February 2012 : 我徬徨台北的夜世界 ~My Twinkle Story with Taiwanese girls~

我徬徨台北的夜世界 ~My Twinkle Story with Taiwanese girls~

私は台北で駐在生活を4年間送りました。昼間は世界の平和と日本の経済発展を目指して全力でお仕事。夜になると地表にちょこんと顔出して、五木の街あたりを彷徨っています。そこで私は数多くの天使達と悪魔に出逢いました。そんな私の夜の彷徨いを台湾社会の複雑な仕組みなども紹介しながら書き綴っていきます。ほとんどの日本人が深くかかわることが難しいと思われる台北の夜世界の様子とエピソードの紹介が中心です。これは心優しい台妹たちを愛し、そこで出逢った人達とのかかわりや心のつながりをとても大切にしながら、これからも彷徨い続けていく私の軌跡です。

February 2012

C字褲

酒店にやってきた副店長は、次々と新機軸を打ち出していました。彼のアイデアは今までの常識を覆すようなものも多く、いわば、酒店界の風雲児でした。6月は台湾では学校が終わる月であり、新たな学生の子たちが多く酒店にやってくるため、よく知っている客人はこの時期を逃さす、酒店にやってきます。新鮮な擦れていない子を見つけられるチャンスだからです。

この酒店は、当時、店自体があるテーマをもっていたので制服を余り替えませんでした。普通、制服店は煩雑に制服を換えて、その制服代(これがなかなか高い)を制服を着る公關の薪資(給料のこと)から扣錢します。これが、女の子たちには当然、不評で、流行らない店ほどよく制服を換えることもあります。制服の原価は500元~1000元ですから、これを3000~4000元程度に女の子に売り、これを買わないと基本的に勤められませんから、結局、その分、女の子たちはただ働きすることになるため、酒店公司にとっては良い人件費節約策になるのです。

制服店では基本的に内褲(下着のこと)は丁字褲(Tバックのこと)と決まっています。しかし、この丁字褲は女の子にが自由に選択できるため、幅が広かったり、狭かったり、透けていたり、まったく透けていなかったり、実に様々でそれは女の子たちの服務にもつながるため、実は大切な要素となっています。副店長が目をつけたのはこの内褲でした。制服店では初めての「C字褲」の着用を全員の公關に義務づけたのです。

「C字褲」とは名前の通りの内褲です。WEBで検索すれば多くの画像が出てきますし、商品案内もたくさんありますからぜひ、ご覧になられると良いと思います。

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いったい、こんな実用的でないパンツを日常生活で身につけるようなことがあるのかという形状で、多くは露出度を高めるショーや酒店のようなビジネスに用いられるようです。現在、酒店で見ることは時折ありますが、一般的ではありません。女の子たちもとても恥ずかしがっていましたが、しかし、酒店の規定ですから身につけないわけにはいきません。

今では一般的な内褲として多少知られるようになりましたが、当時は斬新でした。たった1週間だけだったのですが、このイベントはとても大きな反響を呼び、酒店は大盛況となったのです。当時、この酒店は制服が比基尼(ビキニ)でした。一般的にはミニスカートが多く、比基尼という点も他店とは少し、趣きが異なっていました。一般的な酒店の空枱の制服はこのような感じです。これは客人が盗撮したと思われる動画で、見つかったら大変なことになるでしょうね。決死の撮影という感じです。絶対にやらない方がいいです。下手すると.....。

 

どの酒店が流行っているかの情報には、女の子を酒店に紹介する經紀人は極めて敏感ですから、当時の6月から7月にかけて、さらに女の子たちが集まりだしました。この酒店はとても古くさい大樓にあるのですが、中は結構複雑になっていて、階段部分があります。一時は空枱が溢れんばかりにこの階段に並んでいました。しかし、日本人はまだ、少なく、ポンのような幹部もこの酒店に姿を現すことは、まだ、多くありませんでした。この酒店に2008年から2009年にかけて勤めていたという経験がある小姐は、今の台北の各酒店の正職に数多くいます。皆、「当時は盛り上がっていたね」とよく言うことが多いです。

私が今、一番信頼している紅牌の子も酒店のスタートはこの時のこの酒店でした。当時、私は彼女とはこの酒店では出逢っていないのですが、彼女も当時のこの酒店の勢いのことはよく覚えています。

さらにこの副店長は、今ではいくつかの酒店やっている午場に空いている包廂を使っての他の公司によるMMT(摸摸茶)を始めだしました。もちろん、酒店も午場の営業もこのとき、すでに始めていましたが、今では珍しくない午場の開店もこの店がそのルーツでした。MMTと酒店午場を組み合わせ、客人のニーズに応え、選択肢を広げたのです。MMTで満足できなかった客はそのまま店内を移動して、酒店の午場を利用できる便利さもうけて、午後から多くの客人が煩雑に足を運ぶようになっていきました。

今、多くの酒店が当時のこの店が始めた多くの手法を取り入れています。
私自身もこの酒店を当時は本拠地にしており、副店長の手腕で、その勢いは留まることがありませんでした。

七情六欲

珊珊は一種の天才でした。酒店小姐の工作が天職というか、そのために生まれてきたというか、あまりにも完成されていました。いわゆる客人が不愉快になるということ、つまらなくなるという瞬間をつくらない技量は私が出逢った数多くの小姐の中でも群を抜いていました。

容姿端麗で痩身、胸はやや小さめでしたが、肌もきれいで非の打ち所がありませんでした。そして、彼女が特に優れていたのは、どんな状況にでも臨機応変に対応し、人の心の先読みをしていくような状況判断ができることでした。

「你是不是畢業著國立台灣大學?我聽過了一點你的傳言一點」

(国立の台湾大学を卒業いているんだって?僕はちょっとだけ噂を聞いたんだけど....)

私は珊珊に訊きました。彼女はこっくりとうなずき、「是的」と一言、答えました。

「為什麼你在酒店?台湾大學是很有名的最好的大學。我不明白呀」

(どうして酒店にいるの?台湾大学と言えば、有名な最もよい大学だ。僕はよくわからないよ)

珊珊は、すぐに質問に答えず、まず、私が中国語が多少できることに驚いていました。そして、「你會説中文嗎?」と私に確認をすると、ささやくような甘い声で話し出しました。

「我在台大、學習了法律。法律是解決人和人的相爭。可是,這様的研究審判的話,被人也明白了解釋不同。
因為我向人很強盛著興趣。其實我在高中的時候、非常認真,每天努力努力學習。
每天,我聽過我家人說,往來補習班的。所以當然我没有男朋友,也找男朋友的時間也沒有。戀愛也沒有。
我想看看一點、成年男女的世界了。
以前我進去包廂、其實知道客人是日本人。行政告訴我的。我没有陪日本人客人。也没看過日本人。
因為我常常不在空枱、都被框又被點。應該你不知道、日本人的風評是應該不好在酒店。
他們不會説中文、没有聊到的。所以小姐説無聊、更日本人客人摸摸很多、要求S很多。
所以大部分小姐害怕、討厭日本人、韓国人。不過你是不一様。真的我感覺很新鮮。
我也問你。為什麼你不一様標準的日本人?」

(私は台大で法律を勉強していた。法律は人と人の間の争いごとを解決するためのもの。しかし、裁判の研究をしている時に私はわかったの、人によって解釈の仕方が同じではないことを。それだから私はとても人間に興味が湧いたのよ。実は高中の頃、私はとっても真面目で毎日毎日、勉強がんばっていた。毎日、お父さんやお母さんの言うことをよく訊いて、学校と補習班(塾や予備校のこと)に通う日々だった。当然、恋人はいなかったし、捜す時間もなかった。恋愛したこともないの。だから私は少しだけ、大人の男女の世界を見てみたかった。包廂に入る前、実は次の客人が日本人であることを知っていたのよ。行政が教えてくれたからね。私は日本人についたことは今まで一度もない。なぜなら、私が空枱に並んでいることはありえないし、すべて框されるか指名されているからね。あなたは知らないだろうけど酒店での日本人の評判はとても悪いのよ。日本人はまったくと言っていいほど中国語がしゃべれないから、おしゃべりすることなんかできない。だから小姐たちはとてもつまんないって言っているよ。それと日本人はさわりまくるし、Sをさせろということが多いとも聞いている。だから女の子たちは皆、日本人客や韓国人客を恐れているし、嫌がっているんだよ。しかし、あなたはちがっているよね。私もあなたに聞きたい。どうしてあなたは普通の日本人とちがっているの?)

私は「普通の日本人」という彼女の認識がよくわかりませんでした。日本人も良い心をもった人はたくさんいるのすが、きっと制服店に来る日本人は、ポンのような幹部に声をかけれて、風俗的なサービスを期待して、よくわからないまま来ていることがほとんどなので、きっと日本人客人が積極的に彼女たちとコミュニケーションをとることが少ないでしょう。また、一見の観光客の方などはスケベなことをしに夜の台北の五木あたりを歩いていることも多いですから、その強い印象がきっとあるのかもしれません。ポンのような幹部から話を聞いている先入観などもあるように思います。

私は基本的に上班の少ないPT妹を呼ぶことがほとんどでしたから、私自身、実は正職の子を選ぶことは少なく、正職の子たちとの交流はあまりありませんでした。従って、彼女たちの日本人の印象というのは薄々わかっている程度でした。それに私自身も珊珊の妖しい魅力に陥りそうになっていましたから、珊珊のいう「標準的な日本人」の先入観にあまり反論もできませんでした。ただ、珊珊が普通の日本人とちがうと感じたのは、少しばかり、ボディサービスよりも会話を落ち着いてした時間が長かったからだけだったと思います。

「我是標準的日本人。應該其他的日本人不會説中文。而且他們不明白酒店的方式。因為我在台北大約一年所以我理解酒店的情況一點。你是真的紅牌、有美華的身材、漂亮、、還有好的服務。你覺得你有好的素質。應該很多客人找你」

(僕は標準的な日本人だよ。多分、他の日本人はあまり中国語を話せないんだと思う。その上、彼らは酒店のシステムもよくわかっていない。僕は台北に約1年間いるから少しだけ、酒店の様子がわかるんだ。珊珊は本当にナンバーをはっている子だね。スタイルもいいし、美人、さらにサービスもいい。僕は珊珊の資質が素晴らしいと思っているから、きっととても多くの客人が珊珊を捜すんじゃないかな?)

私がこういうと珊珊は笑いながら「那有」(そんなことない)とまた、抱きついてきました。そのタイミングはきっと逢った者しかわからない絶妙さで、多分、普通の男性ならまちがいなく「この子、俺に気があるのかな」なんて錯覚してしまうように思います。また、珊珊はかけひきにもたけていて、自分を安売りせず、もったいをつけて客人の要求に対して小出しで少しずつ応えていく感覚も優れていました。客人をできる限り引っ張って、疑似恋愛のような雰囲気にもっていくため、400節を1週間で稼ぐことも、彼女なら問題なくできたと思います。

「你會唱歌嗎?我還没聽到你的歌。我想聽......」

(珊珊は歌は歌える?僕はまだ歌声を聴いていないから、聞きたいな.....)

