはまだ、時間十分。しかし、今日はかなりハードに汽車で走らないといけません。今日は星期四(木曜日)でしたが、私も芊芊もこの週の星期天(日曜まで)まで前後の土日を併せて9日間ほどが暑假でしたから、まだ、余裕があります。ここまで、星期一の夕方、台北を出発してその日は台中に泊まり、星期二は台中で夕方まですごして夜に鹿港へ。昨日の星期三は鹿港から王功、そして夜に北港へ入って邦尼熊汽車旅館に泊まって、今日を迎えていました。

芊芊の計画は好奇心の強い彼女らしく、強行軍で台湾の中西部を次々に移動するというものでした。この日はこれから虎尾を通過して夕方に南投・竹山鎮に入るというプランでした。明日の星期五は竹山鎮から北上して清境農場に入って泊まり、星期六に台北に戻るという予定を立てていました。距離はたいしたことはないのですが、南投は山道になるため、時間はかかるかもという芊芊の予想でした。今までは高速公路を使って快適にとばしてきましたが、今度は一般道がほとんどなので、ちょっとペースが落ちると思っていました。

まずは今日の下午は虎尾へ。芊芊が言うにはとても面白いとのことでした。日本人の私にとっては王功などと同じようにまったく聞いたこともない地名で台湾觀光でも見たことがありませんでした。何があるか、芊芊はいつもながら教えてくれませんでした。北港の武德宮は北寄りにあって虎尾まで距離は約20km程度でしたし、田舎道でしたから、すごく空いていて昼前には到着してしまいました。

「你知道糖廠嗎?」

私は「糖廠 」という言葉がまったくわからなかったのですが、芊芊のFACTORYという説明でわかりました。製糖工場のことでした。 

「虎尾原本是人跡罕見的窮鄉僻壤、大約1900年左右大日本製糖株式會社設立後開始帶動發展。糖產量躍居全國之冠,因此被冠上「糖都」之稱。在台灣製糖產業急速萎縮的現在、虎尾糖廠依舊持續經營」

(虎尾はね、元々人があんまり住んでいなかった片田舎だったの。だけど1900年頃に大日本製糖の工場ができて発展し始めた街なんだ。製糖生産が全国一になって、虎尾は「砂糖の街」と呼ばれるようになったんだよ。だけどその後、台湾の製糖産業自体が急速に衰えて、今は台糖虎尾製糖という会社になって何とか経営を維持しているけどね)

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大日本製糖株式會社台灣支社虎尾製糖所全景

芊芊が案内する所のひとつのポイントとして、日本統治時代の歴史にかかわる場所が多いという特徴がありました。もう一方で思いっきり、外国人が知らないような台湾ドメスティックな場所も選ぶという視点もありました。虎尾はその両方に合致した街で、本当に小さく静かな街でした。

芊芊の日本統治時代の知識は本当に豊かでした。彼女自身はいつも「日治時代」という言葉を好んで使っていて批判的な意味合いもある「日據時代」という言葉はあまり使いませんでした。親日家の前総統として知られる李登輝氏を支持していて、現在の政権である開放政策をとり、台湾は中国の一部だとする國民黨(国民党)には良い印象をあまりもっていませんでした。日本統治時代に日本は同化政策を台湾でとったことが台湾の発展の基礎になった面が多くあるという考えが彼女の高中時代の研究の結論であり、日本人が台湾の教育制度やインフラの整備、上下水道の敷設などを積極的にしてくれたことをとても評価していました。

台湾の甘蔗(サトウキビ)産業の発展には虎尾などにおける日本の糖廠が欠かせない要素だったという考えを芊芊はこの時、車の中でさかんにしてくれました。虎尾糖廠の煙突2本は高い建物がない田舎町なので、遠目からでもとてもよく目立ちます。工場内の見学はしませんでしたが、日本統治時代の建造物も残っており、また甘蔗を運ぶ台糖鐵道の運行は1月から4月ぐらいが最も多く、この時期に見ることはできませんでしたが、ちょっとさびれた線路などの風情を味わうことはできました。 

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虎尾糖廠榨糖季(現在の台糖工場内を詳しく案内したブログ)

さてちょうどお昼近くに虎尾に到着した私たちが最初に訪ねたのは雲林布袋戲館。

「這個建築物、是從前、日本的虎尾地区行政和治安政府機關、暱稱是虎威古郡。在實施地方自治以後、改制為虎尾警察局」

(この建物は、かつて日本統治時代は虎尾郡の役所だったんだよ。土地の人は虎威古郡と呼ぶの。日本統治時代が終ってからは虎尾地区の警察署になっていたんだ)

