時間はもう6時半過ぎ。快晴の中、やってきたはずなのに気がつけばもうナイターになっていました。

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「ねえ、第2試合は何時から?お腹減っちゃったから、何か買ってくるね」

「20分後の6時50分頃から始まるっていうアナウンスがあったから、すぐだよ」

「ちょっと様子見てくる」

そう言って彼女はスタンドから売店のある通路の方へ行きました。しかし、ものの10分もしないうちに帰ってきてしまいました。

「ちょっと大変、すごい人でさあ、山手線みたいなんだよ。ご飯買うどころじゃなくて、球場の外にもいっぱい人がいて、入れろ入れろって怒鳴り合ってる、ちょっと怖いよ。とりあえずトイレだけ、男女兼用で汚いけど速攻で行ってきた」

確かにこの日の川崎球場は異様な興奮に包まれていました。

 今はなくなってしまった川崎球場。ライトスタンドが狭い独特の球場でした。右打ちが得意な落合選手がロッテ時代によくライトにホームランを放っていた印象があります。
川崎球場

パ・リーグはずっと西武ライオンズが強くて他の球団は身売りの噂やフランチャイズの移転の噂が毎年のように出ている状況で、事実、この10月19日には何度も巨人と日本シリーズで名勝負を繰り広げた阪急ブレーブスオリエンタル・リース(当時はまだ、あまり聞いたことがない企業でした。今は押しも押されぬ大企業のオリックス)に球団移譲するという事態となりました。

Braves & Bluewave

関西の老舗球団、南海ホークスもこの日の翌日にロッテとこの川崎球場で福岡ダイエーホークスへ変わる最終ゲームを行う予定になっていました。

ホークス変遷

事実上1988年はパ・リーグにとっては大激震が走った年でバブル経済の終焉を予感させる関西の電鉄企業によるプロ野球事業の撤退が現実化していました。新しくオーナーになった企業もリース業や流通業といった時代の経済状況を映す形になっていて、21世紀に入り、インターネット時代に入るとソフトバンク楽天DeNAといった情報産業や媒体企業へオーナーも変化していきました。

 今の若い方々にはまずわからないでしょう。クラッシックシリーズで復刻版ユニホームを身に着けた選手が登場して各球団の歴史を知るという感じでしょうか。
南海・阪急女子

 時折、クラッシクイベントでBs GirlsがBravesやBluewaveのかつてのユニホームで姿を現します。クリックすると拡大しますので現代的なオールドスタイル?を御覧ください。
Braves Girls BS

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 Bs GirlsのBluewave Ver。ブレーブス➜ブルーウェイブ➜バファローズと変遷していきました。


1年前にはNYで株が大暴落し、その後も世界経済の不調が始まり出していて、僕も赴任していたNYから帰国、バブルが弾けかけ始める不安定な時代の足音が聞こえ始めてきていました。

 今は全て無くなってしまいました。南海ホークスの本拠地・大阪球場阪急ブレーブスの本拠地・西宮球場、そして近鉄バファローズの本拠地だった藤井寺球場と日生球場。僕は全て行ったことがあるだけに郷愁の思いがあります。西宮球場はすごく当時にしては近代的でさすがブルジョア阪急という感じでした。それに対して大阪球場は難波のど真ん中でいかにもミナミという雰囲気でした。
大阪と西宮、藤井寺と日生

 「野球場へゆこう」 今は姿を消した球場とNPBの歴史を。各球団のチアが彩りを添えます。


そんな状況下の中、パ・リーグのお荷物と言われ、唯一日本一になったことがない近鉄には弱き者が必死になって揺るぎない強者を倒すような構図があり、「判官贔屓」的な色彩も強くあったような気がします。ミナミよりもさらに南の河内のイメージで、スマートというよりヤンチャ、管理野球ではなく自由奔放、そんなイメージでした。広岡監督、森監督ときっちりした野球で黄金時代を作った西武に自由人の仰木監督が率いる我の強い職人軍団が挑むといった感じもありましたね。

 近鉄を応援している女の子自体が少なかったし、野球ファンそのものが女性の少ない時代でした。そんな中で近鉄を知っていて贔屓にしている子は南大阪のヤンキー系とかアクセサリーギラギラとか、そんなイメージが少なからずありました。
近鉄ギャルママ