「我當然可以的」 (当然、大丈夫よ)

珊珊はKTVの控器をとり、曲を點(曲を決めること)しました。その曲は、彼女の心情や私の心情を表しているような美しくせつないメロディの歌で、この後、私はこの曲をとてもよく歌うようになりました。それは、この「七情六欲」という言葉を聞くと、酒店で知り合った多くの子たちと起きた様々な出来事を走馬燈のように思い出すことができるからです。胸にいろいろな複雑な気持ちがいつも交錯します。



「七情六欲」とはどうのような意味でしょうか?
儒教や佛教、中国医学などでよく登場するこの言葉は人の様々な感情や欲が交錯する心情を表すとされています。

あるHPに次のような解説がありました。
七情とは「喜、怒、愉、思、悲、恐、驚」で、六欲は「食、色、財、丁、権、貴」
 。
喜—喜び  怒—怒り  憂—心配事  思—あれこれの考え  悲—悲しみ  恐—恐れ  驚—驚き
食—食べる  色—性欲の情緒  財—お金と物の総称  丁—職業  権—権力  貴—地位の高いこと 

人にはこの「七情六欲」が必ずあるとされています。
珊珊と会ったことは、私の酒店での出逢いの中でも特にエポックメイキングなことでした。

客人の「七情六欲」をすべて受け止め、そしてそのため自らも自分の本質や本性がわからなくなっているような珊珊。
今でも彼女の本心や深い心の奥底にある感情はわかりません。すべての自分の感情を封印し、客の感情に応え得ていく彼女こそ、酒店小姐のある意味、理想形なのでしょう。

客人が彼女にありったけの金をつぎ込み、破産しようともそれは彼女にとってはきっと深い意味をもたないことのように思います。感情をコントロールできなかった客人自身がそれは選択した道であり、珊珊が求めたわけではないからです。

ちょうど2時間ぐらいたった頃でしょうか。行政が包廂にやってきて、珊珊が別の包廂にいる台湾人客から大框のリクエストがあったことを告げにきました。そしていつものように「你也要框嗎?」(あなたも彼女を框しますか?)と無表情に聞いてきました。

「我不要」 (僕はしないよ)

珊珊はそれを聞いて、ほんの一瞬だけ、くやしそうな、そして目を伏せるような表情をしました。
しかし、彼女はすぐに微笑みを浮かべながら言ったのです。

「今天我很高興認識你。你是我的最初的日本人客人。今天我很開心。你也開心嗎?」

(今日はあなたと知り合えて本当にうれしかったよ。あなたは私の最初の日本人客。
 今日は私はとてもハッピーだったからね。あなたもハッピーだった?)

珊珊の笑容(笑い顔のこと)は少なくとも私には営業用のスマイルには見えませんでした。
そして、制服を再び着こなした彼女は私の首に手をかけ、最後にまた、舌をからめるようなキスをしました。

酒店の申し子、珊珊。

彼女を通じて、私はまた奥深い酒店の世界を少しだけ垣間見ました。
日本にはありえないような200人近い小姐が入れ替わり立ち替わり現れては消えていく台北の酒店の世界。

彼女は悪魔でも天使でもありませんでした。
珊珊は客人の彼女との向き合い方で変幻自在に姿を変える酒店の象徴だったのです。

 画像は彼女が2010年に上班していた酒店の外からのイルミネーションと包廂です。私が多くの夜の世界の住人と会う場所だった錦州路の麥當勞の大樓にあり、入口はWE GO側にあります。もちろん、幹部を帯同しないと、一見では絶対に入れません。

珊珊は今はある公主店である便服店にいます。花名も変えています。私と出会ったのはこの画像のイルミネーションの酒店ではなく、その前の前にいた酒店です。私と出会った後、彼女は次々と換店をしていました。いつも簡訊をくれて、どこに勤めているか、きちんと教えてくれるので、いつも彼女がどこにいるかは実は正確に把握できます。多くのひいき客をもっていた珊珊は基本的に一人の客人に懇意にされることが嫌いでした。多くの男たち、みんなに愛されていたいというのが、珊珊の思いでした。ですから、客人としがらみが出てくると店を変え、電話番号もコロコロ変えていました。

彼女は深入りしない私には、安心感があったようで、いつも新しい電話番号にするとすぐに連絡が来て、状況を教えてくれました。それと空枱には絶対に並ぶことがない紅牌でしたから、基本的に一見客の日本人をはじめとする外国人客とは知り合う術がないため、彼女曰く、私だけが唯一の日本人客でした。それもあって珍しがって、私と知り合いであることを継続したいという希望もあったようです。ただ、彼女はプロ中のプロでしたから、私下(プライベート)で逢ったことは一度もありません。ですから、酒店の中での客人と小姐という関係でしかかかわっていません。そのため、彼女の素顔はベールに包まれています。きっと、もし、恋愛感情を抱き、私下で逢おうというようなアクションがあれば、すぐにかかわりを絶ってしまうと思っています。

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考到了(休息一些)

今日、ブログを書いていたら午前1時47分(現地時間12時47分)、原住民の小小から簡訊が届きました。

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           「考到了!最快下禮拜去醫院上班=) 天氣還很冷、別感冒了! 」

   (試験受かったよ!すぐに来週から病院に勤務することになった=) まだ寒いから、風邪ひかないようにね!)

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良かった。本当に良かった。 

あの玉里から台北にたった一人で出てきた小小がついに看護師になることができた。
酒店に努めて、途中何度も厭になりながらも、なんとかがんばり続けた小小。
僕も何度も厳しいことを言ったけど、最後にはいつも「我、加油!」と彼女は言ってくれていました。
高雄での3ヶ月の看護実習を途中で挫折して台北に戻り、休学してまたやり直しになったときはどうなるかと思ったけど、
卒業もできたし、よくくじけずやり抜いたと思う。

酒店で知り合った男に騙され、捨てられ、一文無しで麥當勞で泣いていた彼女を思い出すと胸がしめつけれる。
でも、素直な彼女のまわりには、きっと彼女を助ける多くの素敵な人がいたにちがいない。
私が一番信頼している紅牌の子は、12月と1月、同じ酒店に勤めながら、最後の彼女の面倒もよく見てくれた。

また、一人、懇意にしていた子が酒店から去っていきます。
しかし、それは彼女がやっと手にした人生の大きなキップをつかんだ末の幸せな結末。

布農族の名前では、彼女はHeli。中国語の本名は別だから、大丈夫。

簡訊を見たとき、ちょっと涙がでました。



我靜靜的望著天空                私は静かに空を眺めているよ
試著尋找失落的感動              失った記憶の中の感動を捜そうとしているんだ 
只能用笑容 期待著雨過天晴的彩虹     ただ笑顔で雨が降り終えた後に美しい虹がかかることを期待しているんだ 
           
在你離開之後的天空             あなたと別れた空で
我像風箏 尋一個夢               私は夢を追い求める凧のよう
我靜靜的望著天空               そして私は静かにまた、空を見上げるんだ
試著尋找失落的感動             失った記憶の中の感動を捜すために


いろいろなことがあったけど、彼女の人生にも雨の後に虹がかかったかな。
苦しい環境の中、目標をかなえることは決して簡単なことじゃない。
近くにいて彼女を見ていた僕がそれはとてもよくわかっている。
これからもいろいろなことがあると思うけど、それを乗り越えてがんばっていって欲しい。

眠る前に感動をもらい、彼女に返信した後、つい書いてしまいました。

初めて逢った油條

酒店に時折行くようになったから1年近くたっていましたが、私がつくのは学生妹などのPT妹がほとんどで、正職の子につくことはあまり多くありませんでした。どちらかというと正職の子はこの世界に長く、ややすれていることや夜の世界だけで身をたてていますから、下手にかかわって間違って熱くなったりすると自分の身を滅ぼすかもしれないという抑制も働いていました。また、ボディサービス系の服務を売りにする子も多く、すぐにFやSを誘ってきて小費をもらおうとする感じもあまり、好きではありませんでした。

包廂に入ってきた珊珊は確かにオーラがありました。当時、24歳という最も女性として艶が出てきた時期でもあり、自信というか余裕というか、そんな感じがただよっていました。私も直感的に「これは危ない」と思ったのを覚えています。いわゆる銀座の高級クラブにいるようなタイプで制服店に居ること自体が不似合いな子でした。 

普通、他の子は初対面では「你好、你是日本人嗎?」とだいたい訊いてくるのが、定番でした。そして乾杯して、それから秀舞をするというのが一般的な展開です。しかし、彼女は何もかもちがっていました。

ニコリと笑顔を見せて横に座ると、いきなり抱きついてディープキスをしたのです。そして、最初に言った言葉を忘れることができません。

「你想抱抱我嗎?」 (私を抱きたい?)

すると彼女は次に私の膝の上に足を開いて跨って馬乗りになり、私の首に手をまわしてきて再び、キスをしてきました。そして、自分の背中に手をまわし着ていた制服のホックをはずしました。秀舞などはありません。もともと美人でスタイルがよく、肌も真っ白できれい、髪の毛もサラサラですから、 さすがにとても興奮してしまいました。
すると包廂に入って10分たつかどうかわからないうちに私のベルトに手を掛けると手工を始めました。

「これはいかん、はまってしまう」ということも頭の隅によぎりましたが、あまりにも妖艶で仕掛けが早く、はっきり言って理性の抑制がきかない状態になってしまいました。ボディサービス系の子はよく制服店の正職にはいるのですが、その手の子とはまったく感じが異なっていました。擬似的な恋人モードになって、小声でささやくように甘えますからたまりません。そうこうするうちに今度は私の手をとって、何をするかと思いきや、こんどは彼女が私の指をいきなりくわえて舐め始めたのです。その指を彼女の広げた足の付け根の丁字褲(Tバックのこと)にもっていき、彼女の温かい泉が溢れるところに導きました。

機械的なサービスではなく、ノリがよくて下品にやるわけでもなく、あくまでも妖艶にそして艶めかしく一挙一動が進んでいきます。さらに彼女の天才的なところは、じらすというか、肝心なところで寸止めするというか、そういうもっていき方をしますから、蛇の生殺し状態になってしまいます。私も比較的いつもは冷静に対処して包廂では明るく楽しくすごしているのですが、さすがに400節の女王だけあって、判断力を失わせる術は一流でした。

「你是很好的。日本人客人、我第一次。我感覺很新鮮。你要出場帶我嗎?」

(あなたはとっても素敵だよ。日本人のお客様は初めて。とっても新鮮。私と一緒に出かける?)