芊芊がいつも連れてきてくれるところは、日本統治時代の面影が残るところが多いのですが、ここもそうでした。大日本製糖工場をここに設立し、巨大な砂糖製造産業をこの地で発展させ、鐵道を敷いた日本人は、虎尾においてはリスペクトされていることが多いらしく、そのことも芊芊はさかんに言っていました。日本統治時代が終った後はこの建物はしばらく警察分局として使用されていたのですが、新たな警察署が完成して移転、今は台湾の伝統芸能文化である布袋戲を紹介する文化館になっています。雲林は布袋戲の故郷と言われ、さらにここ虎尾周辺は毛巾(タオルやハンカチなどのこと)製造産業が発達しているため、以前からとてもさかんに行われていたようですが、1990年代に開かれた全国の伝統芸能を紹介する政府の活動の中で注目され、地元の方々の熱意でオープンしたとのことでした。

雲林布袋戲館(1)
雲林布袋戲館@最完美(美しい館内の様子が豊富な写真で紹介されています)
布袋戲在台灣的演變與改革(詳しく紹介がされている中国語サイト)
雲林文化旅遊(雲林縣政府文化局の公式HP)

布袋戲は台湾の代表的な民間芸能で布で作った人形を操偶師(人形使い)が操り、楽団と口白師傅(口上師)が音楽を奏でてセリフを言うといういわば、人形劇です。 台湾では祭礼などで行われていた民間芸能でしたが、今は日本の文楽のように表演藝術の側面が高まっています。また、現代的なストーリーや幻想的なストーリーを演じる実験的な布袋戲も近年はさかんです。「霹靂(PILI)」というVFXを多用した布袋戲ドラマが2010年頃には台湾で驚異的な視聴率を記録し、日本でも放映されました。日本でも昔、辻村ジュサブロー氏が作製した人形劇「新八犬伝」がNHKで放映され、人気を博しましたが、子供っぽくなく、どちらかというと若者などに今は伝統文化と新たな映像文化の融合としてとらえられてきています。使われる人形は台北や桃園空港の大きな土産物屋には置いてあることもありますが、あまりじっくりと見る機会は少なく、私もこの時に芊芊に教えてもらってじっくりと多くの布袋を見たのは初めてでした。


霹靂-PILI公式HP(日本語版)

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布袋戲館を出て吃飯しようと芊芊に言いましたが、すぐに次の所に出発しようと私を促しました。彼女に案内されて到着したのはすぐ近くにある雲林日本故事館でした。
雲林故事館(雲林縣政府文化局の公式HP)

「 日治時期興建以來雲林故事館是虎尾郡守官邸、 在實施地方自治以後、 雲林縣等行政長官宿舍。所以這個建築物是日式房舎的」

(ここは日本統治時代に建てられてから虎尾郡の郡守の官邸(住居用宿舎)だったんだよ。日本統治が終ってからは雲林縣の行政長官が住んでいたの。だから、この建物はね、日本式の住居になってるんだ)

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確かに家屋は日本的な家屋で、一瞬、日本の家に来たのかと錯覚するような感じでした。大正時代の木造建築物でかつてここに日本人が住み、虎尾の行政に携っていたことに、ちょっと感慨を憶えました。虎尾は本当に日本人ゆかりの地で、日本人の手によるものをたくさん感じることができる街です。

雲林故事館

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中に入ると畳が敷いてあり、縁側もあって小さな家屋ですが、まさしく日本古来の家でした。雲林でたくさん作られている毛巾で軒先にはたくさんの照る照る坊主が吊されていて、思わず、芊芊と静かに座り込んでしまいました。暑い夏の昼下がりですから、あまり人もおらず、時折、暑假でやってきた子供連れの家族が散策している程度でした。

「我想誕生作為日本人。我真的喜歡日本文化、慣習。如果我是日本人的話、應該覺得我没有難過比較少」 

(私は日本人として生まれたかったよ。私は本当に日本の文化や慣習が好きなんだよね。もし、私が日本人だったら、多分、こんなに苦しい事や辛いことが少しはなかったように思うんだ)

芊芊がどうしてそこまで思うのか、私にはわかりませんでした。台湾人でも日本人でも生活苦があるかどうかはわからないことなのに、芊芊は日本人の方が幸せなことが多いと思っていました。私は日本人としてちょっと気恥ずかしかったのですが、台湾・雲林のこんな田舎の街にもかつて日本人がいて、甘蔗(サトウキビ)産業を発展させ、街をつくり、台湾の発展に貢献していました。雲林・虎尾の台湾人の方々は韓国や大陸とは異なり、かつて外国人である日本人が支配していた頃の象徴だった建造物を文化遺産に指定して、台湾の伝統文化である布袋戲の歴史や展示を行う布袋戲館や日本故事館として大切にしてくれました。そして、何よりも驚いたのは、こんな雲林の小さな街に日本人が来てくれたということで、故事館で会った台湾人の家族連れに必ずと言っていいほどあいさつされたことです。  