そうこうするうちに第二試合の開始が迫ってきました。スタンドはもう、立ち見まで出る超満員でただでさえ、キャパのない川崎球場でチケット販売や入場門の警備も適当な雰囲気でしたから、この日の対応ははっきり言ってまったくできていませんでした。とにかく混乱。指定席側でもカオスでしたから、外野席や内野自由席(応援席)はもっとだったと思います。とにかく主催者側もこんなに客が入ることはかつてなかったのでしょうから。

「でもさあ、選手、大丈夫なの?高校野球より過酷じゃない?」

「うん、でも最後の力を振り絞って闘うと思うよ」

「ロッテ、負けてくれないかなあ、みんな平和に終わるじゃん、ロッテ勝っても何もないし」

「いやいやロッテもプロだから、意地もあると思うよ。本拠地でビジターチームに胴上げされるのは屈辱だもんね。特に最下位だから、本当にダメ軍団とか思われるのはやっぱり嫌でしょう?」

「そうだよね、一応、プロだし」

「特に落合っていう三冠王を三度とった選手がセ・リーグの中日にトレードで移って、その中日がセ・リーグでもう優勝を決めてるんだよ」

「ねえ、三冠王って何?」

「打率と本塁打と打点のすべてでリーグのトップをとることさ」

 
ロッテ時代に最年少三冠王、そして三度の三冠王に輝き、1987年に牛島投手らと1対4の大型トレードで中日に移った落合選手。よく実際のプレーを見ましたが、彼のロッテ時代、ガラガラの西宮球場で外野の屋根を超える特大のホームランを見て本当にすごいと思った記憶があります。1988年は中日の若き星野仙一監督が就任2年目でセ・リーグを制覇しており、日本シリーズの相手は西武か近鉄かという状況でした。
落合

「へえ、落合ってすごかったんだ」

「うん、その後を継いだ4番バッターが高沢という選手で、今は打率がパ・リーグでトップなんだよ。でも不調でさ、このところ打ててない。、第1試合もノーヒット」

「そうか、ここで連敗して優勝されたらロッテも落合さんだけのチームって思われちゃうよね。落合さんが行った中日が優勝してるし。高沢さんも落合さんの代わりは務まらなかったって思われてダメ出しされちゃうよね、ファンから」

「うん、だからロッテの選手もプロとしてのプライドがあるから、一生懸命やって拍手もらえる高校野球とはちょっと違うかもね。やっぱりプロは結果出さなきゃいけないから」

「第2試合、目が離せないね」

「近鉄は連戦で体もボロボロだし、驚異的な精神力で9月に勝ってきたから、この試合は気持ちと気持ちの勝負になると思うよ。どちらも負けられない」

「えーっ、もう試合が始まるよ、間隔なさ過ぎ、何これ?過酷すぎるよねえ」

記憶ではアナウンスの試合開始予定時間よりも早く始まったように思います。6時43分プレーボール。
ロッテの先発は首都大学リーグの日体大で活躍した若い園川投手。一方の近鉄もルーキーの高柳投手。どちらも生きのいいピッチャーを起用していました。

「ああ、ホームランだあ、何やってるの、高柳!」

ロッテの外国人選手に先制ホームランを浴びた高柳投手についさっきまでは名前も知らなかったはずの彼女が声を荒げています。にわか近鉄ファンそのものですが、この日の近鉄は人の心を動かすものがありました。しかし、近鉄は好投を続ける園川投手をまったく打つことが出来ません。試合は投手戦で膠着状態のまま中盤を過ぎました。依然、点数は1-0でロッテのリード。

「ダメだあ、近鉄。全然打てないよ。もっと応援いるかな?私もちょっと気合い入れる」

「今日は第1試合の小川投手といい、すごくロッテのピッチャーがいいよ。でも高柳投手も踏ん張ってるから1点勝負だね、これは」

※ロッテの小川投手はこの年のオールスターで五者連続三振を記録、投球回数よりも三振数が多いという記録を当時作るなどの素晴らしい好投手でしたが、2004年、プロ野球界出身者初の強盗殺人事件を起こしたことでも知られています。この10.19のゲームは後にいろいろな人間ドラマが交錯することになったことでも「伝説」の一戦でした。

そうこうしているうちに試合が動き始めだしました。海を渡ってやってきた助っ人オグリビー選手がタイムリー!やっと好投していた園川投手から1点を取り、近鉄が追いつきました。そして同点のまま、回はラッキーセブンの7回へ。このあたりからテレビ朝日は当時の編成部長さんの大英断で連続ドラマの開始を遅らせ、続いてこの日のOAの中止を決断したと言います。

