さて車に戻った私たちは北港武德宮へと向いました。芊芊が行きたがっていた五路財神の総本山です。

朝天宮からはちょっと距離があるのですが、やはりこちらも巨大な宮でびっくり。大きな門があってその前が駐車場になっているのですが、台湾の宗教関係の宮や廟は地方に行くととても巨大なものが多く、驚かされます。台北にある中正紀念堂などや圓山大飯店などもかなり巨大で初めて行くとなかなか感動しますが、だんだんと感覚が麻痺してきて巨大さに慣れてくるようなところがあります。
北港武德宮HP

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車を置いて中に入るとさらにその立派さは朝天宮に劣らず、五路財神への信仰の厚さを感じることができます。財神爺を祀るこの宮は台湾の五路財神をあがめるすべての宮の総本山で、午前中にもかかわらず、多くの人が訪れていました。

 天空に聳え立つという表現がぴったりの北港武德宮。中心の高い建物が廣天大道院(玉皇殿) 。 
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 宮の入口にある「大天庫」。いわゆる天界の倉庫にあたります。
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芊芊は私の家に居候に来たときもQ版五路財神像を持ってきて、日頃から御利益があるようにあがめていましたから、今回の旅の主目的のひとつは財神爺本神のいる、ここ北港武德宮に来ることでした。

「我很開心的」 (超うれしいよ) さっき朝天宮で神様グッズを買った時と同じ言葉を言って、本当にニコニコ。

多分、芊芊の心境とは日々、一番崇めている五路財神の総本山に来れば、その御利益は必ずあると信じて疑っていないといった状態で、顔を見ればわかりますが、興奮していて足早。一刻も早く財神爺に逢いたいようでした。

さて足早な芊芊に手を引っ張られて、中に入ると見事な宗教建築で、特に朝天宮が私たちが行った時は修復大工事をしていてその美しいフォルムを見ることができなかったため、正直、感動しました。

 強い日差しの中、美しい姿を見せる正殿。ここに武財神(通称:財神爺)が鎮座しています。
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 「最初我們過去正殿。財神爺在武德宮正殿、內殿端座是鎮殿武財神本尊」

(最初に私たちは正殿に行くよ。財神爺は武德宮正殿にいるの。正殿の中に座っているのが財神爺の本尊なんだ)

さっそく私たちは目的である芊芊が一番逢いたがっていた財神爺に拜拜に行くために武德宮正殿に向かいました。正殿の前にはもうすでに多くの人がいて皆、柱香をもって拜拜をしています。私たちも拜拜をするために正殿へ入って行きました。

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そして正殿の中心には黒い顔の武財神が他の財神を従えて鎮座していました。芊芊はすごく敬虔な表情になり、武財神の前に進むと跪きました。それはあれよあれよという間の彼女の動きで、この時は私のことなど眼中にありませんでした。そして、いつものように自分の名前、住所、生年月日、性別を唱え、一心に拜拜をしています。私はその姿を見て本当に芊芊から聞いていた生い立ちが頭の中を巡りました。

芊芊は台中の貧しい家庭に生まれ、持ち前の明るさと聡明さで家庭の苦しさにも負けず、高中の頃から打工をしながら受験勉強に励んでいました。卒業後は台湾大學や政治大學のような国立大學で学び、将来は律師(弁護士のこと)として身を立てたいと願っていた芊芊はしかし大學入試に失敗。法律を学ぶ夢をあきらめきれなかった彼女は両親の反対を押し切り、台北の私立大學に家出同然で入学しました。

しかし、入學金は高中の時の打工の蓄えで何とかしたものの、その後の學費を支払うあてはありませんでした。奨学金を銀行から借りようにも家は信用破産していて保証を受け付けられず、士林夜市でTシャツを売りながら何とか当初は凌いでいたものの、ついには月5000元の家賃も支払えなくなり、生活苦から酒店へ。しかし、契約した經紀人に家を用意してもらい、學費を立て替えてもらったものの、そのために一個星期4天のPTとして上班せざるを得なくなり、大學に通うことができなくなるという悪循環。さらには吃軟飯の男から表面的なやさしさをかけられて、人生経験が少なく素直な彼女は、その男に稼いだ金をも取られるようになり、妊娠、そして人工流産の手術に至ってしまいました。

