「你上車、再次開車吧!」 (車乗って。もう1回運転するよ)

元気になった芊芊が明るい声で私に言ってきました。

「芊芊、你想過去在那裡?」(チェンチェン、どこに行きたいの?)

「秘密的」 (秘密だよ)

いつものように行き先を教えてくれません。ただ、芊芊がカーナビを見ながら、次は右に曲がってとかまっすぐ行ってとか行き先の指示をしますから、その通りに運転することになりました。しかし、ちょっとおかしなことがあって、繁華街を抜けて元のインター方向に進行しているような気がするのです。道幅も広くなり、あたりは閑静な住宅街という感じのマンションが林立しているようなちょっと高級感のある場所に来ました。 台中車站からちょうど15分ぐらいだったでしょうか。

「到了」 (着いたよ)

私は車を止め、芊芊とともに車を降りました。いったい、こんな所に何があるのだろう?
しかし、その答えはすぐにわかりました。

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彼女が卒業した高級中学校がそこにはありました。彼女が卒業したのは台中では名門と言われる市立○○高中。すごく立派な校舎が広い道路に面していて、さらに驚いたのはこの学校が後から知ったのですが、名門で極めて優秀な学校だったことです。特に外語関係の授業や学力には定評があって、國際交流もさかんな学校であり、台中では6番目、全国でも28番目という高い学力平均を誇っている学校でした。リンクのHPは台湾の高中の制服を着る可愛い子たちを集めたサイト。完全に顔出しで日本ではちょっと考えられないのですが、そこは台湾、このようなHPは数多くあります。芊芊が通っていた高中の制服カラーは独特ですからわかると思います。 芊芊も高中時代はここに写っている写真の子みたいな感じだったのでしょう。 
台中市高中職制服

「你知道嗎?制服的顏色是橙色。有特色很多的。外語教育是太有名。所以我也可能説英文、美語 」

(知ってる、制服の色がオレンジなんだよ。すごく特色がいっぱいあるんだ。外国語教育は特に有名でね。だから私も英語が出来るんだよ)

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それと芊芊が言うにはこの閑静なあたりの地区の周辺には私はあまり気がつかなかったのですが、酒店が数多くあり、実は学校にいた頃から、その存在や仕事のことは知っていたとのことでした。確かに報道もされていて、学校周辺の環境はかなり、台中においても有名なようです。だから、彼女自身、今の仕事に対する抵抗も大きくはなかったと言います。
校門外就是酒店 高中女報導探密

実は台中は「銀都」という呼び名以外に「風都」という別名があります。台湾の中では規制が最も八大産業に対して緩く、街中には巨大なKTV酒店が銀行のビルなどと並んでその偉容を誇っています。有名なのは金錢豹と海派という2大系列で台中市内に複数の巨大店舗をもつ便服店です。私は行ったことはありませんが、ケタ違いに高いという噂があって(本当かどうかわかりません)、1回2小時で3万元ぐらいはかかるとのことですから、相当なレベルだと思います。一番有名なのは中港路2段にある金錢豹金山店。台中のKTV酒店文化の中心と言われるほど有名です。検索すれば台北の酒店などとは異なり、地址や写真など詳細な情報が網路に多く流れています。もはや台中では一種の社会風俗文化として完全に定着しているという感じです。

 金錢豹KTV酒店金山店
金錢豹金山店

 金錢豹KTV酒店市政店
金錢豹市政店

 海派KTV酒店海六店
海派海六店

 金紫爵酒店
金紫爵酒店

しかし、台中の人が有錢人ばかりであることはなく、このような大KTV酒店にいける客層は多くはありません。台中の八大の主流は制服店が僅か2店舗しかないため、理容と300暢飲店と呼ばれる台中独特の店舗です。この呼称は台中独自で他地区にはなく、茶藝館・茶荘、摸摸茶とほぼ同じと思えば間違い有りません。小規模な300店が数多くあって、台中の八大の中心となっています。人頭費が女の子一人で300元という理由から300店などと呼ばれています。当然、50分1節1200元がこれ以外に必要ですから、実際には50分で1500元という価格はどこもほぼ、横並びで同じです。台北や南部にはなく、台中独特の仕組みなので、また、こちらは機会を見てブログの中で紹介していきますが、この芊芊と台中に行った時には、これらの存在すら私は知りませんでした。