 第2試合は6分頃から。TV朝日の編成部長の大英断の舞台裏。僕は現場で見ていたのでTVのことはまったく知らなかったのですが、後日知ったところによるとスポーツ中継では日本TV史上かつてない異例の番組変更とCMなし放送に。今の社会状況では考えられません。熱くLIVEを伝えようとしたTVマン、ニュースステーションの久米宏さんなどの心意気が伝わってきます。



「近鉄、打たないかなあ」

「園川投手がいいからね、連打は難しいかも・・・・」

「がんばれー、近鉄!絶対に負けないでー」

応援席は声を枯らさんばかりの大声援。狭い川崎球場では地響きのようになって球場全体を揺るがさんばかりでした。彼女もそれに合わせて声援を送っています。

そしてその時、ベテランで金村選手の代役・吹石選手がレフトスタンドにホームラン!さらに若い真喜志選手も続けと言わんばかりにライトへ連続ホームラン!ついに近鉄は3-1とリードをします。

 この時にホームランを放った地味ながら、いぶし銀の働きをした吹石選手の娘さんがモデル・タレントの吹石一恵さん(福山雅治さんのご夫人)。1999年巨人OBとのメモリアルゲームの始球式にお父さんへの思いのある、かつての近鉄バファローズのユニホームで登場しました。この時のキャッチャーはお父さんの吹石徳一さん。
吹石一恵

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「やったあああああ、出たじゃん、ホームラン」

彼女も飛び上がって喜んでいます。思わず僕も彼女と抱き合ってしまいました。横に座っていた方ともハイタッチ。スタンドはもう優勝が決まったとばかりの大興奮に包まれていました。

吹石一恵と吹石選手

 同点から生まれた金村選手の代役で出場したベテラン・吹石選手の起死回生の勝ち越しホームラン。今季第2号という脇役のホームランでした。見ていた僕らも飛び上がって喜んだのを憶えています。続く、若い真喜志選手も連続ホームランでこのときはもう勝ったと思っていました。
吹石ホームラン1
吹石選手のホームラン

「これで近鉄、優勝だよね!?優勝するよね!?」

「うん、大きく優勝に近づいたよね、僕もプロ野球の優勝シーンを見たことないんだよ」

しかし、この試合はそんなに甘いものではありませんでした。ロッテのプロとしての誇りが近鉄をこの後、苦しめていきます。そして7回裏。

「えー、ホームラン打たれちゃったよ、これで3-2かあ?、また危なくなってきたよ」

「うん、高柳投手も若いから、プレッシャーかな?」

彼女が心配そうにマウンドを見つめています。もう、トイレや食事どころではありません。続くバッターにも打たれて近鉄はリリーフの切り札・吉井投手を送り出しました。状況はツーアウトながらも三塁にランナーが・・・・。

「どうか、打たれませんように・・・・・・」

彼女が手を合わせて第1試合同様、祈り始めました。しかし、その思いは届かず、西村選手が鮮やかなタイムリーヒットを放ち、ついに試合は再び3-3の振り出しに戻ってしまいました。

「ねえ、二試合目も引き分けじゃあ、だめなんでしょ?延長はあるの?」

「近鉄はとにかく勝たなきゃいけないんだよ、勝たなきゃ・・・・・・」

「延長はあるけど、時間制限があるんだよ、4時間。時間が過ぎたら新しい回には入れないんだ」

「そっか、でも近鉄はミラクルあるからね、きっと」

彼女の思いが通じたのか、8回についにブライアント選手がライトに勝ち越しホームラン!本当に稀に見るシーソーゲームで手に汗握る展開となりました。

「この後はさっきの若いエースだよ、何だっけ、そう阿波野」

「うん、それしかないかな。でも疲れてるし、気力で上回れるといいけど。とにかく祈ろう」

8回からは第1試合に続いて仰木監督は阿波野投手をリリーフに送りました。虎の子の1点を守るために。異例の一日二登板でした。スタンドから耳をつんざくばかりの「阿波野コール」の大声援が飛び交う中、阿波野選手はマウンドに向かいました。ロッテのバッターは四番の高沢選手。

阿波野2試合目

阿波野投手は得意のスクリューボールで空振りをとり、高沢選手をツーストライクと追い込みました。

「高沢さん、不調だから大丈夫だよね」

「でも、首位打者だからなあ、さっきも久しぶりにしぶとくヒット打ったし、甘く来たら打たれるよ」

その予感通り、高沢選手は甘く入った阿波野投手の決め球・スクリューボールをライナーでレフトスタンドへ運び、再び試合は4-4の同点に。スタンドは悲鳴、そして僕と彼女はもう、呆然・・・・・。