驚きの連続でした。客の気持ちをとりこにするしぐさややさしさは非の打ち所がなくて、私も心がグラグラ、頭もクラクラしてきました。珊珊の色香に危うく取り込まれそうな崖っぷちでした。しかし、ここは大框してしまったら、幹部の震洲が言っていたように彼女の思うつぼだということが少し、頭を過ぎって、なんとか踏みとどまりました。しかし、大框を断った後も彼女の油條(男を手玉にとる酒店のベテラン嬢を指すスラング)たる由縁は、さらにこの後にその本領を発揮してきたところにあります。彼女は不機嫌になることなどまったくなく、続いてこう言ったのです。

「我討厭馬上出場的男人。
我稍微嘗試你。只我的身體是不是你的目標。
你為考試合格了。如果下次你來的話,滿滿你會抱我。」

私はすぐに一緒に出かけようとする男は大嫌い。
あなたをちょっと試してみたの。私の体だけが目的かどうかということをね。 
あなたは合格よ。もし今度、来たら私をいっぱい抱かせてあげる。

珊珊との夜はまだ、始まったばかり。
200人の公關のトップに君臨している彼女の甘いささやきとそのまばゆいばかりの体の誘惑。
この後、どんな展開になっていくのだろう? 彼女は果たして天使なのか悪魔なのか? 
私にはまったくわかりませんでした。

 画像はやはり珊珊の写真です。今見てもとても美人なのですが、実際の彼女は写真以上に美しかったことをよく覚えています。スタイルも抜群で、酒店の小姐としての要素をすべてもっている子でした。プライベート版にはモザなしをアップしてあります。

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天は二物を与える

6月に入ると少し仕事も落ち着き、新しく駐在した日本人社員も仕事に慣れ始め、私も再び、夜の日式での接待や日本からの来客の対応などができるようになってきました。特に地方から来られた関連企業の方々は夜になると一層元気になるというか、気分が高揚するというか、皆さんやる気満々という感じで夜遊びの案内をご依頼されていましたから、私もそれなりに日式のママさんのところに伺っていました。日式の良いところは安心確実、ママの皆さんは日本語ができますから、おまかせすれば、いろいろとていねいにご配慮いただけることです。どっぷり台湾世界の酒店はやはり、コミュニケーションをとれないとほぼボディランゲージオンリーになってしまうので、本当の楽しさは味わえないようなところがあるのと、私自身の隠れ家であったことから、日本からのお客様をご案内するようなことは一度もありませんでした。

寶貝という子と出逢ってから行くようになった酒店は、副店長の登場によってますます、その様態が変わり初めていました。彼は有能な経営者でしたから、次々と新しい試みを行っていました。1日35節以下を連続して2週続けた子をクビにしていったこともあって、酒店の雰囲気はすごく変わり始めていました。どの子も一生懸命さが増し、明らかに 服務の質が上がっていました。そのため、客の数が増え、さらにその評判が客を呼ぶという好展開が生まれていました。公關の数もどんどん増えていて、「生意很好」(ビジネス好調という意味)の評判がどんどん流れだしたこともあり、他店から換店して移ってくる小姐が極めて多く、また、經紀人も新しい女の子を次々安心して投入できるため、極めて可愛い子たちが集中しだしていました。

6月の半ばには多くの学校で暑假が始まり、大きなイベントである電脳展もあるため、実は酒店にとって活気づく月です。また、高中を卒業した子たちが9月から入学する大学の学費を稼ぎにも来ますから、18歳~19歳の初めて上班する子もたくさんやってきますから、この時期に行くのは極めてお勧めということになります。

新たに来た副店長がうった次の手は、公關全員の競争でした。1週間のイベント期間をつくり、正職が約150人にふくれあがった公關の上位10名に賞金を出すという隠れイベントを実施したのです。これは客人には公表されておらず、女の子たちだけに示されていました。しかし、ついた子たちが異様に「もっと長くいて」みたいなことをどの子も言うため、問いただしてみたら、あっさりと競争をやっていて、それで上位に入って賞金が欲しいということが判明しました。1位の子が10万元、2位が9万元と1万元ずつ下がっていって10位の子が1万元というボーナスが出るのです。このボーナスの財源は合計55万元になりますが、では、その財源はどこから出るかというと100位以下の正職の子50人ほどから1万元ずつ扣錢されるという仕掛けでした。

多くの子はベスト10に入るのを狙っているというよりも1万元の扣錢になる100位以下から最下位までには絶対に入りたくないというのが、実はがんばっている本音でした。誰が優勝するか女の子同士も予想し合っていて大変、盛り上がっていました。このような競争をさせることは酒店では一般的ではなく、女の子どうしの足の引っ張り合いは太客(毎日のように来て多額の金を使う金持ちの客)の取り合いになるリスクもあって、多くの酒店ではこのようなことはあまりしません。しかし、この副店長は、そのようなリスクよりも全体的なレベルの向上を目指したのです。

優勝者は週5日上班する正職の合計節数で争われるのですが、大方の小姐の予想は200~250節前後が優勝ラインと皆が見ていました。5日間大框が連続してあるとすると大框は8時間相当48節ですから、48節×5日間で240節となります。これもかなり厳しい数字ですが、優勝を争うとなるとやはり、200節は確実に越えていないと厳しいところと言えます。

さて、イベントの結果は次の開會(ミ-ティング)の時に発表されるとのことでしたから、私も1位の子がどれぐらいの実績を上げるかとても興味がありました。木曜日の夜、包廂にいた子に私は結果を訊きました。そして、その結果は驚くべき内容でした。優勝した公關は250節どころかたった一人だけ、ダントツで400節を越したと言うのです。

優勝した公關の名前は珊珊。

彼女こそ紅牌中の紅牌と言われている別格の小姐でした。私は本当に数多くの公關と出逢っているのですが、4年間で出逢った小姐の中でたった一人しか出逢わなかった国立台湾大学出身の公關でした。評判はすごくて、台大の出身、背が高く、極めて頭の良い美人な小姐という天は二物も三物も与えている24歳の子でした。

しかし、私は5日間、1日8時間の上班でどうしたら400節を越せるのか不思議で仕方がありませんでした。毎日、大框されても400節は絶対に越えられません。物理的に無理です。そこで私は幹部の震洲に訊ねてみました。どうしたら5日間で400節を越えられるのか、極めて疑問だったからです。

しかし、震洲の答えた内容に私は驚いていまいました。珊珊は極めて有能でした。その方法は実は簡単、1日あたり、複数の大框をしてもらっていたのです。多い日は1日に三度の大框をしていました。1日の限度が1回の大框48節と考えていた私のまったく考えが及ばない方法でした。

珊珊とは後に私は逢うのですが、モデルのような長身、妖艶な容姿、そして、頭の回転の速さと誰にでもやさしく気遣いができるやさしい性格をもちあわせる最強の正職でした。彼女は暗配(選んだ客人だけSをする)の子でした。彼女にぞっこんだった台湾人はすごく多かったということですが、彼女を抱いてSできる客人は彼女に選ばれた客人だけでしたから、彼女とSしたくても相手にしてもらえなかった客人はたくさんいました。このイベントの1週間、珊珊はそれらの今までSさせなかった客人を積極的に電話などで呼んでいたようで、「あなたが私に熱心になってくれるから、やっとSさせてあげる決心がついた」というようにもっていったようです。長い間、彼女とSしたくてしたくて通い続けても許してもらえなかった客人たちが、彼女の大框の希望を承諾するのは簡単なことでした。皆、きっとギンギンに勃起状態でしたでしょうから、珊珊の言うなりだったようです。

従って、珊珊は男たちを手玉にとり、大框して出場して、1回Sしたらすぐに外で別れて再び酒店に戻り、違う客とまた、大框して出場というように1日で複数回の大框をこなしていたのです。大框は8時間ずっとつくかどうかは客の意思にまかされていて、大框してもすぐに出場した途端に別れてしまう客人もいます。多分、震洲の話では珊珊は飯店(ホテル)で事を済ませたら、すぐに大框した客人に甘えて「今日は用事があるから、もう帰らせて」みたいなことを言って、客人に解放してもらっていたようでした。知らないのは客人だけですが、長い間、Sさせてもらえなかった珊珊を抱けて、さらに興奮していたでしょうから、すぐに発射してしまい、短時間で終了でき、客人は珊珊のご機嫌をそこねないように言いなりになっていたというのが震洲の予想でした。多分、それは正解だと思われます。

従って、1日2回の大框をすれば、48節×2=96節。5日間このペースならば確かに480節になります。多い日は1日3回の大框があったということですから、1日で144節の荒稼ぎでしたから、確かに400節は越えてしまいます。

私はあまり正職を呼ぶことはしないのですが、どれほどの小姐か、とても見たくなり、震洲に珊珊をいつか預點したいと言いました。震洲は彼女は空枱には100%いないし、だいたい、午場から客人が酒店で包廂に入って待ちかまえているから、逢うのは簡単ではないと言っていました。

しかし、以外と早く、その日はやってきました。6月のある日、珊珊が私の待つ包廂に姿を現したのです。

 画像は林森北路の伝説の小姐、珊珊の写真です。彼女の写真はたくさんあって、多くの酒店を移り変わっています。この写真はこのブログの時の店ではなくて、錦州路の麥當勞の大樓にある酒店3店舗が複雑につながっている酒店にいた時の領枱及び禮服店を兼務していた時のものです。2009年末から2010年にかけて、この系列に在籍していましたが、今は便服店に移ったと聞いています。代表的な「油條」と呼ばれる小姐で、その妖艶な魅力と現在的なおしゃれな感じから多くの男を魅了したと言われています。容姿だけではなく、客人の心理をうまく読んで、コントロールする術は天才的と言われていました。プライベート版にはモザなしがアップしてあります。

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 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、絶対に撮影は禁止ですので、ご注意ください。これらの写真は酒店のスタッフや幹部が撮影し、私に提供してくれている特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。  また、この写真は大変、貴重なものなので取り扱いはよろしくご配慮いただくようお願いします。  

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向学心とは?