台湾という国は本当に親日的な国で、日本のかつての統治していた時代のことを「台湾を植民地にして搾取した」と考えている人もいますが、私が出逢った大半の台湾人の方々は台湾を豊かにする礎えを築いてくれたと言ってくれました。そして、現在の台湾の若者たちも東京に憧れ、北海道の雪を見たいという思いをもち、アニメやコミック、音楽などの流行文化も好んでいる人がたくさんいます。

先日の中秋節の頃にはたくさんの子とLINEやAPPで聊天(チャット)をする中で、若い子たちも尖閣諸島の問題を真剣に考えていました。台湾の子たちの提案は、国際的には無理なことですが、台湾と日本は仲がいいのだから共有すればいいとか、領土権が欲しいのではなくて、台湾人に漁業権を与えれば、きっと台湾人は満足するからということを多くの子が語っていました。尖閣諸島で漁業ができ、もし、海底油田が見つかったら両国で保有して利益をわかちあえばいいということも強く主張していたことも印象的でした。「私たちは日本人と争いたくはない」「私たちは領土を占有しようとする韓国や大陸とはちがう」と真剣に彼女たちは訴え、そして国際社会の中では中国の一部地域と見なされ、孤立しがちな台湾を日本人はもっと認めて、さらに関係を深めて欲しいとも言っていました。

「芊芊、在日本人也在台灣人也、一定正是重要那個國家的文化的心情才、我想重要的」

(チェンチェン、日本人でも台湾人でも、絶対にその国の文化を大切にしていく気持ちこそ、僕は重要だと思うよ)

外に出るとちょっとした日本庭園があって、私と芊芊は散策しました。

「我是像日本人嗎?」 (私、日本人みたいでしょ?)

「烤水林鄉的有機番薯!!」 (水林郷の有名な有機栽培のヤキイモだ!)

ちょうどお昼の1時をまわり、まだ昼ご飯を食べていなかった私たちにヤキイモのいい香りが漂ってきました。ヤキイモというと普通は冬なのでしょうが、ここ台湾ではおかまいなし。思わず、お腹が減っていた私たちは早速買いました。雲林は本当に農作物が豊かで水林郷は有名なサツマイモを有機栽培している産地として有名。

日本式の家屋が見える庭園でヤキイモを食べて歩く。

私には本当に芊芊が日本人に見えるような気がしました。

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紅色的紙條

さて車に戻った私たちは北港武德宮へと向いました。芊芊が行きたがっていた五路財神の総本山です。

朝天宮からはちょっと距離があるのですが、やはりこちらも巨大な宮でびっくり。大きな門があってその前が駐車場になっているのですが、台湾の宗教関係の宮や廟は地方に行くととても巨大なものが多く、驚かされます。台北にある中正紀念堂などや圓山大飯店などもかなり巨大で初めて行くとなかなか感動しますが、だんだんと感覚が麻痺してきて巨大さに慣れてくるようなところがあります。
北港武德宮HP

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車を置いて中に入るとさらにその立派さは朝天宮に劣らず、五路財神への信仰の厚さを感じることができます。財神爺を祀るこの宮は台湾の五路財神をあがめるすべての宮の総本山で、午前中にもかかわらず、多くの人が訪れていました。

 天空に聳え立つという表現がぴったりの北港武德宮。中心の高い建物が廣天大道院(玉皇殿) 。 
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 宮の入口にある「大天庫」。いわゆる天界の倉庫にあたります。
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芊芊は私の家に居候に来たときもQ版五路財神像を持ってきて、日頃から御利益があるようにあがめていましたから、今回の旅の主目的のひとつは財神爺本神のいる、ここ北港武德宮に来ることでした。

「我很開心的」 (超うれしいよ) さっき朝天宮で神様グッズを買った時と同じ言葉を言って、本当にニコニコ。

多分、芊芊の心境とは日々、一番崇めている五路財神の総本山に来れば、その御利益は必ずあると信じて疑っていないといった状態で、顔を見ればわかりますが、興奮していて足早。一刻も早く財神爺に逢いたいようでした。

さて足早な芊芊に手を引っ張られて、中に入ると見事な宗教建築で、特に朝天宮が私たちが行った時は修復大工事をしていてその美しいフォルムを見ることができなかったため、正直、感動しました。

 強い日差しの中、美しい姿を見せる正殿。ここに武財神(通称:財神爺)が鎮座しています。
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 「最初我們過去正殿。財神爺在武德宮正殿、內殿端座是鎮殿武財神本尊」

(最初に私たちは正殿に行くよ。財神爺は武德宮正殿にいるの。正殿の中に座っているのが財神爺の本尊なんだ)