高沢選手ホームラン

 高沢選手のまさかの同点ホームラン。スタンドの誰しもが悲鳴の後、沈黙しました。打たれた阿波野投手は元より近鉄の野手も本当にがっかりしていて、僕らも言葉を失いました。何か高沢選手がダイヤモンドを一周する時間が長くて、スローモーションを見ているような感じだったのを憶えています。
高沢選手
高沢選手のホームラン

「なんで、なんで、ここで打つのよ!不調なんでしょ!」

「うーん、さすがだよね、やはりここで打てるのは本物のリーディング・ヒッターの証拠、すごい」

そして、試合は9回へ。ロッテは次々とエース級を繰り出し、ベテランアンダースローの仁科投手をマウンドへ。ノーヒットノーランもう一歩(9回2死まで)という記録を二度もつ先発完投型のピッチャーなのにリリーフに送る有藤監督の勝利にかける執念の采配でした。

しかし、逆境の中、名手・大石選手が二塁打を放ち、再び近鉄は勝ち越しのチャンス。ここで登場した去年の首位打者・新井選手が三塁ライン際へ鋭い打球を放ちました。しかし、これをいつもはショートの守備の名手・水上選手が何とサードでファインプレー。チャンスは潰えてしまいました。このプレーは三塁側の内野指定席に座っていた僕たちの目の前で起きました。一塁審判のアウトという手が上がった瞬間、彼女が手で顔を覆いました。もう、スタンドは騒然、悲鳴という状況でした。

ファインプレー
水上選手

「セーフじゃん、セーフじゃん・・・・」

「どうして取るの?どうして取るの?完全にヒットと思ったのに・・・・・・・」

「すごい、すごいよ。ロッテの選手。高沢選手にしても今の水上選手にしても・・・・」

もう、言葉が出ない時が流れていきます。大歓声と溜息が交錯して、気持ちが大きく揺れる。こんな一球一球にしびれるような試合は初めて見ました。どちらもプロとしての誇りをかけて全力で手を抜くことがない姿でした。近鉄の奇跡を信じたい、しかし、奇跡はやはり奇跡なのか?そんなに簡単に日常的に奇跡を起こしてはいけないと立ちはだかるロッテの選手たちの強い気持ちも素晴らしいものがありました。

そして回は9回裏に進み、ヒットと送りバントのエラーでノーアウト一塁二塁の大ピンチに。一打出ればロッテのサヨナラというシーンとなりました、僕らのまわりの近鉄ファンは皆、悲鳴に近い大声援、そして手を合わせて祈るばかり。誰もが心配そうにエースの阿波野投手を見つめています。

その時、牽制球で二塁ランナーがアウト!

「やったああ、アウトだあ!」

「あれ、でも、あれ?ロッテの監督?出てきたよ、どうして?」

「うん、守備妨害があったんじゃないかと抗議するんじゃないかな」

「全然、大丈夫じゃん、あんなの。おかしいよ」

球場はさらに異様な雰囲気になってきました。「有藤、引っ込めー」「時間伸ばしするな!」といった怒声が次々とグランドに向けてとんでいます。スタンドは再び怖くなるような雰囲気に覆われました。

抗議

「ねえ、延長はどうなるの?」

「4時間を超えると新しいイニングに入れないから、これはある意味、時間伸ばしの戦術かもね。だってプロだから、いろんなことやるよ」

この時、決して人前で大声などを出したことがない彼女がすくっと立ち上がり、周りの怒声と一緒に怒鳴り始めました。

「監督、早く帰ってー。早く!早く!」

僕もこんな彼女は初めて見ました。一生懸命、奇跡を信じてプレーする近鉄の選手たちに残された時間はあとわずか。彼女もやはり奇跡を信じたいのでしょう。そして、それが人間なのかもしれません。

抗議は終わったものの、ロッテのチャンスは続き、ツーアウト満塁。

祈り

「もう、だめだよ、これ・・・・・・」

「阿波野、がんばって・・・・・・」

彼女の祈りは極限に達していました。最初はまったく見るつもりもなかったパ・リーグの試合。でも、今はすっかりそこで繰り広げられるドラマに入り込んでいました。普段は「お腹すいたー」「喉乾いたー」などとひっきりなしに言う彼女がすべての気持ちをグランドだけに集中させていました。バッターはやはり甲子園で活躍した好打者・愛甲選手。