20XX年5月中頃、大学に合格して台中に行くことになった滴滴、そして新竹から来ていたYOYOは酒店を去っていきました。滴滴は今でも時々、気が向くと簡訊が突然来ることがあって、ワイルドガールの彼女らしく、必ず、などの顔文字やなどの絵文字がいっぱい入っていて、まあ、なんてことはない内容ばかりです。新年快樂とかそんな感じのあいさつが多くて、いつも哈羅(ハローの充て字)や哈哈(ハハという笑い声の充て字)を多く使いますが、彼女の簡訊は深く物事を考えない彼女らしく、いつもライトな感じでなかなか元気になります。

彼女たちと仲の良かった原住民の小小もめっきりと上班が減ってしまいました。多分、節約すれば月に1万元程度で生活ができた寮生活の環境であったこともあり、少しばかり酒店の上班が厭になっていたところもありました。きっとYOYOや滴滴がいた頃は仲間もいて、それなりに楽しくやれたのでしょうが、彼女たちがある程度、お金をためて酒店を去ってからは孤独感もあったようです。5月の中旬、小小から突然、簡訊が来ました。

「其實小小最近心情不是很好。很多客人也問我怎麼了臉很臭。
XX先生很好關心小小。
小小不想把不好情緒帶給你。對不起小小最近壓力很大。
其實很想要放棄當護士....。
我知道不行放棄、不然我家人就不知道怎麼辦。」

実は小小は最近とても心情が良くないんだ。
とてもたくさんのお客さんが私にどうしてそんなつまらないそうな顔をしているのか、聞いてくるの。
XXさんはいつもとても小小のことを気にしてくれているよね。
小小はあなたにこのような良くない気持ちのまま、あなたに接客することはできないよ。
ごめんなさい。小小は最近、何にもかもやる気がなくなってきているんだ。
実は看護師になるのだってやめたいぐらい。
私はでもやめられないことがわかっているし、さもなければ、私の家族だって、どうすればいいかわからないから。

実際、小小は2時頃に酒店にやってきても7時頃には帰ってしまい、下班することが多くなり、土曜日一日しか上班しないことも多くなりました。YOYOと滴滴がいなくなってから小小は明らかにつまらなさそうで、いつも元気がなく、原住民独特の楽天的な雰囲気もすっかり影をひそめてしまいました。酒店に来る回数が減ったこともあり、しだいに私もだんだんと小小と逢う機会がなくなっていきました。

その私が5月頃から、午場でよく呼んでいたのが、小可というとても聡明な大学生の子です。

「IceDollの微笑み」という章で紹介したのですが、始めての小可との出逢いは滴滴と一緒で、その時の印象はとにかく、感情の起伏がない美少女という感じでした。しかし、彼女は私が逢った多くの公關の中でも最も聡明で、気持ちのしっかりした子でした。最初はあまり話しもせず、打ち解けることもすぐにはできませんでした。最初に逢った時も陽気な人見知りしない滴滴が一緒だったから良かったものの、そうでなかったら、彼女との時間は退屈で、きっと二度と呼ぶことはなかったかもしれません。しかし、滴滴がいろいろと大学に合格するまでのことを小可に説明してくれたおかげで、彼女が心を開いてくれました。

彼女はれっきとした白天(昼間)の有名大学に在籍していました。この大学は新聞ジャーナリスト研究では政治大学と並ぶと言われ、マスコミ関係者の卒業生が多いことで知られています。景美というMRT站から近いのですが、大学のある台北の南部はいわゆる文教地区で、公館にある台湾大学を始め、台湾師範大学、政治大学などの国立大学をはじめ、多くの大学があります。小可はこの大学の新聞學系に在學していて、ジャーナリストを目指していました。もともとの志望は政治大学だったようですが、届かず、私学に入ることになったようです。しかし、家庭は小さい頃に両親が離婚していて母親一人だったこともあり、裕福ではありませんでした。どうしても勉強を続けたかった彼女は酒店の午場に身をおき、学費を稼いでいました。いつも大学の授業が下課すると、その足で酒店に来ていて、不定期でしたが週に3日ほどPTとして働いていたのです。

小可は今まで逢った酒店の子とは、まったくタイプが異なっていました。彼女は極めて美人で大人っぽいのですが、いわゆる安っぽい感じがまったくと言ってよいほどありませんでした。なぜ、酒店で彼女のような子が働くのか、私は不思議でなりませんでしたが、彼女と親しくなり、その理由がわかりました。彼女は勉強する時間を確保したかったのです。

台湾の人件費はまだまだ安くて、大学生が普通に打工しても1小時90~110元ぐらいです。100元もらえることは多くなく、麥當勞やセブンイレブン、スターバックスなどでもだいたい1小時90元が相場と言ったところです。しかし、酒店の場合は、1節10分が130元ぐらいですから、単純に考えても6~7倍の薪資(給料のこと)であり、同じ金額を稼ぐ時間が6分の1から7分の1で済みます。すなわち、小可の考えは時間を効率良く使い、短時間で収入を得ることでした。そのために彼女は気持ちを解放することを封印し、すべての客人はただ、金をもってくるだけの役割しかないと決めて、酒店で上班していたのです。

だいたい酒店の午場に来る客は晩場と異なり、少人数が多く、女の子をくどきにくる場合が多いと言われます。晩場のように酒を飲んで大勢で盛り上がったり、ストレス発散したりするような傾向は多くはありません。そのため、美人でスタイルの良い小可は多くの客人からくどかれていたようでしたが、彼女はそんな客人たちに辟易していました。従って、客人を適当にあしらい、服務も良いとは言えず、ただ、時間が過ぎることをじっと待っているような子でした。

そんな小可が私に少し心の窓を開いたのは、私が滴滴に大学受験のために日本語の勉強を教えていたからです。彼女は向学心が強く、学ぶことにとても貪欲な子でした。彼女が行っていた大学には日本語学科もあって、ジャーナリストを目指していた彼女は英語はもちろん、日本語も身につけたいと考えていました。さらに私が日本の企業の駐在であることを知って、貿易や経済、国際関係などの話をいつもしてきました。私も小可のような子は酒店で初めてで、極めて新鮮でした。彼女が使う中国語もビジネス関係の言葉や言い回し、さらに彼女なりの独特のちょっと難しい表現が多く、筆談も多用して、私も何とか会話についていくということも多くありました。

今、思えばおかしな光景です。彼女は秀舞もせず、いつもいさぎよいというかビジネスライクというか、包廂に来るなり、すぐに制服に手をかけ、跳舞の後の姿になってしまいます。その恰好で、政治や経済、これからの日台関係の動向を私に熱心に話し、さらに英語や日本語の勉強も私に尋ねて言葉や文法を訊いていました。さらに不思議なことは、その彼女がエッチなことも好きだったことです。3回目に彼女に逢った頃から氷の心が溶けていくように、いつも気持ちを全面的に開いてくれていました。どんなことでも研究熱心な彼女は、いつも「酒店に来て、最終的に女とやりたいだけしか考えないバカは相手にしない」と言っていましたが、本当のことを言うと私はいつもその言葉に矛盾を感じることが多かったのが事実です。

それともうひとつ、彼女の独特なところは普通は多くの小姐が好まない「1對1」が私に限っては好んでしていたことです。彼女は「1對1」を基本的にはあまりしない子で、幹部のKittyもそのことを私には言っていました。しかし、向学心のあった彼女は、他の子に邪魔されず、いろいろな話を私とじっくりすることをとても喜んでくれました。「酒店に来る男はスケベばかりで最低」といつも言っていた彼女は色恋ごとの「你是可愛的」というような言葉にはまったく心は動かなかったといいます。彼女の心が動くのは彼女の知的好奇心を満足させるときでした。だから、私との「1對1」を好んだというのは正確ではなく、私との「知的好奇心をくすぐるような会話」を好んでいたのだと思います。彼女は日本人の企業戦士のような人物と知り合ったことはかつてなく、非常に強い関心を寄せてくれていたというのが正解だと感じています。

私は唱歌や跳舞も楽しくて好きなのですが、彼女といろいろな話をするのも悪くはありませんでした。小可は学生證を見せてくれたことがあって、その写真が、本当に真面目な女子大生に見えたのが今でも印象に強く残っています。そのため、小可とはあまり、歌を唱ったり、一緒に跳舞をしたりした記憶が多くはありません。いつもKTVで静かなバックミュージック系の曲を好んでいました。

でも、そんな彼女も好きな曲があって、小可はAlinが大好きでした。彼女は基本的に何でもこなす器用な子で、話の方が好きで多くは唱いませんでしたが、とてもうまかったです。最初はとてもとっつきにくかった小可が微笑みながら時折唱う歌声は落ち着くというか、心が休まるというか、独特の雰囲気がありました。

彼女の歌の中で一番記憶に残るのが「四季」という美しいメロディのAlinの曲です。
それは彼女が唱う時、いつも気持ちが入りすぎて、この歌を唱うと彼女が少し涙ぐんでしまうからです。



我的愛情 已折斷了翅膀        私の愛情は、すでに翼が折れてしまった
無法繼續飛翔 在風裡飄飄蕩蕩    だからもう飛べない、風のなかでとりとめもなく流されていくだけ
等待天亮 好好大哭一場       夜が明けるのを待とう。すごく泣いてしまったけど。
再讓眼淚風乾 在微笑中 釋放     再び風が私の涙を乾かしてくれる。微笑みの中で私は解き放たれる

走過四季 是你給我的力量                      四季が通り過ぎて行く。あなたは私の力をくれた。
當我覺得孤單沮喪害怕 還依然能堅強 私がひとりぼっちで気落ちして泣いているとき、まだ強くなれる。
不管四季 如此無情的交替      四季にはかまわないで、四季の変わり目は無情だから。
我已不寂寞 因為你和我曾多麼 快樂 私はもう寂しくはない、なぜならあなたと私は多くの幸せをつくれるから


それぞれの子にはそれぞれの想い出の歌があります。
不思議なことに彼女たちが好む歌は彼女たち自身の気持ちが重なるような歌詞が多いような気がしてなりません。

小可は暑假が終わった9月に酒店から去っていきました。
彼女がくれた最後の簡訊には実に彼女らしい気持ちがこもっていました。

「你好、XX先生。
我現在專心唸書。我也一份學生工讀、我没有回去的打算了。
我不忘記跟你的話。真的謝謝你。
你是唯一的客人有尊敬。
你也加油工作!我只希望你一切平安都順利!!」

こんにちは。XXさん。
私は今、勉強することに専念しているよ。
私も仕事をしながらの学生だけど酒店にはもう戻らないつもり。
私はあなたと話したいろいろなことは忘れないよ。ありがとう。
あなたは唯一、尊敬できるお客さんだったよ。
仕事、がんばってね!
私はあなたのすごす日々が平安ですべてのことがうまくいくことを願っているから!