さっそく私たちは目的である芊芊が一番逢いたがっていた財神爺に拜拜に行くために武德宮正殿に向かいました。正殿の前にはもうすでに多くの人がいて皆、柱香をもって拜拜をしています。私たちも拜拜をするために正殿へ入って行きました。

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そして正殿の中心には黒い顔の武財神が他の財神を従えて鎮座していました。芊芊はすごく敬虔な表情になり、武財神の前に進むと跪きました。それはあれよあれよという間の彼女の動きで、この時は私のことなど眼中にありませんでした。そして、いつものように自分の名前、住所、生年月日、性別を唱え、一心に拜拜をしています。私はその姿を見て本当に芊芊から聞いていた生い立ちが頭の中を巡りました。

芊芊は台中の貧しい家庭に生まれ、持ち前の明るさと聡明さで家庭の苦しさにも負けず、高中の頃から打工をしながら受験勉強に励んでいました。卒業後は台湾大學や政治大學のような国立大學で学び、将来は律師(弁護士のこと)として身を立てたいと願っていた芊芊はしかし大學入試に失敗。法律を学ぶ夢をあきらめきれなかった彼女は両親の反対を押し切り、台北の私立大學に家出同然で入学しました。

しかし、入學金は高中の時の打工の蓄えで何とかしたものの、その後の學費を支払うあてはありませんでした。奨学金を銀行から借りようにも家は信用破産していて保証を受け付けられず、士林夜市でTシャツを売りながら何とか当初は凌いでいたものの、ついには月5000元の家賃も支払えなくなり、生活苦から酒店へ。しかし、契約した經紀人に家を用意してもらい、學費を立て替えてもらったものの、そのために一個星期4天のPTとして上班せざるを得なくなり、大學に通うことができなくなるという悪循環。さらには吃軟飯の男から表面的なやさしさをかけられて、人生経験が少なく素直な彼女は、その男に稼いだ金をも取られるようになり、妊娠、そして人工流産の手術に至ってしまいました。

しかし、孤独な中でも騙し騙される世界の中でも彼女は明るさを失うことはなく、自分に正直に大都市・台北で生きていました。偽りかもしれませんが、包廂の中では笑容を客人にふりまきながら。

彼女がもし、少しばかり豊かな家に生まれていたなら、そして、もう少し幸運に恵まれていたら・・・・・。芊芊は決して大金が欲しい、贅沢三昧な暮らしをしたいとはまったく思っていませんでした。今は酒店小姐としていくばくかのお金を手にしたものの、その代償として彼女が失ったものは少なくなく、普通の女生として平凡な生活ができること、それが彼女の心からの願いであったことを私は知り得ていました。

だからこそ、幸運に巡り逢えるように微力な彼女は武財神をはじめ、多くの神々に祈ることしかできませんでした。

そんな芊芊と私は偶然、巡り会い、そして彼女の孤独を共有することを決心しました。そして、芊芊を酒店小姐としてではなく、一人の聡明な女性としてつきあってきた私は少しばかり、彼女のプライドとアイデンティティを取り戻すことに貢献できたのかもしれません。何度となく芊芊の涙を見ましたが。

私も武財神に祈りました。しかし、必死に祈る芊芊を見て、この時ばかりは自分の願いはありませんでした。

「財神爺、你給幸福的生活一點未來、到誠實的芊芊。她會照顧及體諒周圍的人。拜託您了、拜託您了・・・」

(財神爺、誠実な芊芊に未来は少しだけ幸福な生活を与えてあげて。彼女は周りの人を気遣い、思いやることができるから。お願いします、財神爺・・・・・)

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跪いて拜拜をしていた芊芊は顔をあげ、そして、立ち上がりました。

「對不起、我一心一意地祈禱了・・・・・」 (ごめんね、私、つい、一心不乱にお祈りしちゃった・・・・)

「没關係」 (大丈夫だよ)

「你是祈禱什麼的?」 (あなたは何をお祈りしていたの?)

私はいつも芊芊がするような笑顔をちょっと見せて言いました。

「秘密的」 (秘密だよ)

子供っぽいところがある芊芊は私を悪戯娘のように軽く、笑いながら叩きました。

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さて、じゃれつく芊芊の相手をしながら、私たちは正殿の奥にある大きな建物に向かいました。この武德宮の中心にある大きな建物は廣天大道院(玉皇殿)と呼ばれるのですが、吹き抜けで天井が高く、院内は金色に所々が美しく輝いていました。まさしく台湾人がよく使う表現の「金碧輝煌」(美しく輝く様子を示す言葉。日本の金閣寺などがこの表現にあたります)がまさしくあてはまる煌びやかがありました。

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「偌大的道院內有高聳參天的列柱!!」 (この広くて大きい道院の中に天を仰ぐように高い柱があるよ!)