「ああああああ!!!!打たれた、ヒットだ!」

目の前のレフト前に飛んだ打球を見て、観客、そして僕と彼女も悲鳴のような大声を上げました。もう、座ってなんかいられません。僕らはずっと立ち上がりっぱなしでした。

「いや、捕るよ、捕るよ・・・・・」

必死に前進してきた淡口選手が何と好捕!あと30cm前に落ちてたら終わっていました。まだ、近鉄に運は残っているのかも?この時の僕らはまだ、わずかながら近鉄の奇跡を信じていました。

そして、延長の10回に入り、前の打席でホームランのブライアント選手が打席に。

「お願い、ホームラン打って!見るからに力ありそうなんだし・・・・・」

もう、理屈も何もありません。ただ、信じる気持ちだけという時間が流れていきます。

ブライアント選手が打ったゴロでアウトと思った瞬間、悪送球で一塁がセーフ。一気にスタンドが沸き立ちます。まだ、やれる、まだいける・・・・僕らも信じていました。次のバッターはオグリビー選手、ベテランの羽田選手と好打順が続きます。

しかし、結果は無情でした。

オグリビー選手が三振、そして羽田選手のダブルプレーで10回の攻撃を終了。時は10時40分。もう時間規定のために新しい回に入ることは事実上できません。少しでも早くプレーするためにピッチャーもウォーミングアップなしで投球に入りましたが、残り、3分ぐらいでロッテの攻撃が終わることは不可能、そんなことはみんなわかっていました。時計の針が10時43分をさし、周りからはすすり泣く声がたくさん、聞こえました・・・・・・。僕も不覚ながら涙がこぼれました。

こうしてもう少しで手が届いた近鉄の優勝はあと半歩届かず、潰えてしまいました。

近鉄引き分けの瞬間

「もう、延長ないんだよね・・・・・・」

「うん、うん」

「優勝はないんだよね、近鉄・・・・・」

僕らは言葉がありませんでした。言葉がないというよりも僕は泣けてきてうまく話せませんでした。奇跡を信じていた僕らにはこのゲームの残酷な現実が待っていました。

「ねえ、このあと、どうして守るの?もう、終わったのに・・・・」

「優勝はなくなったけど、試合はまだ成立してるから近鉄の選手は守備をしなきゃいけないんだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

彼女の目からも大きな涙が落ちました。今日の昼までまったく知らないチームの知らない選手の試合なのに。人目をはばからず、彼女は泣き出しました。

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 10回裏、時計の針は10時43分を周り、規定の4時間を過ぎたため新たなイニングに入ることはできませんでした。しかし、近鉄ナインには無情にも最後の守備がありました。
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10回裏、近鉄の選手は最後の守備に・・・・・・。
その姿を彼女は大粒の涙を流しながらじっと無言で見つめていました。そしてロッテの最後のバッターが三振に終わり、ゲーム終了。7時間33分に及んだ白熱の好ゲームは午後11時近くになり、終了しました。

近鉄の選手たちが仰木監督、中西コーチをはじめ、全員出てきて僕たちがいる三塁側のスタンドに向かって挨拶を始めました。こらえてはいるだろうけど泣いているような選手もたくさんいました。その時、彼女が多くの観客とともにネット際に向かって駆け出していきました。僕も彼女の後を追い、近鉄ベンチの上あたりへ。

10月19日

きっと優勝のために用意したであろう色とりどりの紙テープが優勝しなかったにもかかわらず近鉄の選手たちの上に鮮やかに舞い出しました。そして多くの近鉄ファンとともに彼女も大声を上げました。

「かっこいいよ、すごくかっこいいよ、ありがとう、ありがとう。すごくがんばったよ・・・・・」

そんなようなことを彼女は言ったと思います。はっきりと一語一句は覚えてないのですが。彼女の涙は止まりませんでした。そして、まわりの多くの人もほとんどが泣いていました、数え切れないほどの大の大人が。

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人の真摯な姿、そしてあきらめない姿勢。頑張っても頑張っても人生にはもう一歩届かないことがあること。そして簡単には目標や夢を達成させない、ロッテの選手たちのプロとしての誇り。いろいろなものが凝縮された、そして学ぶことが多い試合でした。

結局、この年、勝数では西武を上回りながらも負け数は近鉄が多く、引き分けの差で西武の4年連続優勝が決まりました。ゲーム差なし、勝率の差はわずか0.0014。一歩どころか本当にタッチの差でした。