原住民の小小は何度も看護師になるための勉強を続けることをあきらめそうになりながらも結局は頑張り続けました。
そして、今はどうしているか、わからない、小可。
世界を相手にするジャーナリストになってくれているでしょうか?少しばかり、気になります。

ほんの一時だけ、酒店に身を置いても、流されそうになっても向学心をもって学び続けていく彼女たち。
年若い彼女たちが学び続けること、あきらめないことの大切さを教えてくれたような気がしてなりません。

 画像はたった1枚だけ残っている小可の写真です。幹部のkittyがプロモ用に撮影したものだったように思います。基本的に酒店での写真を撮られることをすごく嫌がっていましたから、手元にある数多くの写真から捜してみたのですが、1枚しか見つかりませんでした。実際にはもう少し、ツンとした感じなのですが、普段の学生の時との落差の大きい子で、酒店上班の時はいつも髪(ほとんどエクステでした)や化粧にすごく凝るところがあって、上班してから包廂に来るまでの準備に時間がかかる子でした。すごく、変身願望みたいなのがあって、酒店にいる時は本当の自分ではないと言い聞かせているようなところがあり、まったく、普段の自分とは異なる自分を演出していたように私は感じています。すごく聡明でしたから、他の子たちとは雰囲気が少し異なっていて、ケバく自分ではしたつもりでも、どこか知的な美を感じさせるようなところがある独特の美人でした。

小可モザ

 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、絶対に撮影は禁止ですので、ご注意ください。これらの写真は酒店のスタッフや幹部が撮影し、私に提供してくれている特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。  また、この写真は大変、貴重なものなので取り扱いはよろしくご配慮いただくようお願いします。 

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加菲、Vicky、そして麥當勞

3月29日、加菲から突然、私の小機に簡訊が届きました。彼女が嘘をつき、經紀人のVickyに一喝された最後の10分以来、彼女とは会っていませんでした。しかし、酒店に新たな副店長が来て、35節以下の公關一覧には加菲の名前が掲載されていて、もうここでは続けられないだろうとは思っていました。基本的にほとんど社会性がなく、人とうまくかかわれないところがある加菲の性格ではこのようなサービス業自体続けていくことが無理でした。 きっとクビを言い渡されたのでしょう。

「XX先生、這是我求你幫助最後一次、好不好。
拜託 拜託 !但是請不要和幹部、經紀人!好嗎? 拜託! 」

XXさん、私は最後にもう一度だけ私を助けて欲しいことがあるの、いい?
お願いお願い!但し、幹部と經紀人には話さないで!大丈夫?お願い!

私はすぐに加菲に電話をしました。酒店をクビになり、4月15日に返す最初の返金を待って欲しいとの頼みかと思っていました。しかし、内容は違っていました。彼女は酒店に入る際も經紀人に前金(バンス)をもらっており、その額は6万元。しかし、まだ、全部返すことができておらず、1万5千元の借りが残っていたのです。それを返さない限りは、今の酒店がクビになっても新たな酒店で働かなければならず、經紀人との契約が未履行となり、多額の違約金を支払うことになるという事情でした。従って、その1万5千元を立て替えて欲しいという話でした。

私は、しかし、嘘を最後に言ってまで酒店の勤めを逃れようとした加菲を信用することはできませんでした。彼女にはその事を伝え、加菲が誠意を見せない限り、再び信用することはできないし、助けることができないと話しました。彼女は「没關係」と言って最後に電話を切ってしまいました。4月15日の返金の約束を彼女はどうするのだろう?と思っていました。返金されるされないということよりも彼女の今後の人生への向き合い方や人との関わり方の方が気になりました。それは加菲があまりにも社会的に未熟だったからです。

その後、しばらく経った4月8日、加菲からのE-mailが突然、届きました。最初にお金を返すと彼女が約束した4月15日まであと一週間でした。

「XX先生你好!
我是XX。今天我是要向你說明。
我已離開了○○○。
我現在正在找白天的工作。
關於醫藥費的欠款、我想等白天的工作找到我在環錢可以嗎?
其實我知道你已經不像最初那像的喜歡。
我現在寶貝已回到○○○。我想她才是你最喜歡的。
現在我只希望你能好好的照顧你的身體。
你跟我說過的話我會永遠記在心理。
我也會好好的保持我的信用。
再來。謝謝你幫助過我。XX」

XXさん、こんにちは。 
私はXX(加菲の本名)だよ。今日、私はあなたに話しておかなければならないことがあるんだ。
私はすでに○○○(酒店の名前)をやめました。
私は今、昼間の仕事を探しているところです。
医療費に関係する借金、私が昼間の仕事を見つけるまで返金を持ってもらいたいんだ。
実は私はあなたがすでに最初私を好きだったときとちがうように思っていることを知っているよ。
現在、 寶貝も○○○に戻ってきた。私が思うに彼女こそ、あなたが一番好きな子だ。
現在、私はただ、あなたが自分の体を大切にしてくれることだけを望んでいる。
あなたと私が話したことは私の心の中に永遠に記憶されているよ。
私もとても私の信用を維持していくことができるから。
さようなら。私を助けてくれてありがとう。XX(彼女の本名)

E-mailを受け取った私は加菲はもう、私と一切、逢わないようにするつもりだと思いました。それと2月に酒店を去っていた寶貝が、また戻ってきていたことも知りませんでした。震洲に訊ねたところ、実際には寶貝は戻ってきておらず、私が加菲と逢うきっかけとなった寶貝の名前を彼女は覚えていて、そちらに気をそらそうとする嘘でした。

私は經紀人のVickyにもすぐに連絡をとりましたが、やはり彼女はバンスの未返還金分を支払っておらず、Vickyも加菲を追っていました。予想通り、酒店の業績が加菲は1日平均30節にも満たず、2週間続けて業績を落とした彼女は「やる気がない」公關としてクビを酒店公司から言い渡されていました。

実際には新たに来た副店長は極めて人心掌握にたけており、聡明でしたから、35節を2週続けて切っている公關も前週よりも1節でも業績を上げていればクビにはしていませんでした。すなわち、前週が25節でピンチであることを女の子たちが認識して、少なくとも上班する日数や時間を延ばせば、少しは業績が伸びる可能性が高く、次の週に30節であったとしてもその努力を認め、酒店に留まらせていたのです。当然、クビと思っていた女の子たちはそこで感謝の気持ちをもち、「がんばれば店においてもらえるんだ」という気持ちをもたせ、やる気を引き出していたのです。しかし、加菲はそれにさえ気づかず、自分の立場が職を失うピンチであるという土俵際であることにもわからず、ずるずると業績を落としていったのです。

身分證のコピーを私は持っていて加菲の住所もわかっていましたが、Vickyと錦州路の麥當勞で逢い、これからの加菲の処遇を相談することにしました。Vickyは人格者であり、バンスの返金よりも私と同じで彼女のその場しのぎの嘘やごまかし、すぐに逃避しようとする彼女の姿勢に大きな課題を見いだしていました。努力して困難に打ち勝とうとする姿勢が極端になく、その資質を培わない限り、彼女はどこへ行っても信用されず、失敗していくだろうという考え方は私とまったく同じでした。 

とりあえず、返金の約束をした4月15日の夜11時に錦州路の麥當勞で待っているという簡訊を送ったものの、まったく返信もなく、電話にもでません。經紀人のVickyと4月15日の夜10時30分に麥當勞で待ち合わせ、加菲を待ちましたが、結局、Vickyと予想した通り、彼女は約束の時間になっても現れず、連絡もありませんでした。12時頃までVickyと麥當勞でゆっくりと話をしたのですが、そこで彼女は驚くべき提案を私にしました。それは夜の世界の少し非合法なやり方をとるであろうと思っていた私には衝撃でした。

「你協商跟外事警察比較好」(外事警察に相談するのがいいよ)

私は特に返金にはこだわっていなかったので、Vickyにそこまではというような話をしました。しかし、彼女は冷静でした。すなわち、この程度ならば、普通の警察や裁判所は真剣に取り組まないから、外国人でよくわけがわからなかったからということで相談すれば良いと言うのです。それは事件ではなく、相談だから彼女が逮捕されるようなことには絶対にならないし、外事警察は加菲を指導して約束を守るように促すだけだからと言いました。Vickyは仮にも娯楽公司というれっきとしたいわゆる娯楽関係のマネージメントを取り扱う企業の社員でしたから、私が連絡してあなたの名前を出さずに私の顧客の外国人が困っているという形の相談にすれば問題ないと話しました。さらに外事警察は彼女にその相談が嘘か本当かの確かめの連絡を加菲にするはずだから、効果覿面と言いました。彼女は社会的なことや手続きがよくわからないから、確かめの電話があっただけできっとびっくりして指導に従うよと笑っていました。特に彼女の家は信用破産を家族全員がしているから、そのような連絡にはとても弱いはずとも踏んでいたのです。多分、私が思うにこのようなことは山ほどあってVickyはそのあたりの見通しが持てたのでしょう。 

Vickyが繰り返し強調したのは、「加菲を預かった者の責任として、しっかりと社会でやっていけるようにする」という信念でした。だから、彼女は私に対して「お金がもどらない可能性も高いから、その時はあきらめて」と繰り返し強調しました。しかし、お金がどうせ戻らないなら加菲を放置してもいいかというと私たちはそれではいけない、あなたはしっかりとした人間だから一緒に手伝って欲しいとも言いました。お金を戻すことよりも加菲を真人間にして過ちを繰り返さないようにすることこそが彼女にかかわった私たちの役割と私に説明をしました。

そして、4月15日夜のこのVickyの提案を私は受け入れることにしました。それは加菲のためでもあったのですが、もうひとつ大きな理由は私がVickyの姿勢に感銘を受けたからです。いろいろな女の子を相手にしている彼女のポリシーはいつもまっすぐで揺らぐことがありませんでした。私より遙かに年下なのですが、彼女の言葉にはいつも意味があり、重みがありました。それは表現しにくいのですが、「折れない気持ち」というか「揺るぎない信念」というか、そんな透き通った、澄み切った強い気持ちに裏打ちされていたからだと思っています。

麥當勞をVickyとともに出るとそこにはいつものような喧噪がありました。
放っておいてもいい加菲のことを真剣に心配している人がいる。それは加菲にとっても幸せなことだと私は思いました。
Vickyの言葉は時として魔法のような力があります。彼女は夜の世界のまぎれもない住人。
しかし、きっとそこには「迷人的危險」があり、それが私を魅了していたのでしょう。



 前章で貼った画像と同じ酒店の大廳です。実は酒店にはそれぞれ系列があって、酒店公司が制服店、禮服店などを同時に経営していて、系列の中でアメーバーのように店の様態を変化させ、女の子たちの移動もしています。この酒店は以前は京天地という制服店、その後、晶華という禮服店でした。京天地の公關の子たちは禮服店に変わった時に系列の幻想的な包廂のある制服店に移っていて、その時期はすごい数の公關がその店にはいて、女の子を選ぶ選択肢が極めて豊富でした。スタッフと親しくしているとそのような店の改変の情報を事前に得ることができて、良い時期を逃さずに行くことができます。

 このブログは元々、台妹と良い心の交流をもちたいと思っている、あるBBSでご賛同いただいた方々に情報提供する目的で始めましたので、画像等も一定期間をすぎたらほとんどをプライベートモードにしております。プライベートモードは私が友達認証した方が入れますが、コメントなどをお書きいただいたり、メールなどを通じて交流などを深め、ご信頼した方を対象にさせていただいております。酒店と同じような形で一見の方はすぐに認証はできませんので、何度かやりとりをさせていただいてからになります。ご理解のほど、お願いいたします。   

 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、絶対に撮影は禁止ですので、ご注意ください。これらの写真は酒店のスタッフや幹部が撮影し、私に提供してくれている特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。 

錦洲領檯側拍圖  8

錦洲領檯側拍圖  5

錦洲領檯側拍圖  6

錦洲領檯側拍圖  7

天才的な経営者の出現

2008年4月中旬。私は年度初めで仕事が多忙であったこともあり、午場の酒店に行くことが多くなっていました。しかし、4月には私が母親の治療費を貸した加菲が酒店を去っていました。それにはいくつかの複線があったのですが、その要因のひとつにこの制服店に現れた一人の副店長の存在がありました。