来たことがない芊芊も前もって調べていて、知っていたのでしょうが、この廣天大道院を見たくてしょうがなかったようでした。確かにすごく立派な柱が4本立てられていて、言葉が出ないぐらいの雄大さ、煌びやかさでした。奈良の東大寺大仏殿も実際に行くとその大きさに感動しますが、ここもなかなか。人工的な美というか、ちょっとイミテーションくさいのですが、十分に目を見張るだけの価値がありました。

「芊芊、財神爺在那裡?」 (チェンチェン、 財神爺はどこにいるの?)

「不在這裡。道院內奉祀的是道教最遠古的幾位尊。三清道祖、玉皇大帝、斗姆的」

(ここにはいないよ。道院の中に奉られているのは道教で最も古い神様の三清道祖、玉皇大帝、斗姆などだからね)

でも芊芊と見たこの北港武德宮の壮大さを感じると、すごく自分自身が小さなことにこだわるちっぽけな人間なような気がしました。芊芊はやはり、子供のように院内を物珍しそうにキョロキョロ見上げては、いつもの落ち着きのない芊芊に戻ってしまいました。何かいつも私に話しかけていて「厲害」(すごーい)とか言っています。無邪気なところは芊芊の大きな魅力なのですが、このような場所に来ると彼女のもつ素直な童心が一層、 戻ってくるような印象がありました。

再び私たちは正殿附近に戻ると、朝天宮で見たのと同じように鐘の中に願い事を書いた赤い紙がいっぱい貼られていました。

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「你教過我、鐘內貼滿了一張張紅色的紙條、若是覺得運氣一直不順、可以將自身所遭遇到的壞運寫在紙條後貼上去、就可以去除惡運嗎?」

(芊芊、鐘の中に貼ってある赤い紙は、もしずっと運が悪かったら、悪運がなくなるようにという願い事を書いて貼るといいんだよね?) 

「恩、是的」 (うん、そうだよ)

「了承的。我寫在紅色的紙條後貼上去!」 (わかったよ。僕、赤い紙に願い事を書いて貼るから!)

「剛剛在朝天宮的時候、你跟我説過没有惡運、你説謊過的」

(だって、さっき、朝天宮にいた時は私に悪運なんてないって言ったじゃない、嘘をついたなー。)  

「不是、我不是騙子。目前我想起了」 (ちがう、ちがうよ。僕は嘘つきじゃないからね。今、思い出したんだよ)

私は院内にあった紅色的紙條を見つけ、そこに「芊芊的人生、祝一切平安順利、安泰健康」と素早く書きました。
芊芊は私が何を書いているか必死で覗こうとしましたが、歩きながら手をあげて高い所で書いて見せませんでした。

「我生氣的。為什麼你跟我保持秘密!!」 (私、怒ってるよ。どうして私には秘密にするの?)

私は書き終えて、しょうがないなという顔をして紅色的紙條を芊芊に見せました。
紅色的紙條を見た芊芊は言葉をしばらく黙ったままでなかなか発しませんでした。

「為什麼你擔心我、體諒我。我是只一個酒店小姐・・・・」
 
(どうして私のことを心配して、思いやってくれるの。私はただの酒店小姐なんだよ・・・・・)

泣き虫の芊芊の目からはいつものように涙がこぼれ落ち、最後は弱々しく言葉がとぎれてしまいました。

「我才是只日本的客人。你給我真的溫柔、告訴我台湾的社會。真的謝謝、芊芊」

(僕こそただの日本人の客だよ。でも芊芊は本当のやさしさをくれたし、僕に台湾社会のことも教えてくれる。本当にありがとう、芊芊)

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私は道院の中にいた係員に紅色的紙條を鐘の中に貼りたいことを告げました。
高い所にある鐘には簡単に届かないため、係員が脚立と糊をもってきてくれて、手伝ってくれました。 

芊芊は黙ってその様子を見ていました。

「OK的。做完了」 (OK、できたよ)

芊芊は小さな声で「謝謝」と私に囁きました。そして、もう一度、次ははっきりと大きな声で言いました。

「真的謝謝」

あの時貼った紅色的紙條が今も日本から遠く離れた北港武德宮の鐘の中に残っているかどうか、わかりません。
しかし、私と芊芊の心の中にはあの時貼った紅色的紙條はいつまでも剥がれずに残っていると信じています。
言い伝えのように本当に彼女から悪運がなくなり、幸せになっているかどうか、今は確かめようもありません。

しかし、再び、この北港を訪れる機会があるならば、あの美しい武德宮を訪ね、あの時の鐘をもう一度、見に行こうと思っています。財神爺はその時、どんな答えを私の心に返してくれるのでしょうか。