川崎駅までは結構、距離があって歩くと15分ぐらい。僕らは元気なく、そして何とも不思議な感覚に包まれながら他の多くの観客の方と帰路につきました。ただ憶えているのは、皆、元気はなかったけど満足そうな、そんな表情をされていたことかな。あまりにも壮絶な試合だったことへの脱力感もありました。

トボトボと川崎球場を出てしんみり涙を浮かべて歩く彼女に僕は声をかけました。

「もう、終電間際になっちゃったね、ごめん、ご飯食べてないよな」

「ううん、もういい。ありがとうね、今日は」

「本当にもう、お腹いっぱいだからいい。だって、心が満たされたから・・・・・」

「うん、僕も心が真っ白になったような感じだよ」

「とても感動したよ。こんなこと、関係ない人の試合見てあるんだな、なんて。何か不思議な気分」

「近鉄、優勝できなかったけど何か最後はジーンときたな。胴上げよりいいもの見た気がする」

「うん、今日の試合のこと、私は忘れないよ。がんばったってがんばったって夢がかなわないことなんて結構あるじゃない?でもね、大切なことは夢がかなわなくたって、腐らずに最後まできちんとやり通すことなんじゃないかなって」

「実はね、今日一番、感動したのは延長で優勝がなくなった後の近鉄の選手たちの守りなんだ・・・。恥ずかしいけど涙が止まらなかったよ。だって、意味のない守備なんだから」

「でもね、私はわかったんだ。意味がないと思っていたのは私たちだけで近鉄の選手たちは勝てなかったけど負けたくないという気持ちで辛い気持ちをこらえて必死でやってたと思う、プロとして。ロッテの選手も立派だったよ、決して手を抜かなかったよね」

「でもそれは両チームとも次につながると信じているからなんじゃないかな?最下位でも、優勝を逃しても、うまくいかなくても、腐らずに夢をあきらめないこと、そして、それを追い続けて辛い時も耐えていくことがいつかきっと夢をかなえることになるような気がする・・・・・・」



乾いた空に続く坂道 後姿が小さくなる 晴空萬里 綿延坡路 背影漸遠漸小
優しい言葉 探せないまま 冷えたその手を振り続けた 溫柔話語 找不出 風冰的手 揮著 揮著 

いつかは 皆旅立つ それぞれの道を歩いていく 時候到時 你我 總得起程 各走各自的人生路
あなたの夢をあきらめないで 熱く生きる瞳が好きだわ 有夢的你 別放棄 我所愛過的熱情靈動眼眸
負けないように 悔やまぬように あなたらしく輝いてね 別認輸 不做後悔的事 做你自己發光放熱

苦しいことにつまづく時も きっと上手に越えて行ける 不管什麼心酸事 還是低潮時 我一定都能安然度過 
心配なんて ずっとしないで 似てる誰かを愛せるから 不要一直為我擔心 我會找個像某某的人來愛的

切なく残る痛みは 繰り返すたびに薄れていく 留在心中淒切的痛 總會隨著反複回顧淡忘
あなたの夢をあきらめないで 熱く生きる瞳が好きだわ 有夢的你 別放棄 我所愛過的熱情靈動眼眸
あなたが選ぶ全てのものを 遠くにいて信じている 你所選擇的一切 遠方的我都會信持

あなたの夢をあきらめないで 遠くにいて信じている 有夢的你 別放棄 遠方的我都會信持

彼女は涙声でボソボソと帰り道ずっと話し続けました。もう30年ほど前のことだけど、僕はこのときの帰り道の会話を忘れることはありません。

「でもね、こんなにトイレ我慢したの、人生で初めてだよ(笑) とりあえずきれいなトイレ行きたい!」

川崎駅に近づいた頃、やっと彼女の顔にいつもの笑顔が戻りました。彼女もきっとこの日のことはいつまでも忘れていないと別れた今も僕は思っています。それほど素晴らしい人間ドラマでした。

僕は野球が好きで感動するのは当たり前だけど、特に野球を見るわけでもない子が心を動かされたこの試合こそが後にも先にも最も心に残る試合であったことに間違いはありません。

回想 - 仰木彬が「ニュースステーション」に出演していた頃

次の動画はこの試合を知らない若い世代の方にもぜひ、見てもらいたいし、感じてもらいたいと思っています。古い映像ですが、この10月19日を巡る多くの人の思いが詰まっています。仰木監督や鈴木選手、阿部アナウンサーなど、すでにお亡くなりなった方々の当時の映像も多く、胸がしめつけられます。