この酒店は2008年半ばから2009年にかけて台北で一番流行っている酒店と言われていました。酒店そのものは決して豪華ではなく、大廳も小さめで、包廂もごく一般的なつくりで特徴が無く、どちらかというと古いタイプでした。しかし、ハードウェアは目新しくなくても、酒店のソフトウェアが優れていれば集客でき、生意(ビジネスのこと)も上がるという好例がこの制服店でした。その理由は、2008年の3月にこの酒店の副支店長に就任したある人物が、次々と斬新な仕掛けをつくり、大発展に導いていったのです。

当時、私は彼とは全く面識がなく、私が酒店においてスタッフたちともかかわりを深めたある事件が2008年の11月から12月頃にかけてあって、それが原因で私はこの副支店長と知り合い、懇意になっていきました。2009年には彼とはビジネスの様々な意見交換や友人としての関係ができ上がって、今では彼が店長をやっている店が私の本拠地になっています。

彼は2010年のある月に店長としてこの今、私が本拠地にしている店を開店したのですが、その開店の日を実は私の誕生日に重ねてくれました。私もその時は花を彼の店に開店の際に送っています。彼は私に日本的な経営マネージメント手法を熱心にいつも聞いてくれて、私もよくアイデアを提供していました。私も人の心理をつかみ、マーケッティングをしっかり進める彼の手法はとても参考になり、2人でよくSWOT分析をして、ビジネス要因の論議をしていました。現在、この制服店は約200人の若くて可愛い子を揃え、服務も良い店として知られていますが、そこには彼が最初に副店長として勤めた時に実施して成功を導いた数々の手法が取り入れられています。さらにその半年後には新たな包廂の仕組みを取り入れた禮服店を旧・東京サウナを買い取って開店させていて、そのオープンの時も招待していただきました。やはり、女の子の質は高く、現在、台北で最も評価を受けている禮服店のひとつとなっており、高い評価のある禮服店CEOと肩を並べるところまで来ています。

彼との様々なかかわりは今後、ブログの中で順に紹介していきますが、酒店という怪しげな夜の世界には似つかわしくない完全なエリートビジネスマン的な男です。幹部や經紀人のようなニックネームではなく、会社組織の公司のトップですから、いつも本名を名乗っています。しかし、本名を明かすことはできないので、「副店長」という呼称をしばらくは使っていくことにします。

彼の卒業は台南にある国立成功大学。台湾大学は日本の東大のような存在ですが、南部の成功大学は自由な学風で知られ、京大に例えられます。台北になぜ、来たのかは詳しくは聞いていませんが、少なくとも夜の世界には今までなかった革新的な手法を斬新に取り入れていく彼のスタイルは今までの台湾の伝統的な酒店公司にはないものでした。タブーと言われるこの世界の慣例も彼はどんどん打ち破っていきました。

まず、彼が取り入れた多分、最初の手法(最初の頃は知り合いではなかったので類推です)は徹底した公關の競争意識の醸成と服務の向上でした。

制服店はギャンブル的な要素が強いことは客人もよくわかっていますが、つく女の子によって当たり外れが極めて激しいところがあります。公關の子たちも嫌いなタイプの客にはわざと態度を悪くして、早く換枱されるようにもっていったり、努力して客人にリピーターになってもらおうという姿勢がなかったりする子も多いです。すなわち、上班して空枱に並べば、それなりに客人は選んでくれると思っているところがあり、事実12時~2時にかけては缼妹状態(客人の数に比べて公關の数が足りなくなること)が発生しますから、特に苦労しなくても客人をある程度は獲得できる状況がどの子にもあります。また、酒店の支払いは一般的な台湾人にとっては高く、そんなに来られないという事情もありますから、態度が悪い子や容姿が劣っている子でも一見客につくことがある程度は可能だからです。

従って、彼が最初にやった方法は極めて大胆でした。

それは控台の櫃台(カウンター)に人気がない小姐の名前を書いて看板を出したのです。日本でもよく人気がある嬢の写真やランキングを出すことはありますが、人気がない子の名前を出すことはまず、ありません。女の子のプライドの問題もあって、やめられたら困ってしまうし、人間関係もギクシャクするのが普通だからです。しかし、彼はまったく、そのような視点には立っていませんでした。人数がいないと普通、制服店は困るため、まずは公關の人数を揃えることに腐心しますが、彼は、そこの発想を変えていました。「良い子だけを揃えて、態度が悪い子や努力しない子はいらない」という少数精鋭主義を最初は取り、店の評判がよくなれば、自然と女の子は集まるという考え方が根底にありました。

何と彼は1日平均35節以下の実績の子の名前を全部、張り出したのです。1時間が6節ですから8時間勤務でフルについて48節。さらに1回の點枱が3節となります。さらに大框は12節、小框は6節の換算加算もしていました。すなわち、もし、8時間の大框を得ると60節となります。ただ、この大框と小框はボーナスポイントなので実際の客人の支払いや公關の給料反映はされていません。

私もこの看板を見たのですが、35節以下の子の名前が30名ほど、書かれていて、2週間連続してこれに名前が載ったら解雇という厳しい警告文がその表の下の部分に「警告」という形ではっきりと示されていました。これは後から教えてもらったのですが、その意図は、適当に服務をしてすぐに客人から換小姐をするようにし向けて、ちょこちょこ小金を稼ぐやる気のない小姐の一掃でした。「悪貨が良貨を駆逐する」というような考えを彼はもっていて、同じ包廂内で複数の公關がいる酒店では、要領がいいだけでずるく、服務もしっかりしない小姐がいる影響は大きいと彼はいつも言っていました。また、そのような小姐がいると全体的な服務のレベルがだんだんと下がって、客もリピートしなくなり、店全体のビジネスが不調になっていくという考えも強くもっていました。

それと、どの客人も不人気公關のリストを見ることができるので、そこに名前が出ている公關は当然、空枱でも選ばれにくくなって、短い節数を数多くこなすという方法もとりにくくなり、小金が稼ぎにくくなるということになります。客人も最初から不人気と明示されている子を最初からわざわざ選びません。従って、名前が載ると、その公關にはどんどん悪循環が発生しますから、女の子たちにとってもこのリストに名前が載りたくないという気持ちが生じて、皆、客を獲得するために服務レベルを上げることにつながるというわけです。今では他の酒店でもする子が出てきましたが、この制服店は若くなくて美人や可愛くない子は客の獲得が困難なため、免費でSをする子が増えました。客人も小費なしでSができるため、今まで酒店のお荷物だった子たちもリピーターの客人がつき始めるという副次的な効果も現れ始めていました。

逆に彼は人気のある紅牌のような子たちを徹底して秘密にしていました。誰が一番人気があって、可愛いかを知るためには何度も酒店に来る必要があり、客人の飢餓感を誘ったり、もったいつけて紅牌の価値を高めたりする手法もうまく取り入れていました。また、可愛くて若いPT妹は懇意にしている客にしか、紹介しない手法を徹底していました。それにより女の子を預ける經紀人を安心させ、多くの新人の可愛い子が勤めやすくする環境も作っていました。そのため、2009年には考えられないような可愛い高中生や大学生が集中するという状況が発生していたのです。

加菲はこの不人気公關リストに当然ながら、入っていました。歌や跳舞もダメ、酒も飲めず、ボディサービスもダメでただ可愛いだけの加菲は、彼の出現によって、この制服店のお荷物と認定され、努力することを促されていたのです。服務の意識が上がり、競争が激しくなったこの店での限界がやってきていたのです。

そして、彼はこの施策を手始めに、この制服店の人気を不動のものにしていくために次々と新たなアイデアを打ち出していきます。それは酒店が水商売という影のビジネスから現代ビジネスへの転換をはかるモデルとなっていったのでした。

 画像は昨年、リニューアルした混合店(制服店と禮服店との混合形態)の大廳の様子です。今は大廳でこのように制服の公關がいて包廂待ちの客人などに顔見せしやすくしたり、話せたりする所が増えてきました。このようなシステムを最初に始めたのもこのブログで出てくる副店長がいた店が最初と言われていて、領枱が接遇をして制服の公關は空枱でいつも立って歩き続けているという酒店の常識を最初に打ち破ったとも言われています。この酒店は制服店→禮服店→混合店と3年間の間に3度店名を変え、システムも変えました。女の子の数を維持するため、制服店が禮服店に変わることはよくありますが、結局、生意不好(ビジネスがよくないこと)になって制服店や混合店に戻るところが多いです。禮服店はかなりレベルの高い子を揃えていないとやはり、客足が遠のく傾向が強く、包廂内の服務である程度勝負できる制服店よりも経営は難しいのは当然かもしれません。

 このブログは元々、台妹と良い心の交流をもちたいと思っている、あるBBSでご賛同いただいた方々に情報提供する目的で始めましたので、画像等も一定期間をすぎたらほとんどをプライベートモードにしております。プライベートモードは私が友達認証した方が入れますが、コメントなどをお書きいただいたり、メールなどを通じて交流などを深め、ご信頼した方を対象にさせていただいております。酒店と同じような形で一見の方はすぐに認証はできませんので、何度かやりとりをさせていただいてからになります。ご理解のほど、お願いいたします。   

 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、絶対に撮影は禁止ですので、ご注意ください。これらの写真は酒店のスタッフや幹部が撮影し、私に提供してくれている特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。 

錦洲領檯側拍圖  4

錦洲領檯側拍圖  2

錦洲領檯側拍圖  1

錦洲領檯側拍圖  3

寛恕(休息一些)

いろいろなことがうまくいかないこと。きっと誰もが思い当たることです。

昨日、仕事が終わって深夜に帰宅、このところの激務でさすがにすぐに眠ろうと思った矢先、簡訊がAppで届きました。誰かと思って見ると圓圓。今年の夏から秋にかけて仕事で何度も台北を往復していた時に出逢った子でした。すぐに聊天(チャット)になったのですが、何と2時間40分もの間の最長聊天になりました。実はそれには理由があります。 

私が彼女と出逢ったのは、当時彼女は18歳になったばかりで、誕生日の翌日でした。つまり、本当に18歳になってすぐに酒店にやってきました。圓圓は幼少の頃に両親が離婚、國小、國中は母方の奶奶(中国語で祖母のこと)と一緒に暮らしていました。しかし、奶奶が亡くなり、彼女は高中になってから、長い間一緒に暮らしていなかった媽媽(母親)に引き取られ、一緒に暮らすことになりました。しかし、当然ながら、長い間、生活を共にしていなかった母親とうまくいかないことは自明の理でした。彼女は学校生活も乱れ、そして、高中を退学してしまったのです。 家には帰らず、媽媽も彼女を見放し、一切のこずかいも与えなかったと言います。彼女はまだ、18歳未満だったこともあり、一小時80元の時給で夜市でTシャツや帽子を売るという打工しかつくことができませんでした。