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神様の街・北港

北港と言えば朝天宮です。

媽祖廟の総本山と言われ、 特に媽祖生誕祭(農歴3月23日)は天后節と呼ばれ、台湾全土から多くの道教の信者が媽祖像をもって訪れます。台湾中の媽祖はこの北港の本神の分身と言われており、1年に1回各地に祀られている 媽祖の分身を持ち寄って、この北港の本神とあわせて霊力を高めるという目的があり、各地で「新香団」という参拝の集団をつくって信者が台湾全土から集まってきます。 

媽祖は実在の人物で宋の時代の官吏の七女として生まれた黙娘という名が本名の少女神と言われています。生まれつき霊力が高く、数々の疫病や海難事故から人々を助け、そのため、現在は「航海の神」として多くの船舶に彼女の像が飾られています。もともと悪神であった順風耳と千里眼を改心させて随神として従えて、海を飛び越えて渡り歩き、多くの人々を救ったとされますが28歳の若さで没し、峨眉山で仙人となり、その後、海の神として崇められるようになったとの言い伝えがあります。

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媽祖生誕祭は派手な祭礼として全国に知られています。動画をご覧いただくとわかりますが、いつもながらの台妹の跳舞とあまりにもすごい爆竹。本当に恐れいります。鹿港も元宵節は大がかりで街中が盛り上がりますが、こちらの北港もおおにぎわいになります。 

 北港の媽祖生誕祭。大量の爆竹が鳴らされ、で朝天宮前の参道・中山路は人で埋まります。 
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 大量の爆竹の中、 媽祖像をもって参道を朝天宮に向かっていくおそろいの服装を着込んだ各地の新香団。中頃は神様も大好きな美女軍団による跳舞と鋼管秀。みんな超美人で痩身、胸が大きいという抜群の模特兒を集めていて、大フィーバー。本当に台湾のカオス、ここにありという感じです。命知らずの男たちが大量に登場、すごい爆竹と煙、炎の中を行進。危険すぎます。祭礼の動画なのにYOU TUBEではアダルトコンテンツ扱い。これが本当のドメスティック台湾。必見です。


 北港の元宵節。台湾全土からやはり大勢の人が集まります。 
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 こちらは北港の2011年元宵晚會で朝天宮前で酒店の跳舞ソングの定番・嗶嗶嗶を唱って踊る謝金燕。何が何やらよくわかりません。年輕台妹の跳舞は霊力が高かった若い女性神・媽祖様も大好きといったところでしょうか。 


早起きの芊芊は朝6時半にはすでに起床。メイクもばっちりきめて、今日も元気満々。汽車旅館なので早餐はないため、朝7時過ぎには朝天宮前の参道にある早餐店で朝食という素晴らしく健康的な一日が始まりました。朝天宮へ続く参道は両側に統一された看板がずらりと並ぶ商圏になっていて、この朝天宮がこの北港の象徴であり、中心であることがすぐに理解できます。とにかく宮の建物も巨大で複雑。今まで私が見た宮の中では群を抜いて立派で「聖地」と呼ばれるだけのことはありました。なかなか、実際にこの北港の朝天宮を正面から見る参道に立つとちょっとした感動があります。ただ、私たちが行った2008年の夏は修復大工事中で本来の美しい朝天宮の姿を見ることができなかったのが残念でした。

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 修復され、きれいに彩色された現在の朝天宮。
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「芊芊、請教我拜拜的方式」 (チェンチェン、お参りの仕方を教えて欲しいのだけど)

芊芊とは本当に多くの宮廟を巡りましたが、行天宮で基本を教えてもらったものの、この朝天宮はあまりにも巨大で広く、ちょっと不安になりました。

「進入廟門、陣陣的香火瀰漫著整個朝天宮,手點10柱香,順著指標一一參拜著每一殿不同的主神」

(門をくぐったらね、もう香や蝋燭の煙が漂っているのがわかると思うけど、まずが10本の柱香を持って、拜拜する順番の指標に従って進んでいけばいいいんだよ。それぞれの廟の神様はちがうからね)

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朝から結構人がいましたが、芊芊が言うにはすごく空いているとのこと。早朝に来て正解だったかもしれません。私と芊芊は10本の柱香をもって参拝を始めました。 媽祖には2人の仕える将軍がいてこの順風耳(千里先の声まですべて聞くことができる)と千里眼(いろいろなものを千里先まで見ることができる) の像があります。この順風耳と千里眼は祭礼には必ず登場しますが、朝天宮の前には神様グッズのお店が多くて、媽祖を中心にして並ぶこの3人の神様の像やキャラクターグッズがすごく多いです。

 朝天宮三川正殿にいる本当は緑の顔が千里眼、赤い顔が順風耳です。なぜか、タスキが逆?
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台湾の祭礼に登場する神様や偶像一覧(これを見ればよくわかります)

さらに進むと大きな鐘があって、その中には紅色の紙がたくさん貼られています。

「芊芊、那個是什麼?」 (チェンチェン、あれは何?)