 久米宏さんをキャスターとしてプロ野球やサッカーなどへの愛情が感じられたニュース番組、ニュースステーション。今は亡き名アナウンサー阿部さんの語りも素晴らしい。1988年の10月19日のこの一戦を人間ドラマとしてとらえ、必死にがんばる両チームの選手の表情を追った素晴らしいドキュメンタリーです。UPされた方も当時のビデオテープから起こしてデジタル化してされているのですが、上の方に入るノイズや当時のCMも懐かしいです。最後の阿部アナウンサーの語りと久米浩さんの「TVがもっと素晴らしいのは人間を映したときです」「画面にしっかり生きている人間が現れた時のTVの魅力というのは筆舌に尽くしがたいものがあります」という言葉がいいですよね。人のむきだしの生き様を伝えたとき、そこに僕たちは心を動かされ、そして自分を映し出す鏡となっていきます。
 

近鉄バファローズは翌年の1989年10月12日、ほぼ一年後になる因縁めいたダブルヘッダーで宿敵・西武をブライアント選手の奇跡的な4打数連続ホームランで逆転勝利。試練のダブルヘッダーを連勝で飾り、悲願の9年ぶりのリーグ優勝を達成します。

近鉄優勝

 何かが乗り移ったような1989年10月12日、西武戦でのブライアント選手の大活躍。4年連続優勝中の西武を打ち砕いたのは前年にもう一歩のところで優勝を逃した猛牛軍団でした。88年と89年の近鉄と西武のデッドヒートは記憶にいつまでも残る劇的な展開で優勝が決まっていきました。
ブライアントの連続ホームラン




この時代の近鉄は監督が仰木彬さん、打撃コーチが中西太さん、投手コーチが権藤博さん(後に横浜ベイスターズを1998年に38年ぶりの優勝に導く名伯楽)でした。1987年最下位に終わっていた近鉄バファローズを再生させ、常勝・西武と激しい優勝争いを繰り広げるまでになったのは、チーム首脳陣の存在が大きかったと思います。

故人・仰木彬監督はこの後、オリックスでも監督を務められ、再び中西コーチと組んでイチロー選手などの才能を見出して低迷していたオリックスも日本一へと導いていきます。変則的な投げ方を認めてMLBでのパイオニアとなった野茂英雄投手、オリックスでは長谷川投手や田口選手などMLBで活躍する選手を育て、常にワールドワイドな視点もあった名監督でした。

 選手の個性を伸ばす能力が一流でした。イチロー選手も仰木監督と出会わなかったらどうなっていたことでしょうか。巨人V9戦士の前土井監督は「振り子打法」が気に入らず、二軍で燻っていました。
仰木監督とイチロー

数々の記録と伝説を残した名投手・江夏豊さんは「名監督は数多くいても、名コーチは少ない」というのが持論ですが、「投げる方の名コーチは権藤博さん、打つ方の名コーチは中西さん」と語っています。中日の二軍でくすぶっていたブライアント選手の長打力に目をつけた中西コーチの「良さを伸ばす」指導はブライアント選手を三度のホームラン王に導きました。

 「僕の恩人は中西さん」僕たちに鮮烈な記憶を残したブライアント選手の言葉から全てがわかります。三振してもいいからホームランをたくさん打て、当てれば飛ぶという方針で励ましたと言います。
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 1998年に弱小球団と言われた横浜ベイスターズを38年ぶりの優勝に権藤博監督は導きました。
権藤博 

さて、近鉄はその後、1997年には大阪ドームが完成し、本拠地を移転、大阪を保護地域として「大阪近鉄バファローズ」とチーム名も変えてユニホームやロゴもリニューアルしました。

 最後の近鉄ユニホーム。大阪のロゴをビジター用に入れて地域密着を強く打ち出したのですが・・・。
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パ・リーグ発足以来、近鉄パールズで加盟、唯一無二のオーナー会社が変わらなかった近鉄ですが、21世紀に入ると1リーグ化問題や選手の年俸の高騰、長引く不況により、毎年のように身売りの噂が流れるようになってきました。大阪ドームは近鉄沿線でもなく、さらに賃貸料金が高いなどの問題も恒常化していました。

そして2004年を最後に55年の歴史を刻んだ近鉄はオリックス・ブルーウェイブに吸収合併される形となり、プロ野球界から姿を消していきました。2007年まではユニホームのロゴに近鉄と入っていましたが、株式の保有をやめて近鉄はプロ野球事業から完全に撤退し、現在はバファローズというチーム名に名残りがあるだけ。阪急ブレーブスに至っては完全に歴史上のチームとなってしまいました。