しかし、孤独な中でも騙し騙される世界の中でも彼女は明るさを失うことはなく、自分に正直に大都市・台北で生きていました。偽りかもしれませんが、包廂の中では笑容を客人にふりまきながら。

彼女がもし、少しばかり豊かな家に生まれていたなら、そして、もう少し幸運に恵まれていたら・・・・・。芊芊は決して大金が欲しい、贅沢三昧な暮らしをしたいとはまったく思っていませんでした。今は酒店小姐としていくばくかのお金を手にしたものの、その代償として彼女が失ったものは少なくなく、普通の女生として平凡な生活ができること、それが彼女の心からの願いであったことを私は知り得ていました。

だからこそ、幸運に巡り逢えるように微力な彼女は武財神をはじめ、多くの神々に祈ることしかできませんでした。

そんな芊芊と私は偶然、巡り会い、そして彼女の孤独を共有することを決心しました。そして、芊芊を酒店小姐としてではなく、一人の聡明な女性としてつきあってきた私は少しばかり、彼女のプライドとアイデンティティを取り戻すことに貢献できたのかもしれません。何度となく芊芊の涙を見ましたが。

私も武財神に祈りました。しかし、必死に祈る芊芊を見て、この時ばかりは自分の願いはありませんでした。

「財神爺、你給幸福的生活一點未來、到誠實的芊芊。她會照顧及體諒周圍的人。拜託您了、拜託您了・・・」

(財神爺、誠実な芊芊に未来は少しだけ幸福な生活を与えてあげて。彼女は周りの人を気遣い、思いやることができるから。お願いします、財神爺・・・・・)

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跪いて拜拜をしていた芊芊は顔をあげ、そして、立ち上がりました。

「對不起、我一心一意地祈禱了・・・・・」 (ごめんね、私、つい、一心不乱にお祈りしちゃった・・・・)

「没關係」 (大丈夫だよ)

「你是祈禱什麼的?」 (あなたは何をお祈りしていたの?)

私はいつも芊芊がするような笑顔をちょっと見せて言いました。

「秘密的」 (秘密だよ)

子供っぽいところがある芊芊は私を悪戯娘のように軽く、笑いながら叩きました。

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さて、じゃれつく芊芊の相手をしながら、私たちは正殿の奥にある大きな建物に向かいました。この武德宮の中心にある大きな建物は廣天大道院(玉皇殿)と呼ばれるのですが、吹き抜けで天井が高く、院内は金色に所々が美しく輝いていました。まさしく台湾人がよく使う表現の「金碧輝煌」(美しく輝く様子を示す言葉。日本の金閣寺などがこの表現にあたります)がまさしくあてはまる煌びやかがありました。

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「偌大的道院內有高聳參天的列柱!!」 (この広くて大きい道院の中に天を仰ぐように高い柱があるよ!)

来たことがない芊芊も前もって調べていて、知っていたのでしょうが、この廣天大道院を見たくてしょうがなかったようでした。確かにすごく立派な柱が4本立てられていて、言葉が出ないぐらいの雄大さ、煌びやかさでした。奈良の東大寺大仏殿も実際に行くとその大きさに感動しますが、ここもなかなか。人工的な美というか、ちょっとイミテーションくさいのですが、十分に目を見張るだけの価値がありました。

「芊芊、財神爺在那裡?」 (チェンチェン、 財神爺はどこにいるの?)