しかし、そんな彼女も17歳になり、学校を出ていないことが台湾の社会では大きなリスクをもつことが痛いほどわかった彼女は再び学校に通い始めます。従って、今は18歳であるにもかかわらず、高中進修学校の2年級です。以前もブログで紹介しましたが、酒店の高中生は、そのほとんどが進修学校(定時制のような補習校)で本来の高中とは異なります。従って、上課は朝8時から12時までの午前中のみ、午後からは働くことも可能でした。しかし、時給はやはり一小時90元。彼女は17歳の時に18歳になった瞬間に酒店で働くことを友達から紹介された娯楽公司の經紀人と約束して8万元を借りたのでした。

私が彼女と出会ったのは去年の8月の下旬。在住ではなく、仕事で往復するような形で台北に行く形になった私は大廳で酒店の行政をはじめとするスタッフや様子を見に来ている經紀人と旧交を温めるようなことが多く、その日も2時間ほど酒店で懐かしい戀戀と逢い、彼女が下班したので私も帰ろうとしたところ、「好久没看到!」(しばらく会っていなかったよね)と言うことで、 帰り際の大廳で知り合いにつかまってしまい、 少し、話し込むことになってしまいました。すると一人の背の高い子が控台(打卡などの上班の手続き)をしに大廳にやってきました。彼女を見た知り合いの經紀人(ブログで書いたVickyではありません)が私に言いました。

「她在我的公司。不過我不是她的經紀人。別人的。剛剛來的。今天是第一天。如果你可以的話、你點她比較好」
(彼女はうちの公司の在籍さ。ただ、僕は彼女の經紀人ではないよ。別人だ。彼女はさっき来たところ。今日が一日目なんだ。もしできるなら、彼女を指名してくれないか)

彼女の手を引いて、經紀人が私のところに連れてきました。その表情はとてもオドオドしていて、目もなんとなく暗く無表情でした。確かに美人で、スタイルは抜群。しかし、本当に暗い目をしているのが、とても気になりました。茶髪で化粧もギャルのような派手な感じなのですが、よく制服店にいるような弾けるような感じがありません。しかし、親しかった經紀人が空枱に入れたくなかったような態度は見え見えでしたし、彼女が壊人の客人でやりたい放題されるのも可哀想な気持ちも手伝って、一度去った包廂に再び戻ることにしました。しかし、時間は12時頃で一番、酒店が込む時間になっていたため、大廳で包廂待ちすることになりました。

この時間になると少なくとも30分、平均的に1時間は包廂が空くのを待たねばいけません。しかし、実は方法があって、女の子をすぐに「點枱(指名)」してしまうと優先的に包廂を廻してもらえます。酒店の料金体系は複雑そうで実は単純、女の子を横に座らせた瞬間に料金が発生します。多くの客人は包廂に入って回ってくる多くの公關の子を並べて見て選びたいため、大廳で 「點枱」する客人は多くはありません。しかし、基本的に私は空枱で回ってくる公關はよほど運が良くないと数はいても本当に良い子は、ほとんどいないことを知っているため、幹部の紹介によることが今は多く、そのため、よく、大廳で點枱します。

大廳で多くの包廂待ちの客に秘密にしたい子の顔を見られしまうリスクはありますが、先着順が極めて重要な酒店では、とにかく少しでも早く女の子を決めることが重要ですから、包廂を空くのを待っていたら、良い子は最初か次に入った包廂あたりでまちがいなく他の客人にとられてしまいます。従って、私はよく、大廳で女の子を座らせています。しかし、その瞬間から料金は発生しますから、行政たちは、一刻も早く包廂を準備するため、待ち順位が1位に繰り上がります。初めて逢った圓圓を點枱したこの日もご多分に漏れず、混んでいたにもかかわらず、10分程度で私と圓圓は包廂に案内されました。

圓圓は本当に表情が硬く、10分たったら秀舞をすることぐらいしか、よくわかっていませんでした。その秀舞も必死でやっている感じがあって、顔がひきつっているというか、そんな感じがしました。ちょっとこのままでは雰囲気もほぐれないなと思った私は、小Cという大直にある大学の2年級の子を點枱することにしました。実はこの日、酒店に行く前の9時半頃、民生東路近くのテーブルがあるセブンイレブンでWIFIをつないでいたところ、彼女がたまたま飲料を買いに入ってきて、ばったりと逢っていました。

彼女は胸の大きなグラマー美女で、やはり懇意にしている子です。彼女には酒店に行ったら呼ぶからと伝えていました。この日は私は戀戀というとても可愛がっている気まぐれ娘を呼ぶ約束を簡訊でしていました。そして小Cも點したのですが、他の客人に加點(指名返し)されてしまい、呼べていませんでした。彼女が最初の客人に呼ばれてそろそろ3時間ぐらい経っていましたから、そろそろ帰り、彼女が下枱する時間が近いと思っていました。予想通り、行政に小Cの預點(下枱したらすぐに連れてきてもらう點枱のこと)を頼んでから、15分ぐらいして、すぐに包廂に姿を現しました。

小Cはおっとりした子で雰囲気もなごみますし、しなだれ系の子なので、初めて上枱した圓圓もリラックスし出しました。小Cは胸がEカップは余裕であるのですが、実は圓圓は背が高く、素晴らしいスタイルでとてもスリムですから、ちょっとポッチャリ系の小Cよりも胸が大きく見えるような感じでした。圓圓はもともと美人なのですが、逢った時は表情がかたく、少し冷たいような印象がありましたが、本当は明るい子で笑顔も可愛い子でした。その時は、誕生日の翌日ということもあり、2時間ほど私と小Cとすごして下班となりました。彼女は、最初の上枱でおだやかにすごせたこともあり、最後に電話番号を私の小機に入力していました。

その後、台北に行く機会がある度に彼女を呼んでいました。彼女の事情を知ったのはしばらく経ってからなのですが、彼女は一刻も早く、經紀人からバンス(前金)として借りた8万元を返すことに必死でした。そのため、学校があっても毎日、午後6時から午前2時までPTではなく、正職として週5日の上班を選択していました。ただ、いつも私に言っていたのは、この仕事は好きではない、一刻も早くやめたいということでした。

また、彼女はその派手な顔つきとは裏腹に男性経験は一度もなく、客人との出場も絶対にしませんでした。どちらかというと愛想がないところもあって、若くて可愛いのですが、ボディサービスは悪い方でしたし、出場もせず、1對1も私以外の客人とは一切しなかったので、あんまり人気はありませんでした。従って、だいたい點枱すれば、他の包廂にいてもすぐにやってきました。彼女が言うには何度も逢いに来てくれて點枱を繰り返ししてくれるのは私だけだとか言っていました。

夜、制服店に来る客人が好むのは、とにかくボディサービスがよく、ノリの良い子です。彼女は心をなかなか開かないので、本当はノリの良い活発な子なのですが、初対面の客に対してはあまり楽しめるという子ではなかったように思います。18歳になったばかりなのに、どこか醒めていてハツラツさがないような感じもありました。また、自分が、もともとお金を何とかするために18歳の誕生日の翌日から働き出した経緯からも、一刻も早くやめたかったのが本心でしたから、どうしてもそのような気持ちが接客に表れてしまったのではないかと私は予想しています。実際、彼女は10月にはもうやめてしまいました。經紀人への借金をすべて返し、当面のお小遣いや生活費がストックできた時点でスパッとやめてしまったのです。

彼女が酒店で得たお金で買ったのは、一番欲しかった「i-phone」でした。彼女は当然Facebookももっていて、無名小站にブログとアルバムももっています。アップされている写真は合計500枚以上、いつも免費のTaipei-FreeでWIFIをつなぎ、電話代がかからないLINEやAppで連絡をとっています。従って、最低料金のみで中華電信と契約しているようで、気軽に簡訊を私にも時折、送ってきていました。

その彼女に問題が発生しました。ストックしていたお金がもう尽きかけているのです。そこで、昨日の簡訊になりました。内容は仕事を紹介して欲しいということでした。酒店の仕事はもう絶対にしたくないという決意が強く、何でもやると言います。ただ、勉強は苦手で日本語はもちろん、英語や会計に必要な数学も苦手です。本人は自分が美人で背が高く、スタイルが良いことはとても自慢に思っていますから、ショーガールやキャンペーンガールのような仕事がしたいようなのです。台湾では電脳展や車展などを始め、数多くのイベントが派手に行われますが、必ずと言っていいほど、各社のブースなどにビキニや大胆な恰好をしたレースクイーンのようなキャンペーンガールがいて跳舞をしたりするのが一般的です。どうもそのような仕事で身を立てていきたいようなのです。

私はあまり、自分のことを具体的に酒店で話すことは絶対にしないのですが、薄々は話すことがあります。彼女は私が日本企業の駐在員であることは知っていましたから、なんとかそのような機会を紹介してくれないかというのです。そのため、細かな部分の話し合いを聊天で長時間にわたりすることになりました。

今日、台湾企業の関係者に連絡したところ、いくつかの担当者が彼女の写真を見て興味を示し、これから面試などが整えられるはずです。私は今、台湾に常駐していないので、あとは彼女のやる気と才覚しだいかなと思っています。

彼女とは、よくデュエットしましたが、その中の一曲に圓圓がお気に入りの「寛恕」という曲があります。「寛恕」とは日本語でも同じ意味ですが、日本語ではまず使われません。その意味は「心が広くて思いやりのあること。また、「そのさまとか過ちなどをとがめだてしないで許すこと」と広辞苑などには出ています。 

歌詞の中のサビの部分に「努力學習寛恕」という言葉があります。

圓圓は私が台湾の駐在が終わった後に知り合った子であることもあって私下(プライベートのこと)で逢ったことは一度もありません。ただ、彼女が大好きな 「i-phone」 を通して時折、簡訊のやりとりをし続けていた子で、何かあると相談事をしてきました。彼女の無名小站のアルバムにある大量の写真には制服姿で友達と屈託なくすごす彼女の楽しそうな笑顔があります。 彼女がお金を經紀人に借りざるを得なく、そして、本当に不本意であった酒店にわずか2ヶ月勤めたことに対する彼女への私の気持ちはこの「寛恕」そのものです。

きっとわかってくれる日が来るかな?