 2005年の合併直後、オリックス・バファローズが着用していたユニホームの肩口には「がんばろうKOBE」というオリックスの震災時のキャッチフレーズと近鉄のロゴの両方がつけられていました。
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 今やパ・リーグの関西球団は1球団のみ。阪急南海近鉄と3球団あった20世紀の面影はありません。生まれ変わったオリックス・バファローズは野球よりバファローズポンタとBs Girlsで人気上昇中ですが、金子千尋投手などのNPBを代表する選手もいますし、本業でも頑張ってほしいものです。
Bluewave&Baffalos

 あの10.19の第2試合と同じようにハッピーエンドではなかった近鉄バファローズ。しかし、時代の波に翻弄されながらも最後まで腐らず、爽やかにプロらしく最終ゲームを双方のチームとも闘ってくれました。もう、10年以上の月日が流れましたが、素晴らしいプロの男たちがいたことはいつまでも胸に刻まれています。


近鉄球団の歴史は日本の経済を映す鏡でもあったように思います。時代の波にさらされやすいパ・リーグですが、その中でも特に波乱万丈だった球団だったと思います。

故・西本幸雄監督時代に挑んだ広島東洋カープとの日本シリーズでは「江夏の21球」でノーアウト満塁のチャンスを逃して敗北、さらに1988.10.19の川崎球場の悲劇、1989.10.12のブライアントの4連発と歓喜、そして後述する2001年の北川選手の劇的なホームラン。阪急と近鉄で監督を務めた西本監督、近鉄とオリックスで監督を務めた仰木監督、阪急➜オリックスと近鉄の合併は実は遠い昔から決まっていた運命だったのかもしれません。二人の名将をしても10度挑んだ日本一はイチロー選手を要したオリックスの2回目の優勝時のみ。阪神淡路大震災の復興を旗印に「がんばろうKOBE」のキャッチフレーズで臨んだ2年目の1996年、たった1度しか手が届きませんでした。

 1995年に起きた阪神淡路大震災。復興に向けてがんばる神戸の象徴として2年間連続優勝をオリックスは果たし、1996年、仰木監督の夢でもあった日本一をイチローという名選手を育て成し遂げました。
がんばろうkobe

  オリ姫ことBs Girlsによる”Dream & Power"。当時の近鉄にはなかったお洒落さと可愛さ。チームカラーは今はすっかり変わってしまいました。ただ、12球団のチアの中でダントツの美女軍団でセクシー&ギャル系、茶髪や金髪の子も多く、清潔感重視の他球団とは明らかに違う路線(笑)。伝統は少し生きてるかな?「がんばれーオネエチャン!」というナニワオヤジの声が聞こえてきそう・・・・・。
 


近鉄消滅前の2001年、代打・北川選手が「代打逆転満塁サヨナラホームラン」という奇跡を後に合併することになるオリックス相手に大阪ドームで起こして優勝決定。いつも因縁がからみ、劇的過ぎる近鉄バファローズの伝統は生きていました。そして、これが「近鉄」としての最後のリーグ優勝となりました。しかし、日本シリーズではまたも破れ、結局、老舗球団の中で、唯一日本一にはなれませんでした。

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 球団消滅前の最後の優勝。いてまえ打線のニックネーム通り、打ちまくるチームで優勝を手にしました。しかし、この年も日本シリーズでは勝てず、ついに一度も日本一にならないまま、近鉄バファローズはオリックスと合併してオリックス・バファローズとなり、今に至っています。


 記録には残らなくても記憶に残るチームだった大阪近鉄バファローズ。今はオリックスと合併してチームカラーが変わってしまいましたが、パ・リーグ唯一の関西球団としての誇りをもって闘ってもらいたいですね。大阪コテコテギャルや神戸お洒落っ子もカープ女子やタカガールに負けずにね!
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 がんばれ!大阪、がんばれ関西!東京や地方だけではなく、関西の底力を見せてやってや!
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人生には苦しい時もあるし、波に乗っている時もあります。でも大切なことはあきらめないこと。
頑張っても努力を重ねてもあと一歩、いや、あと半歩届かないこともあります。

でも、そこで運がなかったとかあきらめたらきっとおしまい。

いつかは夢がかなうと信じていく気持ちを僕は忘れないようにしています。簡単に起きる奇跡やすぐにかなう夢なんて、そうそうあるもんじゃないことはこの1988年10月19日のゲームが教えてくれました。

 明るく元気に!うまくいかなくても次があると信じていくことかな。
近鉄バファローズ

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