「不在這裡。道院內奉祀的是道教最遠古的幾位尊。三清道祖、玉皇大帝、斗姆的」

(ここにはいないよ。道院の中に奉られているのは道教で最も古い神様の三清道祖、玉皇大帝、斗姆などだからね)

でも芊芊と見たこの北港武德宮の壮大さを感じると、すごく自分自身が小さなことにこだわるちっぽけな人間なような気がしました。芊芊はやはり、子供のように院内を物珍しそうにキョロキョロ見上げては、いつもの落ち着きのない芊芊に戻ってしまいました。何かいつも私に話しかけていて「厲害」(すごーい)とか言っています。無邪気なところは芊芊の大きな魅力なのですが、このような場所に来ると彼女のもつ素直な童心が一層、 戻ってくるような印象がありました。

再び私たちは正殿附近に戻ると、朝天宮で見たのと同じように鐘の中に願い事を書いた赤い紙がいっぱい貼られていました。

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「你教過我、鐘內貼滿了一張張紅色的紙條、若是覺得運氣一直不順、可以將自身所遭遇到的壞運寫在紙條後貼上去、就可以去除惡運嗎?」

(芊芊、鐘の中に貼ってある赤い紙は、もしずっと運が悪かったら、悪運がなくなるようにという願い事を書いて貼るといいんだよね?) 

「恩、是的」 (うん、そうだよ)

「了承的。我寫在紅色的紙條後貼上去!」 (わかったよ。僕、赤い紙に願い事を書いて貼るから!)

「剛剛在朝天宮的時候、你跟我説過没有惡運、你説謊過的」

(だって、さっき、朝天宮にいた時は私に悪運なんてないって言ったじゃない、嘘をついたなー。)  

「不是、我不是騙子。目前我想起了」 (ちがう、ちがうよ。僕は嘘つきじゃないからね。今、思い出したんだよ)

私は院内にあった紅色的紙條を見つけ、そこに「芊芊的人生、祝一切平安順利、安泰健康」と素早く書きました。
芊芊は私が何を書いているか必死で覗こうとしましたが、歩きながら手をあげて高い所で書いて見せませんでした。

「我生氣的。為什麼你跟我保持秘密!!」 (私、怒ってるよ。どうして私には秘密にするの?)

私は書き終えて、しょうがないなという顔をして紅色的紙條を芊芊に見せました。
紅色的紙條を見た芊芊は言葉をしばらく黙ったままでなかなか発しませんでした。

「為什麼你擔心我、體諒我。我是只一個酒店小姐・・・・」
 
(どうして私のことを心配して、思いやってくれるの。私はただの酒店小姐なんだよ・・・・・)

泣き虫の芊芊の目からはいつものように涙がこぼれ落ち、最後は弱々しく言葉がとぎれてしまいました。

「我才是只日本的客人。你給我真的溫柔、告訴我台湾的社會。真的謝謝、芊芊」

(僕こそただの日本人の客だよ。でも芊芊は本当のやさしさをくれたし、僕に台湾社会のことも教えてくれる。本当にありがとう、芊芊)

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私は道院の中にいた係員に紅色的紙條を鐘の中に貼りたいことを告げました。
高い所にある鐘には簡単に届かないため、係員が脚立と糊をもってきてくれて、手伝ってくれました。 

芊芊は黙ってその様子を見ていました。

「OK的。做完了」 (OK、できたよ)

芊芊は小さな声で「謝謝」と私に囁きました。そして、もう一度、次ははっきりと大きな声で言いました。

「真的謝謝」

あの時貼った紅色的紙條が今も日本から遠く離れた北港武德宮の鐘の中に残っているかどうか、わかりません。
しかし、私と芊芊の心の中にはあの時貼った紅色的紙條はいつまでも剥がれずに残っていると信じています。
言い伝えのように本当に彼女から悪運がなくなり、幸せになっているかどうか、今は確かめようもありません。

しかし、再び、この北港を訪れる機会があるならば、あの美しい武德宮を訪ね、あの時の鐘をもう一度、見に行こうと思っています。財神爺はその時、どんな答えを私の心に返してくれるのでしょうか。

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