さて、芊芊はいつものようにすごく饒舌で、誰もいない暑假の夜の高中の前でいろいろな話をすごくしてくれました。英語のコンテストで優秀者に選ばれて表彰されたこと、学園祭で友達みんなと可愛い格好をして跳舞をしたこと、運動が得意でスポーツ大会ではいつも活躍していて男の子によく告白されたこと・・・・・。今の自分を肯定できない芊芊は自分が一番楽しかった高中時代から、まだ心を切り離すことができず、どうして自分は國立大學を落ちてしまったのか、すごく、その悔いが残っているようでした。「私はこんなところにいる人間じゃない」と酒店で働く芊芊がいつも思っているように私は感じていましたが、彼女自身も台中で自分の卒業した名門校を私に見せることで、彼女自身の崩れていたアイデンティティが再び、蘇るような感じがありました。

「芊芊、你要看看家裡嗎?」 (チェンチェン、実家の様子は見たくないの?)

芊芊はしばらく、下を見て無言のままでした。そしてポツリとつぶやきました。

「我想過去。看一些」 (行ってみたい。ちょっと見てみる)

車に再び乗り、台中の街を芊芊の指示によってまた走り出しました。私は家を見た瞬間の芊芊の反応がまったく予想ができませんでした。ただ再び、涙を見せるのではないかとは思っていました。

10分も走ったでしょうか。彼女の家の大樓の前に到着しました。台中は台中一期~十二期重劃區地圖という都市計画によって郊外に計画的に街がつくられてきました。
台中七期、五期等其他重劃區地圖

 芊芊が通っていた学校周辺の七期重劃區の様子。都市計画に基づいた閑静な新興住宅地です。
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しかし、芊芊の家はそのような新興地区のこぎれいなアパートが並ぶ所にはなく、いわゆる旧市街地の線路沿いの老街にありました。大樓はとても古く、かなり外から見ても老朽化していることがわかります。附近の環境もいわゆる雑然としたあまり整備されていない印象があって、狭い巷に面して立っていました。その大樓の4階が彼女の家で、窓から少し灯りが漏れていました。私たちは車から降り、芊芊が指さす彼女の家の小さな灯りを見つめました。

「我想回家、不過我不可以的」 (私は家に戻りたい、だけどできないよ)

涙を見せると思った芊芊は、予想に反し、しっかりとした口調で私に話しかけました。手の届く先に家はあっても今すぐに帰り、両親とすんなり会うことができないことは彼女自身が一番わかっていました。彼女自身の心の準備もできていなかったですし、状況的に無理なことは確かでした。多分、突然、顔を見せても良い結果は生まれないということを彼女自身が一番悟っていたと思います。

「上車吧!一起去吃飯」 (車乗ろうよ。ご飯食べに行こう!)

彼女の家の前に居た時間はほんの数分間でした。卒業した高中の前ではあれほど饒舌だった芊芊は、多くを語らず、ただ、自分のかつて住んでいた家の灯りを見つめただけでした。涙も見せず、ただ、淡々としていた芊芊の表情は妙に印象的でした。

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ギリシャ神話のパンドラの箱の伝説は有名で多くの人が知っています。中国語でパンドラの箱のことを「潘朵拉的盒子」と書きます。決して開けてはいけない潘朵拉的盒子を開けた途端、多くの災いが世界に広がるのですが、急いで蓋をしめたところ、箱の中には「希望」だけが残ったとされる寓話です。

芊芊は一度開いた心にあった「潘朵拉的盒子」を急いで閉めてしまいました。
しかし、寓話の通り、盒子の中には確かに「希望」や「期待」「予兆」が残っていたのです。

芊芊はこのことに気づかなかったのでしょうが、それを4ヶ月後に彼女自身が確認することになるとは、この時、私も芊芊もまったく思ってもいませんでした。

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