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「鐘內貼滿了一張張紅色的紙條、若是覺得運氣一直不順、可以將自身所遭遇到的壞運寫在紙條後貼上去、就可以去除惡運喔!」

(鐘の中に赤い紙がいっぱい貼られているのはね、もし、ずっと運が悪いならば、赤い紙に運が良くなるように書いて張りに行くの。悪運がなくなるからね!) 

「我不要的。我有幸運、因為我遇到芊芊、哈哈哈・・・・・・」

(じゃ僕は必要ないな。芊芊と出逢ったという幸運があったからね。ハハハ)

芊芊は「你騙子的」(あなたは嘘つきね)と言って照れくさそうに笑いました。

芊芊がこの雲林も朝天宮に来たかった本当の理由は実は別にありました。人工流産の手術をして一週間、芊芊はとても体調が良く、萬華の青草巷や迪化街の中薬店を私と訪れたことは以前のブログで書きましたが、実はもうひとつの不安がありました。今は体調が良くても将来、もう一度ちゃんと懐妊して子供を産むことができるかどうかという心配があったのです。この朝天宮には台湾でも珍しい藥籤(どの漢方薬がいいかをうらなうおみくじ)がが未だに残っていて、それをやりたかったようなのです。

「藥籤是神明治病的處方箋。早期台灣人在醫療無效的情況下、都會去廟裡向神佛求處方、這種處方有兩種、一種是藥籤處方・另一為青草處方」

(藥籤はね神様の病気を直すための処方箋なんだよ。昔の台湾は医療行為を受けることができないような状況があって、みんな廟に行って神様や仏様に処方をお願いしてたんだ。2種類あってね、薬の処方と青草の処方があるのよ)

 民國14年(今から87年前)の台北保安宮の藥籤。医療の発達と浸透とともに姿を消していきました。 
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擲筊については以前、行天宮で紹介しましたが、あの時、芊芊はあっという間に聖筊を出していました。今日もこの強運娘はすぐに聖筊を出せるのでしょうか?

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「最初先點燃三柱香。 在媽祖面前三拜黙告、説名字、家裡地址、生年。懇求媽祖幫信女細察指點。片刻後到正殿向媽祖再明説一次、是否細察詳細。若有允聖籤、若無再稍候、請到選筒處取竹籤放在供卓。取「籤杯」連續三次聖籤、即是所求籤詩 。否則須再放回另抽竹籤、再求媽祖三聖籤」        

(最初のまず三本の柱香を燃やしてね、媽祖様の前で名前や住所、生年月日などを行って三拜をするのよ。 そして媽祖様に信者を細かく指導して助けてもらうようにお願いをするんだ。30分ぐらいしたらまた、正殿の媽祖の所に戻って、もう一度媽祖様に細かく指導してもらえるかどうかをもう一度訪ねるために擲筊をするんだ。もし聖籤が出れば筒から竹籤(取るべき籤詩の番号が書いてある竹ヒゴ) を取って供卓の上に置くし、だめだったら、しばらく時間をおいてからもう一度擲筊をすることになるよ。そして、また籤杯をとって擲筊をして連続で3回の聖籤が出たらね、やっと藥籤の籤詩(どの漢方が良いか書いてある紙)をもらうことができるの。もしだめだったら猛もう一度竹籤を引き直して、また三聖筊がでるように媽祖様にお願いするんだ)            

聖筊は三日月型の籤杯が表裏になること。確率は数学的には1/2です。最初の竹籤を取るための擲筊は3回投げて1回聖筊が出れば良いので、よほど運が悪くなければ出るのですが、問題は竹籤をひいてから籤詩をもらうまでの2回目の擲筊です。3回連続で聖筊を出さねばいけないので、確率的には1/8。これは簡単ではありません。つまり、一度でも表表の没筊や裏裏の笑筊が出るとやり直しですから、いくら、この強運娘でも簡単ではないと思いました。

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朝天宮 薬
          
芊芊とまず、順路に従って、10本の柱香をもって順番に拜拜。正殿では擲筊に備えて、最初の媽祖様へのお願いをしていました。全部の各殿への拜拜が終るとだいたい30分ぐらいなので、再び正殿に戻ってまずは1回目の擲筊をします。これはあっという間に聖筊が出て、芊芊は筒から竹筊をひいてきました。しかし、ここからが大変、なかなか3回連続で聖筊が出ません。没筊や笑筊が出るとまた、竹筊をひき直しに行きますから、大変です。しかし、芊芊の表情は真剣そのもの。なかなか聖筊が出ないのも媽祖様が慎重に筊詩を選んでいるからとの芊芊の考え方があって、とにかく一心不乱に何度も擲筊を繰り返します。