まだ、本当に若い彼女は、これから自らの力で自分の未来を切り開いていかないといけません。
彼女とのAppとでのやりとりはずっと残してありますが、彼女自身がどう感じ、どう思っているかの本当のところは私にはわかりません。しかし、少しばかり後押ししてあげることで、決して生い立ちが恵まれていない彼女がその美貌を武器にして生きるための術を得るならば、私のできる範囲で力になってあげようかなとも思っています。

 画像は圓圓の無名小站のアルバムの中の写真です。正面の写真はすべてモザイクを入れてあります。シルエットなどの雰囲気がわかり、顔がはっきりわからないものを掲載していますが、流用や他のサイトへの転用などは絶対におやめいただくようにご理解をお願いします。

 圓圓のKTVでの友達たちとのパーティーの時の画像です。

圓圓2

 大好きな愛用のi-phoneを見る圓圓です。写真の真ん中あたりにアルバムのアドレスを
彼女が入れていて、そのためモザイクで修正してあります。

圓圓1

 自宅での全身姿です。i-phoneでちょうど顔が隠れているものを選んであります。

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「App」と「iFLY」の実力(休息一些)

このところ年度末で極めて急がしく、いつも帰宅が深夜近くなる状況で、休日の接遇も多い状況が続いており、なかなかPCに向かって落ち着いてブログアップをする時間がとれないのが悩みです。ログを見るととても楽しみにされておられる方も多く、誠に申し訳ないところです。

さて、忙しい中ではありますが、こういうときこそ、実は大活躍するツールがあり、皆様にご紹介させていただきます。台湾に在住の方は知っている方が多いのですが、日本ではあまり知られておらず、私の周りの方も使っている方はいません。私が簡訊(SMS)をよく使っていることはブログを見ていただいている方はよくご存じだと思いますが、実はこの簡訊のやりとりにはAppと呼ばれる台湾ではとてもポピュラーなアプリを使っています。

一般にAPPSはネットワーク上での統合サービスやクラウドを利用したオンラインストレージなどのサービス全般をさし、Google APPS はその代表的なもので、導入企業も増えています。また、台湾ではAPPという言葉はアプリケーション全体をさす場合もあります。しかし、若い女の子たちが「App」と言ったらこれらのことではなく、まずまちがいなく「WhatsAppMessanger」というソフトのことです。台湾人はMSNが好きですが、MSNは基本的に電脳(PC)利用が原則ですから、今、台湾で爆発的に普及しているスマートフォンではこの「App」を入れている子がものすごく多いです。

私自身は日本ではSIMロックフリーのキャリアのアンドロイドスマートフォンを使っており、これが、超忙しい中でも大活躍してくれます。今日現在、台湾交流用の私のFacebookの友達は141人で、芋づる式にリクエストが入りますから、日々、増え続けていく状況があります。台湾では個人情報を自ら露出する傾向が強くて、女の子たちは自分の可愛い写真をバンバン載せますから、それをどんどん見て欲しい、感想が欲しいという展開がめちゃくちゃ多いです。さすが変身写真の本場だけあって、セクシーな写真や彼氏とのホットな写真などがどんどんアップされます。「信用が信用を生む」のが台湾の大きな特徴ですから、よく知らない友達でも仲間が「いい人だよ」と紹介するとどんどん友達が増えるのは日本よりはるかに早いです。そのため、簡訊の交換やチャットがとても多く、ちょっとした仕事の休憩時間や合間に返信をまめにするようにしています。反応も早くて、すごく喜んでくれるので、さらにそれが次の好展開を生むという流れがあります。

この台湾の女の子たちに圧倒的に普及しているのが前述した「WhatsApp Messenger」という軟體(中国語でソフトウェアのこと)です。彼女たちは「你有App嗎?」とよく訊いてきますが、これはこのアプリのことです。日本ではベッキーが宣伝している「LINE」や韓国で人気の「KAKAO TALK」がよく使われていますが、私の印象では圧倒的に台湾では、この「App」が多いです。すべて免費(無料)で国際SMSがやりとりできたり、聊天(チャットのこと)が複数でできますし、動画や写真、現在地の地図や音声などのファイル添付も簡単にできますから、とても便利で確かに素晴らしく使い勝手がよく、台湾人との交流には欠かせません。
http://whatsapp-messenger.softonic.jp/android 
http://blog.chinatimes.com/kocpc/archive/2010/10/27/553960.html 

Appは電話番号に連携していて、アドレス帳に入れてある電話番号を自動検索して関連付けしてくれますから、SKYPEのようにIDを獲得してログインする必要がなく、電話でSMSを送る感覚とまったく同じです。LINEも台湾では結構、普及していますが、Appの普及率は圧倒的で私のアドレス帳上の台湾の知り合いは約70%が使用しています。日本在住の日本人は約900件ほど電話番号がアドレス帳に入っていますが、一人も使用者がいません。逆にLINEやKAKAOは日本人が多く、台湾人は少なくなります。LINEはそれでも台湾人の利用者も結構いますが、約20%ぐらい、KAKAOは10%ぐらいです。
http://blog.yam.com/iemarketing/article/41602722 

それと台湾は世界でも有数のWIFI状況があって、「TAIPEI FREE」という台北市政府が展開している無料WIFIサービスがあり、日本語のページもあります。私はまだ、使ったことがないのですが、機会を見て使ってみようと思っています。そのため、スマホを使っている人の割合は高く、日本のように携帯用のコンテンツはないですから基本、皆スマホで網路(インターネット)接続していて、その普及率はとても高いように感じます。
http://www.tpe-free.taipei.gov.tw/jp/index100060003.php 

それともうひとつの私たちが使いやすい「WIFLY」のサービスはスターバックスやセブンでカードを購入してスクラッチを削り、IDとパスワードを登入するとSMSが送られてきてそれを登録すればつながります。ただし、私は中華電信の携帯の契約を維持しているため、いつもこれでSMSを受け取りますから、日本の携帯やスマホでSMSを受け取るようなことはやった経験がなく、実際できるかどうかはわかりません。国際SMSが受け取れないと台湾の携帯契約がないといずれも難しいかもしれません。詳しい方がいるならばコメント欄に書いてくれると情報交換もできてありがたいです。空港でSIMが買えますから、WIFIのデータ通信つきの3GのSIMを購入して、SIMロックフリーの端末に入れるという方法もあります。 
http://www.wifly.com.tw/CmsWifly/web/windex%20jp-index.html 

それともうひとつの問題は簡訊の時の中国語入力です。基本的に聊天室(チャット)の利用は中国語が有る程度、サッと出るレベルでないと絶対に無理です。入力が間延びしていたらできません。台湾の子たちは当然ボフォモフォで入力していますが、私はいつも五画で入力したりしますが、これでは速いスピードにはなかなかついていけません。ただ、電脳(PC)の場合は私もキーボードで単語登録してる第三種漢字をどんどん入力していますので、ついていけます。

従って、今最高の発見がこのアプリです。素晴らしすぎて、このアプリを見つけたのが最大のポイントでした。 

これは「iFLY」という中国語入力アプリでIFLYTEKという会社が出しています。アンドロイドは「安卓」と中国語では言いますが、私が使用しているのはアンドロイドでiPHONEではありません。しかし、このアプリのアンドロイド版があって、私の会社のスマホにすごく詳しい若手インテリ社員がいて、彼にす早く台湾の繁體字が入力できるアプリを捜してもらったところ、彼の結論がこれがダントツでベストということでした。もちろん無料で下載(中国語でダウンロードのこと)可能です。

何と言っても手書き入力がすごく便利で、指でなぞって漢字を書いていけばどんどん変換して候補を出してくれますから、めちゃくちゃ早く入力でき、さらに音声認識も可能です。ただ、発音が悪いと誤認識が多くなるため、私はもっぱら手書き入力です。さらに数字とアルファベットが同じキーボード上にあり、切り替えも簡単にでき、絵文字や記号も充実していて、本当に素晴らしすぎます。今、私にとっては最高のアプリと言っても過言ではありません。
https://market.android.com/details?id=com.iflytek.inputmethod&hl=ja 

ブログがなかなか集中してPCで書けない忙しい合間でも「WhatsApp」と「iFLY」の組み合わせでスマホを使ってコミュニケーションは問題なく、素早くできますし、彼女たちも免費なのでどんどん簡訊を送ってきます。基本、誰かとコミュニケーションをとっていたいという寂しがりやのところがある子も多く、こちらが面倒くさがらず、返信をこまめにしていけば必ず良い交流が続きます。時々1時間以上に断続的に渡り、疲れ果てますが、なかなか心地よい疲れではあるかな?眠る前後の真夜中が最もよく着信しますから、よくベットの中でチャットしていますね。もし、料金を正規に払っていたら、きっとそれこそ大変、月に5万元ぐらいはきっといっちゃうと思います。

さすがに皆さん全員の方ができるわけではなく、中国語の文法がある程度わかること、すぐに文章が中国語で書けること、簡訊や聊天で使う彼女たち独特の中国語に慣れて、こちらもそれに応答していけることなどができないと難しいですが、少し、中国語の心得がある方はぜひトライしてみてください。 まずはFacebookあたりのメッセージからゆっくりしたスピードで練習するといいです。

私はFacebookも台湾繁體字で使っていますから、SNSで使われる基本的な単語もすぐに理解できるようになりました。日本人はTWITTERなどを使っていますが、台湾ではあまり使われておらず、紹介したAppがその替わりをしているような形になっています。

ブログがなかなかあげられなかったこの数日間も日々、台妹とのコミュニケーションは延々と続いていました。スマホがあれば、国境もなくなり、料金もなくなるというこの便利さを享受しないのは、なんとももったいないと思いませんか?

このブログを書き始めている間、Fbを開きっぱなしにしているのですが、すでに今見ると(16)の数字が入っていてこの約30分~40分の間に矢継ぎ早に更新されています。コミュニケーションをとることができないと、やはりつきあいは長続きしません。外国人でありながら、中国語で台湾人同様にコミュニケーションをとっていくための、その努力こそ、彼女たちの信頼を生むものにほかならないと私は思っています。

 画像は上班前の更衣室(休憩室)の女の子たちの様子です。Fbの友達になると酒店の子たちが友達のみに公開するアルバムでこのような写真をアップしています。素顔がわかり、なかなか興味深いですね。

 このブログは元々、台妹と良い心の交流をもちたいと思っている、あるBBSでご賛同いただいた方々に情報提供する目的で始めましたので、画像等も一定期間をすぎたらほとんどをプライベートモードにしております。プライベートモードは私が友達認証した方が入れますが、コメントなどをお書きいただいたり、メールなどを通じて交流などを深め、ご信頼した方を対象にさせていただいております。酒店と同じような形で一見の方はすぐに認証はできませんので、何度かやりとりをさせていただいてからになります。ご理解のほど、お願いいたします。   

 なお、ブログの記事に関係ある画像を貼っていきますが、絶対に撮影は禁止ですので、ご注意ください。これらの写真は酒店のスタッフや幹部が撮影し、私に提供してくれている特別なものばかりです。また、画像の無断使用や流用については絶対に禁止です。ご理解をよろしくお願いします。  名札ついていて、女の子の花名がちょっとわかりますが、どこの酒店かはあまり詮索しないでください。素顔が見たい方は錦州路の麥當勞の大樓にある酒店のどこかで捜せば、逢えるかもしれません。皆、若いPT妹ばかりですよ。  

 Twitterはこのところ仕事が忙しくて、ブログを待っていていただいている方のご期待を裏切りかねない予告になることもありえますし、フォロワーも少ないので廃止いたしました。替わりに簡易BBSを設置する予定です。これならばスマホでちょっと書けますからね。

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