だいたい30分ぐらいはやったでしょうか。やっと3回連続して聖筊が出ました。芊芊はうれしそうに竹筊に書いてある番号の筊詩を「大人科」の棚のの中から取ってきました。中身は中藥の配合が書かれていて、私はよくわからなかったのですが、芊芊は大切そうにバックの中に入れてしまっていました。これだけ苦労してご神託を受けたわけだから、確かに効能はあるかもしれません。しかし、きっと大切なのは自分の体のことを考える思いと健康を維持していこうという心掛けなのでしょう。一生懸命、体のことを考え、大切にしなさいという媽祖様のお告げのように私は感じました。芊芊はすごくうれしそうで、これで大丈夫と言わんばかりの表情をしていました。

さて、早朝の朝天宮は比較的空いていましたが、8時過ぎになると急に人が増えてきました。私たちは最後にこの朝天宮で配られている手作りのお守りをもらうことにしましたが、ここでも擲筊をして聖筊を出さねばいけません。私たちは2人も一発で聖筊。芊芊と思わず、顔を見合わせてしまいました。 

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さて、朝天宮を出た私たちは商圏になっている参道を散策しました。鹿港や王功とは、また異なった雰囲気でさらに台湾カラーが濃くなるというか、農業的な特産品が多く売られているというか、とにかく、他の街とは感じが違います。

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芊芊はここでもガイドぶりを発揮して、雲林北港のことをいろいろと歩きながら説明してくれました。

「你知道嗎?北港的胡麻油、花生、花生油、蒜頭、醬油、北港飴、蠶豆…等為聞名全省之特產」

(知ってる?北港のゴマ油や落花生、落花生油、ニンニク、醤油、北港飴、ソラマメ・・・・などはすごく台湾全土に知られている特産品なんだよ)

確かに大量に積まれたこれらの農産物が店の軒先にはたくさん、置かれていました。油の店も多くて、台北の迪化街と雰囲気はちょっと似ていますが、品揃えはまったく異なります。とにかく大量にうずたかく積まれているのが特徴で、こんなにあって売れるのだろうかというぐらい豊富に店先に置かれています。

  大量すぎる花生。種類がいろいろとあります。
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 有名な北港蒜頭。とにかく大量。 
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  蠶豆。日本で言うところのソラマメ。
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 北港飴とか新港飴と言われている糖菓。日據時代からある伝統的な飴。
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 北港狀元餅(大餅)。北港の日香珍は老舗で有名。
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 北港の特産醤油。
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 麻油や花生油、香油などの食用油はとにかく種類が豊富。
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芊芊はいろいろと歩きながら、詳しく説明してくれるし、雰囲気もいい街並みで一本道。各店も見やすく、ちょうど各店が開き始める時間ぐらいで、活気も出始めたところでした。さらに神具店が多いのも特徴で芊芊が気にいったのはQ版(キャラクター版)の神様グッズ店。途中で寄っていろいろと見ることになりました。
北港天庭公仔店

芊芊がとても欲しそうにするので、買ってあげようとしましたが、自分のお金で買わないと御利益がないとのことで、決心して自分で買っていました。500元ぐらいだったかな?詳しくはちょっと憶えていないのですが、お札をいっぱいもった神様の人形だったような記憶があって下の画像のような感じのものでした。

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「我很開心的」 (超うれしいよ) 芊芊はニコニコしながら大切な神様グッズをバックにしまいました。

芊芊は名前も「錢錢」と重ねてつけていて、貧しい家に生まれなかったら好きな勉強をして、酒店に上班せずに暮らせたのにという重いが人一倍強い子で、有錢家になれるようにいつもお祈りしていました。基本的にはケチなところがちょっとあって、若い娘にありがちな派手な暮らしや遊びをあまり好みませんでした。雑誌を読んだり、文化遺産や宮・廟をまわるのが好きな子で歴史や語学が好きで、私自身も今までのブログに綴ってきたように彼女のもついろいろな知識に驚かされたことが何度もありました。彼女は神様へのお祈りは大好きなのですが、いかにも神様というような偶像や彫刻ではなく、可愛い神様にこだわるところは、やはり現代的な少女っぽいところもあって、とても面白かったですね。

さて、これからもうひとつ芊芊が楽しみにしている五路財神の総本山「北港武德宮」へ行かねばいけません。
今日も芊芊の足取りは極めて軽く、昨日とはうってかわって今日は極めて暑い日差しが照りつける中、私たちは手をつないで再び歩き始めました。

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